悪役令嬢の娘が幸せになっちゃダメですか!?
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王立学園の大講堂は、混沌に支配された。
本来は、しめやかに卒業式典が執り行われるはずだった。
卒業生とそのダンスパートナーとが、思い思いの衣装に身を包んで入場し、まずは手に手を取ってワルツを一曲。
くるりくるりと回る令嬢たちのドレスの裾が広がって、ホールには大輪の花がいくつも咲く、……そんな素敵な式典になっているはずだった。
「クレティア公爵令嬢リリアーヌ、君との婚約を破棄する!」
――後世にその名を遺す暗愚な王太子が、婚約者以外の女を腕にまとわりつかせながら、めでたい祝い事の場で『婚約破棄』なんて言い出さなければ。
かつての彼はたいそう美しい容姿と利発さで名を馳せていたものだが、王立学園で出会った下級貴族出身の同級生に熱を上げ、少々……その、なんというか、お頭がおかしくなられてしまったらしい。
それでもまさか、一時の恋に狂って、生まれた時から定められていた婚約者を捨てることになるなんて、その瞬間までは誰も思っていなかった。
学園内での火遊びの惚れた腫れたで収めてくれればいいものを、よりにもよって、外部からの来賓も来るような式典の場において『婚約を破棄したい』と宣言するなんて――ああ、ホンモノだったのだ、と熱愛の噂を知っていた観衆たちは今さらながら気づいた。
何が『ホンモノ』かって? そりゃあもちろん、『ふたりの愛』が……ではなく、王太子は『ホンモノのバカ』だったのだ、と。
「殿下はわたくしを愛していらっしゃらないのですね」
さらに『よりにもよって』は重なるもので。
『王太子殿下の婚約者』こと公爵令嬢リリアーヌは『完璧令嬢』の異名を持つほどの才媛で、次期王太子妃・後の王妃となるために幼いころから叩きこまれた教養や礼儀作法のみに留まらず、七か国語を自在に操り、剣を取れば騎士団の入団試験を突破し、教会への慈善活動も欠かさないと評判の心優しい美少女で――当然、国民からの人気も高かった。王太子殿下よりも、ずっと。
「……でも、構いませんわ。殿下の愛する方には、殿下のお心を支えていただきましょう。わたくしは、わたくしのできることで殿下とこの国を守りたいだけなのです」
月の光を紡いだかのような銀糸の髪の妖精のごとき美少女に、淡い翠の瞳に涙をためて『あなたがわたくしのことを好きじゃなくても、わたくしはあなたのために尽くしたい』なんてかき口説かれて、心を動かさないものがいるのだろうか。
高位貴族の令嬢として、婚約者として、好奇と哀れみの視線を浴びて彼女自身のプライドもズタボロだったろうに、『愛人を囲ってもいいから』とまで言ってくれたのだ。――しかし。
「くどい! 私のことを幼子だと思っているのか!? 君はいつも説教ばかりだ!」
「しかし」
「だいたい、彼女に愛人に甘んじろというのか! 君が退けばいいだけだろう! そんなに妃の座が惜しいかっ!」
「……っ、」
リリアーヌ嬢の真心を込めた説得も、超ド級のバカボンの心を動かすには至らなかった。
おまけに確かに『恋愛』ではないにしても、幼なじみとしての親愛や、これまで婚約者として続けてきた努力まで『地位目当て』と決めつけられ、切り捨てられて、傷ついた彼女の翠は暗い色に濁った。
――その時、だ。
「今のは聞き捨てならないな」
観衆の中から進み出てきた男が、リリアーヌ嬢を背中に庇い、王太子とその恋人に対峙した。
「叔父上!」
「お前の叔父だということを、これほど厭わしく思ったことはないよ」
「何と……?」
王太子にとって『叔父』に当たる、当時の王弟殿下――現サルグレット大公は、怪訝な顔をした王太子の問いかけには答えず、卒業式典の来賓として学園を訪れていた国王陛下に向かってまっすぐ呼びかけた。
「兄上。……いえ、あえて、陛下とお呼びいたします。臣より申し上げたいことが三つございます」
「…………うむ、許そう」
「ひとつめ、わたくしは王弟としての地位を今日を限りに返上いたしたく思います」
「よかろう。以後、サルグレット大公を名乗るがよい」
「ありがたき幸せにございます。……ふたつめ、恐れながら、王太子殿下は王の器にあらず。廃嫡を求めます」
「なっ!?」
「……このありさまを見れば、その判断もやむなしか。よかろう、今日をもって王太子は廃嫡し、第二王子をその座に据える。そこにいるのは余の息子ではない、祝宴に入り込んだ下賤の者を連れて行け! その毒婦もだ!」
「父上っ!?」
王太子とその恋人は、国王陛下の忠実な護衛に引き立てられて、その場を追われたんだとか。
じたばたと抵抗してホールを出るのが遅れた彼は、幸か不幸か、この日の一番の『見せ場』までしっかり目にしてしまったらしい。
