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桃太郎と私

作者: こゆき

むか~しむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。


おじいさんは山へ柴刈りに。おばあさんは川へ洗濯に行きました。


おばあさんが川で洗濯をしていると


「どんぶらこ~。どんぶらこ~」


と、割と大き目の声で叫びながら小舟に乗って青年が流れてきました。



それを見たおばあさんは、あれは関わってはいけないタイプのアレだと思い、まだ途中だった洗濯を早々に切り上げ家に帰ろうとしました。


大慌てで支度をするので、おじいさんのももひきはびしょびしょのままですが仕方がありません。


さて逃げようと立ち上がった瞬間。


「はじめましておばあさん。俺の名前は桃太郎。もう3日も何も食べてないので、おばあさんの家で何か食べさせてもらえませんか?」


背後で声が聞こえました。驚いておばあさんが振り向くと、さっきまで川に居たはずの青年がそこにいました。


あまりの驚きにおじいさんのももひきを落としてしまったおばあさん。ももひきはぐちゃぐちゃになりましたが仕方がありません。


「……え、いや。そんな事言われても無理です」


おばあさんは、桃太郎と名乗った青年の頼みを拒否。当然です。何か食べさせるだけならまだしも、自宅に連れていくなど言語道断です。


「え~。それは困ったなぁ。もう3日も何も食べてないのになぁ~。あ、そうだ!何か食べさせてもらえたらお礼にこれをあげるよ!」


そう言って、桃太郎はその腰に付けた布袋の中から謎の団子を取り出しました。


「いや……。そんな、結構です。いりません」


当然おばあさんはそれを拒否。しかし、桃太郎の腕力はかなり強く、おばあさんの肩を掴んで離さないためにおばあさんは逃げる事が出来ません。


「そんな事言わないでさぁ。試しにほら。一口だけでも食べてみてよ。美味しいからさ」


そんなに美味しいなら自分で食べればいいのでは?と思うおばあさんでしたが、ここで反抗的な態度を見せてはどんな目に合うかわかりません。


しばらく悩んだものの、逃げる事が出来ないのでおばあさんはその団子を試しに一口食べてみる事にしました。



するとどうでしょう。



団子を一口食べた瞬間に、今まで枯れ果てていたおばあさんの心の中に、不思議なうるおいが生まれたのです。



少し前までは、強引に自分の肩を掴み逃げられないようにされて不快だった桃太郎の腕が、なぜか今ではたくましい素敵な腕に思えてきました。


このままその腕に抱かれてしまいたい衝動がわきあがってきましたが、ここは田舎。人口が少なく人目があまり無いですが、もしこんな不貞の場面を目撃されてしまったら。


その末路は悲惨の一言です。おばあさんは、これまでの人生でそんな人を何人も見てきました。



胸の内からわき上がる熱いパッションを抑え、なんとか理性を保つおばあさん。


「……わかりました。私の家でなら、何かごちそうしましょう」


屋内でならワンチャン。そんな下心がおばあさんにあったかどうかはわかりません。



こうして、桃太郎とおばあさんはおばあさんの自宅へとやってきました。


幸い、今日はおじいさんは柴刈りに行っています。おじいさんは地元ではちょっと有名な柴刈り狂で、朝から行ったら夕方までは帰ってきません。



そう。この家には、今桃太郎とおばあさんの2人しかいないのです。



「おじゃましま~す!」


おばあさんの家に入る桃太郎。断りも無しに勝手に冷蔵庫を開け、小分けしてあった昨日の残り物のきんぴらとほうれん草のおひたしを食べました。


「あ、美味しい!おばあさん料理上手いじゃん!」


そう言って、屈託のない笑顔でおばあさんの料理を誉める桃太郎。態度は無礼ですが、おばあさんもまんざらではありませんでした。


「もう!ちょっと!わかったから、座って待っといて!ウチが今からご飯作ったるから」


