第83話 迫真の演技
「サラおねえちゃんみてて」
突然エレンがサラの前に立った。
エレンは深呼吸をして気持ちを整えると、眠そうにしていた目をぱっと見開いた。
「ハーッハッハッハー!よーく、来たな!」
エレンがものすごく通る声でセリフを言った。
子供とは思えないドスの効いた声だ。何百年も悪事を働いてきた残忍で冷たいイメージが伝わってくる。
それに立ち振る舞いまで違う。手は力を抜いて体の横にあるだけなのだが、少しだけ左半身を前に出すような姿勢をとることで威厳を感じる。
「お前達!俺様の部下を随分と倒してくれたそうじゃないか」
部下を倒された怒りと、自分は倒されないという驕りの混じったセリフを吐き捨てるように言う。
こんなのプロでもなかなかできないんじゃないかな。
「こんなかんじでサラおねえちゃんもやってみて」
魔王の魂が抜かれたかのように、元の眠そうな声でエレンがサラに言った。
「いやー、そこまで高度なのは無理かなぁ」
サラが言葉を濁す。
演技下手な人にそこまで求めるのは酷だと思うよ。
「そしたら、いっしょにこえをだすれんしゅうをしよっか」
そう言うとエレンはもう一度息を吸い込んだ。
「あーえーいーうーえーおーあーおー。かーけーきーくーけーこーかーこ」
この掛け声どこかで聞いたことあるな。
あれだ、高校の頃演劇部がやってたやつだ。
放課後体育館の舞台の上でそんな練習をしてたな。
サラも真似して発声練習をしていく。
「そしたらこんどはゆっくりセリフをいってみて。そのとき、なにかきらいなひとにむかっていうようなかんじでやるといいよ」
サラがアドバイスに従ってセリフを言う。
さっきに比べてだいぶ良くなってるな。少なくとも怒っているのが伝わってくる。
「うん、そんなかんじでれんしゅうしてみて」
エレン先生からOKサインが出た。
「あのさ、エレン。よかったら全体の演技指導をやらないか?」
俺の素人指導より、エレンの方が絶対に適任だ。
サラの教えているところを見る限り、他の人に教えるのも上手そうだ。
「うん、いいよ」
エレンも承諾してくれた。
「ちなみになんだけど、他の役はやらなくていいの?」
絶対木役より他の役をやった方がいいと思う。
例えばだけど、さっきの演技からしてサラとポジションをチェンジするのがいい気がする。
さすがに木役をサラにやらせるのはかわいそうだけど、俺みたいに魔王の部下役にすればセリフも少なくて済むし。
「いや、きがいい。えんぎのはばをふやしたい」
エレンが毅然とした態度で拒否した。
こだわりがあるんだろうな。
「分かった。木と演技指導を頼むね」
本人が嫌がっているのに変えるつもりはないからこのままで行こう。
その後はエレンを中心としながら演技指導をやっていった。
ーーーーー
その日の夜。夕食をサラ、ジャスティン様、ルナさん、魔女の杖の人たちと一緒に食べていると
「はぁ……」
食べながらサラがため息をつく。
「どうした?口にあわなかったか?」
今日はパスタだし、サラの苦手なものは入れてないと思うんだけど。
「いえ、そうじゃなくて。劇が不安なんです」
「ああ、そういうことか」
確かに最初はどうなることかと思ったけど、終わりの方にはある程度改善できてたと思う。
ちゃんと練習すれば、他の子どもたちと同じぐらいにはなるんじゃないかな。
あくまで子供たちと同じってぐらいだけど。
「何、サラ劇やるの?」
ルナさんが怪訝そうな顔で聞いてきた。知らなかったらしい。
てっきり伝えているもんだと思ったけど。
「あれ、いってなかったっけ?」
サラがとぼけたような返事をする。
「子供たちが劇をやるのは聞いてたけど、まさかサラが出るとは思ってなかったわよ」
サラが出ることが余程信じられないみたいだな。
「サラが小さいころにやった劇の発表会なんて……」
「わーわーわー」
サラが大きな声を出してルナさんの声を遮る。
まあ、内容は想像つくけどな。
おそらく、自覚はなくても自分が下手なのは知ってたから初めて提案したとき微妙な反応をしたんだと思う。
「改めて言うけど、無理はしなくていいからな」
「いえ、それはないです。私としても子供たちと思い出を作りたいので」
やる気は十分なようだ。それならこのまま頑張ってもらおう。
「そしたらあたしも見に行こうかしら」
ルナさんがそんなことを言い出す。
「いや、それはやめてほしいかな……」
サラが嫌そうな顔をする。
気持ちは分かる。俺も小さい頃劇をやる時親には見に来ないでくれと言ったものだ。
まあ、結局来てたけど。
「そう。まあサラが嫌でも領主の妻の権限で見に行くからよろしくね」
「な!私もエストロンド男爵の娘として姉さんに来てもらうのは止めてもらいます!」
「あたしも同じ男爵の娘なんだけど」
「はっ!そうだった。ぐぬぬ……」
とんでもなくしょうもない姉妹喧嘩が始まった。
よほど見に来てほしくないんだな。
「ルナがあんな風に言い争うなんて珍しい」
ジャスティン様が面白そうに笑っている。
「そうですね。俺もあんなサラも初めてみました」
喧嘩するほど仲がいいってことかな。