「みっつめ。……これは、陛下にではなく、あなたに告げるべきだな。――リリアーヌ嬢」
「はい?」
突然の出来事の連続に呆然としていた彼女の前に、大公は跪いてこう言った。
「道ならぬ恋と知りながら、ずっとあなたに思いを寄せていた哀れな男に、どうか慈悲を与えてくださいませんか」
「そんな! 立ってください、わたくしはあなたに跪かれるような……っ」
「今の私は王弟でもない、あなたのしもべと思っていただいて構いません。あなたの強さを人として尊敬しているのに、王宮の中庭で私に向けてくれた可憐な微笑みも忘れられない」
「……わたくしっ、この恋は叶わないものだと思ってっ、死ぬまで胸に秘めていようって!」
なんとまあ、蓋を開けてみればふたりは両想いだったそうな。
婚約者がいなくなったことで、晴れて彼らは『ほんとうに好きな人』と結ばれることができ、国王陛下も観衆も皆、拍手で初々しいお似合いの恋人たちの行く末を祝福したのでした。
めでたしめでたし。
……と、まあ、ここで話が終われば『ハッピーエンド』というやつですが。
現実は、そう単純でもないようで。
「ごめんなさい! サルグレット大公に殺されたくはないので!」
「いえ……あの、お父様もさすがにそこまででは……」
「いや、やる! 『公女様に手を出した』なんてことになったら絶対に殺られる!」
『ごめんなさーい、まだ死にたくないんですーっ!』と叫びながら、『私が求婚した相手』は後ろも振り向かずに逃げて行ってしまった。
おお、もう、背中が遠いな。今日声をかけた相手はずいぶん足が速かったらしい。
「……まあ、確かにそれは否定できないから、私からも強くは言えないんだけど」
こんにちは、ベルナデット・リリアーヌ・ド=サルグレットです。
この物語の主人公は、リリアーヌと彼女を窮地から救い出したヒーロー……ではなく、そのふたりの娘である私。
ちまたには『ベルナデット嬢』よりも『サルグレット公女』『大公の娘』といった方が通りがいいこの私には、最近とある重大な悩みごとがあった。
「今の人で37人目……37戦37敗かぁ……」
結婚が、できない。まじでできない。
花も盛りの結婚適齢期なのに、『婚約者候補』すらいない。影も形も見えない、気配を感じてもすぐに蜘蛛の子を散らすみたいに逃げて行ってしまう。
どうしてあの人間離れしたキラキラ美形な両親からこんなに平凡配色・平凡顔の娘が生まれてしまったのかしら、こんな容姿じゃあ、『私の運命の王子様』は来てくれないわ……と、かつては可愛らしく思い悩んだこともあったが、そもそもがだ、高位貴族の結婚なんてほぼほぼ政略結婚なのだ。
どこかの誰かさんたちの『運命の恋』はあくまでも例外なの!
私もさすがに二目と見られないほど醜いというわけではない……と信じたいし、仮に私がどんな容姿でどんな性格をしてようが、『肥沃な土地を治める大公の溺愛されている一人娘』というだけで旨みはありすぎるほどあって、婚約者候補なんて入れ食い状態になるはずだ……と思っていたんだけど。
いや、そりゃあ、『自分の好きな子がいじめられてる!』だけで一国の王太子を廃嫡にまで追い込む男、下手に婿入りして舅にしたら生家ごと滅ぼされるのが目に見えてますもんね。
絞首台への階段を上るまで秒読みよね、怖すぎる。
どんなに好条件でも、釣られるやつ、いないよね。
こんなもの、『日当たりもよくて明るく大理石の美しい白亜の城です! 眺望も最高! 安い!』って書いてある物件に小さい文字で『※連絡事項あります』の補足があって、聞いてみたら『実は虐殺が起こった城で、夜になると血みどろの幽霊たちが行進するんですよ』って話が出てくるくらいの事故物件じゃない。
まともな神経をしている男なら私……というか『大公一家』には寄りつかないわけで、それでも何も考えずに寄ってくるようなまともじゃないやつは、私だってお呼びじゃないわけで。
「どっかにぽーんと転がってないかなぁ、いい男」
私は『運命の恋』なんて求めてない、『相思相愛』なんか要らない、平々凡々な政略結婚で構わない。
我が家の金目当てで来てくれる勇者がいるなら万々歳で、跪いて泣きむせび、歓迎する所存だ。
けっして高望みではないと思うのだけれど、それだけのことが、どうしてこうも難しいのか。……いや、どこぞのバカップルのせいなのは分かりきっているけども。
「とりあえず……まずは破棄する婚約が欲しい」
そう、これは――婚約破棄された悪役令嬢がもっといい男を見つけて幸せになった後の世界で、平々凡々でささやかな幸せを手に入れるためだけに足掻く、悪役令嬢の娘のハードモードな婚活の話。
婚約破棄って実際問題大変そう。
思いついたら続きを書きます。