第二話 能力、それと絶望
ホームルームが終わり、僕たちは今、一つの机を囲んで集合していた。
机の上には五人分の回答用紙が置かれている。
「えっと…これはつまり、どういうことなの?」
センチが最初に口を開いた。
「そうだな…まずは状況を整理しようか」
和が黒板の前に立ち、チョークを手に取り何やら書き始める。
「まずは最初に言っておくが俺の頭は正常だ」
「どこかで頭でも打ったの?」
和の頭は本当に大丈夫なんだろうか。自分を正常だなんて言うなんて。
「久吉、お前はあとで────だ」
えっ!?なに!?今なんて言ったの!?
明らかに日本語ではない言葉で和が脅迫してくる。
こんな脅迫あってたまるか!!!
「俺はこの春休みの間にこことは違う世界に行って生活をしていた。外国でもなければこの地球上に存在しないはずの国だ。そして俺はその国で数か月暮らしていた影響で、その国の文字をテストにうっかり記入してしまったというわけだ」
黒板には和のテスト用紙に書かれた文字と同じと思われる文字が記されていた。
なんて書いてあるかやっぱり読むことができない。
「どうだ?みんなも同じ感じじゃないのか?」
「うん、概ね私もそんな感じだ。私もこの春休みの間いわゆる異世界とやらに行って冒険をしていたよ」
「実は私も…」
「俺もだ」
「えっみんなも異世界に行ってたの!?」
思わずびっくりして大きな声を上げてしまった。
皆からの視線がすごく痛い。なんでだろう。
「いや…それはこの回答用紙を見た時点でみんな察していただろう。久吉、お前もしかしてバカなんじゃないのか?」
「何言ってんのよ和、久吉はもともとバカじゃない」
和とセンチが呆れた顔でこっちを見てくる。
ひどい言われようだ!!
しかし反論できないのが痛い。
「さて、久吉は置いといて話をつづけるぞ。この中で俺が黒板に書いた文字が読めるやつはいるか?」
和が示す黒板にはまったく見たことのない文字が書かれている。
僕が行った異世界の文字とは似ているようだけどまったく読むことができない。
どうやら他のみんなも同じようで首を横に振っていた。
「だろうな、俺も皆の回答用紙に書かれた言葉はまったく読むことができない。ということはだ。俺たちは全員別の異世界に行ってきたということだ」
なるほど。僕たちは春休みの間に五人とも、全員別の異世界に行ってきて、そこで学んできた言語をテストに記入してしまったというわけか。ふむふむ。
「ちょっといいかな」
有楽が口を開く。
「なんだ」
「実は私とねずみはさっき、お互いが異世界に行ってることを確認してたんだ。そこでなんだけどさ、みんなって異世界にいるときに特殊能力とか使えたりしたかい?」
あ、朝教室で二人が会話していたのはこのことだったのか。
すると今度はねずみが口を開いた。
「俺は異世界では【変装】の能力を使うことができた。どうやらこっちの世界でも少し制限かかかるみたいだがほとんど同じ能力を使うことができるみたいなんだ。もしみんなも能力を持っていたのならばきっと使うことができるだろう」
「なるほど、能力か。確かに俺も異世界では使うことができたがこっちの世界ではまだ試してないな。どうだみんな、これから能力のお披露目会としないか?」
和が両手を広げて不敵な笑みを浮かべる。
なるほど、たしかに僕も異世界では能力を使うことができた。もしこの能力が今でも使えるとしたら…きっと僕の能力を見たらみんな驚いて僕を見直してくれるに違いない!!
「いいね和!!僕もその意見に賛成だよ!!!」
おっとしまったしまった。思わず大きな声を上げてしまった。
これでは僕の能力が強すぎることが皆にばれてしまう。
ここは我慢しなくちゃ。
「お、なんだ久吉。やけに自信満々だな。よしお前から見せてみろ」
和が僕のほうを向き、顎で僕を指名する。
ふっふっふ。そんな生意気な口を利けるのも今の内だぞ!僕の能力を見て驚け!!
「僕の能力は【念力】!!手を触れないで物を動かすことができるんだ!!さぁそこにある机をみてよ!!」
僕はすべての集中を机に注ぎ、頭の中で強く念じた。
異世界にいた時と同じ方法で能力が使えるのなら、これで机は宙に浮きあがっているはずだ。
だけど。
「あっあれっ?」
机はピタリとも動かなかった。
「おいどうした久吉。なんの変化もないぞ」
お、おかしいな。ねずみの言っていることが正しいならこれで動かすことができるはずだけど。
「ねぇもしかして制限がかかってるんじゃないの?大きなものよりまず試しにこの消しゴムを動かしてみなさいよ」
センチがポケットから消しゴムを取り出して僕の前に置く。
まったくセンチはバカだなぁ。
いくら能力に制限がかかってるとはいえ、向こうの世界では巨大隕石の軌道さえずらすことができんだ。
「こんなの簡単に動かすことができるにきまってるじゃないか!!!」
消しゴムに意識を集中させ再び強く念じる。
動けッッッッ!!!!!
