セイラの事情
「こ、この見た目で10歳!?」
リシャールは驚きで目を見張りながら、改めてセイラの全身を眺め、主に胸部付近に目を止めて、
(言われてみれば確かに他の部分に比べ凹凸が寂しいような、いやでもこういうのは個人差があるっていうし、自分はどっちかって言ったらこのくらいで良いっていうか、むしろ好ましいっていうか、って僕はなに考えてんだ!?)
レナはそういう反応に慣れているようで、
「あんたの反応は正しい。みんな同じ思いだよ、アタシだって最初はそうだったからね」
少しだけ遠い目をしながらセイラとの初邂逅を語る。
「今年の初めだったかね、この娘がギルドを訪れ冒険者になりたいって言ってきたのは。あんたも知っての通り、ギルドに登録するには10歳以上っていう年齢制限がある。この国の成人年齢は15歳だが、子供の就労が認められるのは10歳からだから、それに合わせてあるのさ」
この世界ではまだ義務教育制度は無く、尚且つ子供は貴重な労働資源なので、10歳になれば下働き等簡単な仕事であれば雇用することが可能となる。
「この娘、見た目もそうだけど受け答えも10歳とはとても思えない程大人びててね、あんたもそう感じたろ? 孤児院での教育が良かったんだろうね。アタシも問題無いだろうと思って、ギルドの申請書類を書かせたんだよ。書き終わって年齢の欄の所見た時、思わず二度見しちゃったよ」
レナが苦笑しながら言うと、セイラは少し照れたように微笑んでいる。
リシャールは同感とばかり頷いた。
「取り敢えず若い者に孤児院までひとっ走りさせて、院長先生に確認取ったくらいさ。その結果、セイラ本人の申告は正しかったと分かって、アタシらはまたビックリしたもんだけど、院長先生もまたビックリしてたみたいさね」
「どうして?」
リシャールが問うと、レナはセイラを渋い顔で見やりながら、
「この娘、院長先生に黙って冒険者になろうとしてたんだよ」
「セイラ、何故院長先生に言わなかったんだ?」
セイラは頬をポリポリと掻きながら、困ったように呟いた。
「・・・言えば絶対に反対されると思ったから・・・」
そりゃそうだろうとリシャールは思った。
院長先生にしてみれば我が子同然の教え子達だ。
冒険者みたいな危険な仕事に就かせたいとは思わないだろう。
ましてや男子ならともかく、可愛い、実に可愛い!女子だ。
反対するのが同然だろう。大事な事なので2回言いました!
「なんでそんなに冒険者になりたかったんだ?」
「・・・お金を稼ぎたかったから・・・」
「なにか欲しい物があったとか?」
「ううん、院長先生がお金が無くて苦労してたのを見て育ったから、少しでも恩返し出来たらって思って。でも10歳の子供が稼げる額なんて髙が知れてるから、危険なのは分かってたけど冒険者に挑戦してみようって思ったんです」
「因みにこの娘、冒険者としての稼ぎのほとんどを孤児院に入れてるらしいよ」
うん、やっぱりこの娘天使だわっ! もう確定! ってそうじゃなくてっ! 気になる所はそこじゃない。
「今年の初めから冒険者になったってことは、僅か1年足らずでCランクまで上がったってことか? いくらなんでも早くないか?」
「早いなんてもんじゃないよ、前代未聞だね。うちのギルドのレコードホルダーさ。因みにアタシの場合、Cランクに上がるまで3年掛かった。これでも早い方だったんだけどね・・・」
「レナさん、元Aランクの、しかも凄腕の冒険者だったんですよ~凄いですよね~」
セイラは自分の事のように得意気に笑っているが、自身がもっと凄い事を成し遂げているという自覚がないのだろうかとリシャールは思った。
「あんたの方がよっぽど凄いんだけどね・・・まぁそれはともかく、最初はアタシらもこの娘の扱いに困ってね、なにしろ図体はでかいが中身は10歳の子供だからね、しかもこの見た目だからさ、悪い男に引っ掛かったりしないように教育するのが大変だったよ。なにせ自分が男からどういう目で見られているのかっていう自覚が本人に無いんだからね・・・」
レナが疲れたように言う。
あぁ確かに10歳で男女の機微を理解しろってのは無理だろうな。
「だから最初は女だけのパーティーに放り込んだ。まずは冒険者の仕事にじっくりと慣れてもらう所から始めた方が良いと思ってね。幸い、この娘は攻撃魔法と回復魔法の両方を扱えるから、後衛として重宝がられた。しかも周りはみんな歳上ばっかりだから可愛がられてもいた。最初の内はね・・・」
そこで言葉を切ったレナは苦い表情を浮かべていた。
「その後、何があったんだ?」
「簡単に言うと嫉妬だよ。セイラの事情を知らないアホな男供が、見た目だけでセイラをちやほやしだしたんだ。同じパーティーに居る他の女供に見向きもせずにね。もっともそういうアホ供もセイラの年齢を聞いた途端、ビックリして離れて行ったけど。そういった事が何回も続いたもんだから、パーティー内がすっかりギクシャクしちゃってね・・・」
セイラも思い出したのか辛い表情をしている。
「そこで今度は実力のあるベテランのパーティーに入れてみたんだ。親子程年の離れたメンバー達に最初は戸惑っていたみたいだけど、元々素直な性格だし、すぐに溶け込めたようだよ。それこそまるで自分の娘のように、みんなから可愛がられていたね。それとベテラン達について回って難しい依頼をこなしている内に、どんどん実力も上がって、魔法だけじゃなく弓の腕も上達してくると、どこのパーティーからも誘われるようになったみたいだね。ランクも尋常じゃないスピードで上がって今に至るって訳さ」
セイラは恥ずかしそうに微笑んでいる。
リシャールは先程のバーカウンターで冒険者達に囲まれていたセイラの姿を思い出した。
「あぁだから、あんなに冒険者のみんなから慕われていたんだ」
「そうだね、今やこのギルドのマスコット的存在だからね。だから忠告しておくよ、例え王子様といえど、この娘に変な真似したらただじゃ済まないからね」
「肝に銘じておくよ・・・」
「さて、あんまりサボってると上が五月蝿いからアタシはもう行くよ」
言うだけ言ってレナは立ち上がった。
「あぁ、色々とありがとう」
「レナさん、ありがとうございました」
レナが去った後、セイラは申し訳なさそうに、
「なんかレナさんが失礼な事言って申し訳ありません、悪い人じゃ無いんですが・・・」
「君が謝る事は無いよ、それだけ君がみんなに愛されてるって事だし」
「アハハ・・・」
「さて、次は教会だね。神官様は居ないみたいだけど君が生まれ育った孤児院も見てみたいし行こうか」
「はい」
セイラとリシャールは冒険者ギルドを後にした。