第129話 ケーキ工房リニューアル その2
ドルホフさんに依頼した見積もりの額も想定の範囲内だったので、そのままドルホフさんに工事を依頼した。
全面的に改修をするわけでもないし、3日間ほどで終わるから今ある注文を捌くにも問題はないだろう。
改修工事を待っているある日、クトルから店頭販売するメニューを決めたとの連絡が入ったので、たまたま一緒にいたレイと一緒にケーキ工房に向かった。
「レイちゃーーん!!」
店に入るとクトルがレイに抱きつこうと突進してきた。
それをレイが華麗に避ける。
「二度もさせぬぞ」
レイが涼しい顔をしながらそういった。
「少しくらい……」
クトルが悔しそうな顔をする。本当にレイの事が好きなんだな。
「で、メニューはどうなったんだ?」
「あっ!そうでした」
俺が聞くと、クトルは思い出したように収納魔法からケーキを取り出した。
ショートケーキが綺麗に柱状にカットされ、それを横にした状態で上の部分にクリームを塗り、カットされたイチゴが乗っている。
大きさとしては2口サイズかな。
「綺麗なケーキじゃな」
レイも感心している。
側面はそのまま断面が見えているから、スポンジの層になっているところが見れて綺麗だな。
「今度はこっちです」
見た目としてはケーキの上にイチゴがのっていないぐらいしか差がないぞ。
「一つ食べてみてください」
クトルが試食を勧めてきた。
「それじゃあ妾がいただこうかの」
レイが一つケーキを取って頬張る。
「ん!?このクリームは違う味がするのう!!!」
レイが驚いたような反応をする。
「はい!リュウさんの収納魔法にあった甘いバナナを使ってみました!」
この世界にもバナナは存在するが、甘くない主食系のバナナが南の方で食べられているらしい。
だからこのバナナを使ったら面白いんじゃないかと考えてみたみたいだ。
「俺もいただくね」
一口食べてみると、味として強く主張するわけではないが、後から鼻に抜ける風味にバナナを感じられるからちょうどいいバランスだ。
それにクリームをさっぱり食べられる気がする。甘いものが得意ではない人も食べやすいんじゃないかな。
「うん、このメニューなら間違いなく売れるよ」
俺は自信を持ってそう答えた。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
クトルが嬉しそうに手を叩く。
「値段はサラさんとも相談してそれぞれ500クローネで考えているんですが、どうでしょうか?」
「俺もそれで大丈夫だと思うよ」
一口サイズだからかなり高級だけど、それに見合った味になっていると思う。
「では、その値段で売ることにしますね!」
こうして、店頭販売用のメニューも決定することとなった。
ーーーーー
その後、無事に改修工事も終了した。
店の入り口部分が木目調の落ち着いた雰囲気のスペースになったよ。
そこにフォルムチェンジをした収納魔法用の屋台を設置する。
これでリニューアルオープンの準備は整ったな。
次の日、いよいよ店頭販売を開始することになった。
今日は俺も助っ人として入る。
「人来ますかね」
準備中、クトルが横でそわそわしている。
宣伝は色々したけど、立地がとてもいい場所ではないからな。
「大丈夫だよ。クトルの作るケーキは間違いなく売れるさ」
既に予約の方では十分評判になっているからな。
「そうですね……我としたことが!自信を持っていきます!!」
うん、その意気だ。
昼の12時、入り口に設置していた札をひっくり返してオープンする。
すると、早速
カランコロン
入り口の扉に設置した鈴が鳴る音がした。
「いらっしゃいませ!!……ってナターシャさん!?」
やってきたのはナターシャさんだった。
走って来たのか肩で息をしている。
「何かありましたか!?」
ナターシャさんが俺のところに急いでやってくるなんて余程の緊急事態なんだろう。
「……ケ……」
ナターシャさんが息絶え絶えに言う。
「ケ?」
聞き取れなかった。
「ケ……ケーキは……ありますか?」
ナターシャさんが苦しそうに声を出す。
どうやらケーキを買いに来てくれたみたいだ。
「ケーキですか?もちろんありますよ」
「よかった……」
ナターシャさんが安心したようにそうつぶやいた。
ケーキを買いにギルドの昼休憩で急いで買いに来てくれたらしい。
「ずっと販売するのを楽しみにしていたんです」
予約用のケーキは高くて手が出なかったらしく、店頭販売のケーキを待っていてくれたみたいだ。
俺としてはナターシャさんにはお世話になっているから大きなケーキでもプレゼントしたいんだけどナターシャさんには渡せないんだよな。
サラが説明してくれたんだけど、商人ギルドの職員に俺が何か贈り物を渡すと、賄賂に当たったりする可能性があるかららしい。
出会った頃そのことを知らずにお礼を渡しそうになったことがあるんだけど、その時にもナターシャさんはお気持ちだけいただきますとだけ言って受け取ろうとはしなかった。
まあ、そういう真面目な人だから俺も信頼しているんだけどね。
「イチゴとバナナがございますが、どちらがよろしいですか?」
クトルがナターシャさんにメニューを提示する。
「ソフィア様が食べたケーキはイチゴと聞きましたし……でもこのバナナ味というのも気になりますね……」
ナターシャさんが俺たちの商会の書類をチェックする時と同じぐらい真剣な表情で悩んでいる。
「分かりました。どっちもください」
「かしこまりました。1000クローネになります」
クトルはお代を受け取ると、収納魔法からケーキを取り出す。
「これがケーキですか!美しいですね。ずっと見ていられそうです」
箱に移すところをナターシャさんはうっとり眺めていた。
「ありがとうございました。早速ギルドで食べさせてもらいますね」
ナターシャさんはケーキを受け取ると、大事そうに抱えて店を出ていった。




