顕現
リシャール達先行部隊は、通常馬車で三日かかる道程を僅か一日半で駆け抜けるという強行軍でエインツの町に到着した。
まだお昼過ぎという時間帯にも関わらず、濃い瘴気に覆われた町は、薄暗く陰鬱な雰囲気と淀んだ空気が漂っていた。
「うっ!」
町に入った瞬間、強行軍で疲れている全員が顔を顰めて町中を見渡す。
「これは酷い・・・殿下、直ちに瘴気の浄化を開始して良いですかな?」
一番疲れているはずのゴドウィン大神官がそう言ってくれる。
「お疲れの所申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。騎馬隊、神官様方をお守りしろっ! レイモンド、諜報部隊と合流する。何人か連れて僕に続けっ!」
「「はっ!」」
リシャールは立て続けに指示を下し、自身は何人かの護衛を連れて町中に突入する。
「レイモンド、諜報部隊が泊まってる宿屋はどっちだ?」
レイモンドが走りながら町の地図を見て、
「その角を右ですっ!」「殿下っ! こちらですっ!」
レイモンドの声に諜報部隊の隊長の声が重なる。
「殿下っ! ご無事で何よりですっ! お早いご到着でっ!」
「ご苦労、隊長どんな状況だ?」
「はっ! 帝国軍は未だ動きを見せず、現在も部下が監視中です」
「瘴気の発生元と原因は何か分かったか?」
「申し訳ありません、発生元は山の方からとしか。原因は不明です」
「分かった。ご苦労だった。少し休んでくれ」
「あ、ありがたきお言葉っ!」
何故動かない? 何を待ってる? 帝国軍の不可解な動きにリシャールが首を捻っていると、町の入口の方から青い光が広がって来た。浄化が始まったなとリシャールは安堵した。
その時だった。
「グオォォォォッーーーーー!!!!!」
地の底から響き渡るうなり声と共に、立って居られない程の激しい揺れが襲って来た。
リシャール達は全員が地に倒れ込んだ。何が起こったのか分からず、ただ呆然と空を見上げた時、
灰色のウロコを身に纏った巨大な竜の姿がそこにあった。
「グオォォォォッーーーーー!!!!!」
竜が咆哮する。その威圧で人々は金縛りに遭ったように動けなくなる。
圧倒的な存在を目の前に人は、ただ恐怖し、地にひれ伏し、命乞いをするしかない。
本能的にそう感じたリシャールは、ただ一つの事だけを考えていた。
(セイラ、ごめん。約束守れそうにないかも)
◆◆◆◆
セイラはクロウを連れて菜園に来ていた。
クロウに食事をさせる為だが、セイラ自身も朝から妙な胸騒ぎに襲われ、落ち着かなくて外に出たかったというのもある。
クロウは相変わらず何も口にせず、ただただ北の方を見詰めている。
つられてセイラも同じ方に目を向けたその時、腕に巻かれたリシャールの魔力を検知する魔道具が音を立てて砕け散った。
「えっ!? なんで!?」
呆気に取られたセイラの全身にゾワッとした怖気が走り、身を竦ませる。
北の方から途轍もないプレッシャーが掛かって来ているのを知覚した時、リシャールの身に何か良く無い事が起こったのだと本能的に理解した。
思わずその場にヘタり込んでしまったセイラはガタガタと震えていた。
(どうしよう・・・どうすれば良い?・・・リシャール様っ!)
『・・・けたい』
(えっ!? なに!? どこから!? 誰の声!?)
『・・・助けたい?』
(えっ!? 誰を!? なにを!?)
『あの人を助けたい?』
(!? 助けたいに決まってるっ!!)
「リシャール様を助けたいっ!!」
『じゃあ助けに行きましょう。一緒に』
パリーーーンッ!!!
乾いた音色が響き渡った瞬間、クロウの体が光に包まれた。
「クロウっ!? 大丈夫っ!? ・・・えっ!?」
光が収まった時、クロウの体は二階建ての家より大きな姿に成長していた。
「えええええっっっっっ!?」
セイラの絶叫が響き渡ったが、クロウは何でもないような顔で、
「クルルル」
と、ちょっとだけ低くなった声で鳴いた。
『さ、行くわよ。乗って』
「の、乗るってどこに!?」
『この子に。さぁ早く』
「えっ!? ちょっと待ってっ!? ひぃやぁぁぁ!?」
混乱しているセイラを、クロウがソッと咥えてポイッと自分の背中に放り投げる。
「あぁビックリしたぁ~! ってここクロウの背中!?」
『乗ったわね、じゃあ行くわよ』
乗ったというか乗せられたというか、とにかく色々な事が一遍に起こってセイラは混乱の極みにある。
「ひょわわわっ!? えっ!? う、浮いてる!?」
セイラを乗せたクロウはフワッと浮き上がり、一旦空中で静止した後、急に加速して北を目指す。
「ひぃぃぃ! 怖い怖い怖いっ~!」
『落ち着いて、落ちたりしないから』
「そ、そんな事言われても~!」
怖いモンは怖いっ! セイラは目を閉じてしがみ付くので精一杯だった。
『ほら、ちゃんと目を開けて前を見なさい』
セイラが恐る恐る目を開けると、凄い勢いで周りの景色が飛んで行く。
かなりのスピードが出ていると思われるが、風圧をあまり感じない。
ちょっとだけ余裕が出て来たセイラは、いい加減ちゃんと聞かなければと思い、
「ねぇ、あなた一体誰なの?」
『あら、夢で会ってるはずよ?』
「へ? あ、もしかして巫女さん?」
『えぇ、梓巫女の名前はアンジュよ』
あの巫女さんの衣装可愛かったなぁ、なんてセイラは場違いな事を思った。
「その巫女さんがなんで私に?」
『今に分かるわ。それよりあなた、弓を持ってない?』
「も、持ってるけど?」
セイラは亜空間から弓矢を取り出した。
『よろしい。いつでも撃てるように準備なさい』
なんでこの人偉そうなのっ!? 釈然としないまでも言われた通り弓の調整をするセイラだった。
◆◆◆◆◆
灰色の竜はゆっくりと腮を開き、魔力を収束させる。
竜の口元から目映い光が溢れ、それが徐々に大きくなって行く。
ブレス!? クロウの時と同じ、いやそれよりも遥かに強大な・・・
逃げなければっ! そう思うものの体は石化したように動かない。
諦めて目を閉じようとした瞬間、後方から凄い勢いで飛んで来た何かが竜を直撃した。
放たれる直前だったブレスが霧散する。
何が起こったのか訝しんでいるリシャールの耳に、ここに居るはずのない者の声が響く。
「リシャール様あぁぁ~!!!」
驚いて振り返ったリシャールの目に飛び込んで来たのは、黒光りする巨大な竜の背に乗ったセイラの姿だった。