おじいさんとお見合い結婚して40年。結婚と同時に引っ越ししたおばあさんは、もう昔住んでいた場所の方言など忘れてしまっていました。


が、桃太郎の団子を食べて若い頃の何かを思い出したおばあさんは、自然と昔の口調に戻っていたのでした。


「桃太郎さんは、何が好きなん?」


とりあえずの繋ぎとして昨日の残り物を食卓に並べ、それを嬉しそうに食べる桃太郎におばあさんは聞きました。


「なんでも食べるよ!あと、さんとかいらないから。呼び捨てでいいよ」


昆布巻きを食べながら桃太郎はそう答えました。


「……も、桃太郎……」


小さくつぶやき頬を赤らめるおばあさん。


やはり桃太郎は若いしお肉が好きだろう。というわけで、少し甘辛い照り焼きにした鶏肉をメインとし、もやしやピーマンと一緒に炒めた鶏肉野菜炒めを出すおばあさん。


それをガツガツと食べる桃太郎。


「これ凄い美味しい!おばあさんご飯おかわり!」


「ふふっ。桃太郎はホンマに美味しそうに食べるんやねぇ。ウチも嬉しいわ」


微笑みながらご飯をよそうおばあさん。



おばあさんが用意したご飯を食べ終わった桃太郎。これから2人の甘い時間が始まるのか……。と思われましたが、そうではありませんでした。


「本当にありがとうおばあさん。じゃあ、俺はもう行くわ」


そう言って立ち上がろうとする桃太郎。


「……そ、そんな。もうちょっと、もうちょっとだけ一緒に……」


引き止めようとするおばあさん。しかし、桃太郎の首に何か小さなアザのようなものを見つけた瞬間表情がこわばりました。



「そのアザは……」


「あぁ。見られちゃったか。」


首のところにある小さなアザ。それは、童話隊と呼ばれるとある部隊に所属する証でした。



今世の中では、都を中心として各地で鬼による被害が急増しており、その鬼を退治するための部隊が童話隊と呼ばれる人達でした。


その任務は非常に過酷であり、命を落とす事も決して珍しくはありません。


そして、おばあさん達もまた、そんな鬼達の被害者だったのでした。


「……じゃあ、行ってくるわ」


今度は、おばあさんの顔を見ないようにして立ち上がる桃太郎。


「あっ……」


桃太郎に合わせて一緒に立ち上がるおばあさん。その両手を胸の前に突き出しますが、それは何を掴むでもなく空中を漂います。


おばあさんの両手に向かって手を差し出そうとした桃太郎でしたが、それをやめ、おばあさんに背を向けました。


「あ、あの!……ウチ、ここで待ってるから。ホンマは行かんといてって言いたいけど、それは無理やから……。ここで、待ってるから」


宙を漂っていた両手を胸の前で組み、祈るようなポーズで桃太郎の背中に話しかけるおばあさん。


「絶対に死んだりしたらアカンよ!いつまでもここで待ってるから、約束やで」


「わかった。約束する。じゃあ、行ってくるわ」


桃太郎は、鬼退治に行ってしまいました。



それは今から30年前の事。


おじいさんとおばあさんの間に生まれた1人の子供がいました。


おじいさんとおばあさんはその日、家に幼子1人を残し、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。


子供はよく眠っていたので、ほんの少しの時間だから大丈夫だろう。


それが間違いだったのです。



おじいさんとおばあさんが帰ってきて見たのは、鬼の手によって殺された我が子でした。



その日から、2人の人生は狂い始めたのです。


おじいさんは山へ柴刈りに。おばあさんは川へ洗濯に。


その日の出来事を思い出し、また忘れるために、毎日毎日繰り返される柴刈りと洗濯。


しかし。この日桃太郎と出会ってから、狂った歯車は少し変わり始めました。



むかしむかし、あるところに。おじいさんとおばあさんが住んでいました。


おじいさんは山へ柴刈りに。


おばあさんは、今は亡き息子の仏壇の前に。


手を合わせ、祈るのです。桃太郎がまた、無事に生きてここに戻ってきますように。と。

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