「お」
「あ」
ズズッ
僕が強く念じた消しゴムは動かすことができた。
「……動いたな」
「……動いたわね」」
ただし、横に、3cmほどだけ。
「久吉、そこで無表情で涙を流すのはやめてくれないか。少しだけ恐ろしいものを感じる」
「だ、大丈夫だよ久吉くん!!何もできないバカより消しゴムを動かせるバカのほうがいいにきまってるじゃないか!!」
うぅ…ありがとう有楽…。こんな僕を慰めてくれるんだね…。
「さてじゃあ次はだれが能力を披露するんだ?」
和が泣いている僕をスルーして話を進める。ちょっとくらい心配してくれてもいいじゃないか!
「それじゃあ次は私が試してみるわ」
センチが自信たっぷりに手を挙げる。
大丈夫だろうか。僕の能力の劣化ぶりからしてきっとセンチの能力もとてつもなく弱体化しているはずだ。
「まぁ見てなさい久吉!あんたとは違うのよ!!」
そう言って彼女は僕の目の前に手をかざした────。
◇
「うぅ…ひっぐ…ぅ…」
「気にすることないよセンチ。誰にでもそういうことはあるさ。僕にもそういう時期はあったよ」
ほんの数分前の話だけど。
泣きじゃくるセンチの頭を撫でつつ、優しく慰める。
それにしても【瞬間移動】の能力で移動させることができるのがたった数グラムまでに抑えられているなんて…。
色々試した結果、確認できたのは少量の砂粒が僕の目の前にパラパラと降ってきたことだけだった。
…なんだか僕の能力よりもかわいそうな気がする。
「だんだんと自分の能力を確認するのが恐ろしくなってきたな。どれ、次は俺が試してみるか」
指をぽきぽきと鳴らしつつ和が再び不敵な笑みを浮かべる。
一体どんな能力なんだろう。
どうせまたろくな能力ではないんだほっぺたが痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!。
ベチン!という大きな音と同時にやってきた鋭い頬の痛み。
「痛いじゃないか!!誰だ突然人にビンタを食らわせたのは!!」
「はぁっ!!!はッあっ!!!ふッふっはぁ…あっ……!!!!
前を見ると和がまるでフルマラソンを完走した人のように息を切らしていた。
「だ、大丈夫かい!?どうしたんだ突然!!?」
有楽が今にでも死にそうな和に駆け寄る。
「はい…はい…葬式の予約をお願いします…はい…」
僕の隣ではねずみがどこか不穏な場所に連絡をしていた。いくらなんでも早すぎる。
しっかりとトドメを指してからじゃないとだめじゃないか。
逃げられないうちに急いでドアを閉め退路を断つ。
「すぐ楽にしてあげるよ和」
「ま、まて落ち着け、俺は大丈夫だ…。はぁ…今のが…俺の能力だ…」
「え!?死にそうになるのが和の能力!?」
なんて悲惨な能力だ。
「落ち着けと言ってるだろこのバカ。久吉、お前今ビンタされたような感覚はなかったか?」
「え、うん」
未だに頬がひりひりと痛んでいる。
「俺の能力は【時間を止める】ことができる能力だ。異世界では好きなだけ止めることができたが、
こっちだと数秒しか止められない上に、とてつもない疲労感が発生するっぽいな…」
なるほど…。
強力な能力であればあるほど大きな代償が発生するわけか。
「え、でもそれって僕をビンタする必要はあったの?」
「さぁ次はねずみか有楽、どっちが見せてくれるんだ?」
ちくしょう!!無視か!!!
「次は俺の【変装】の能力を皆に見てもらおう」
次はねずみが高らかに手を挙げる。
【変装】の能力か…。
僕たちのような劣化をしているとしたら、まともに変身することもできなさそうだけど大丈夫だろうか。
「それじゃあ…【変装】」
そう呟いた瞬間、まるでモザイクがかかったかのようにぐにゃぐにゃとねずみの体がゆがんでいく。
5秒ほどかかって全身のモザイクが取れた頃にそこにいたのは、僕そのものだった。
「どうだ?」
「すごいぞねずみ!!そっくりだ!!!」
「確かにこれはすごい再現度ね…」
「こ、この能力は私が欲しかった…!!!そしたら…ふふふ…」
皆が口をそろえてねずみの能力を絶賛する。
確かに目の前にいるのは僕だ。
ドッペルゲンガーが存在するとしたらこんな感覚なんだろうか。
なんだか不思議な感じだ。
最後の一人だけは何やら怪しいことを考えているみたいだけどそれには触れないようにしておこう。
「ただしこの能力にも制限があってな。30秒ほどで勝手に能力が解ける」
ねずみがそう言った瞬間体がまるでスライムのように溶けだし始めた。
「「「「ぎゃあああああああああ」」」」
この場にいるねずみ以外の全員の悲鳴が響き渡る。
「グロい!!グロすぎるよ!!」
こんなの子供に見せることができない!
なんで能力を使う時はモザイクがかかってるのに解除するときはかからないのさ!!!!
スライムのようなものが溶けだすにつれ中からねずみが姿を現し始める。
足元にたまっていくスライムの液体のようなものはぶくぶくと怪しく蒸発しながら消えていった。
くそう、さてはこうなるってわかってて僕に変身したな?
確かにセンチや有楽が溶ける瞬間は見たくないけどさ。
「それじゃあ最後は私の能力だね、久吉くん、手伝ってくれるかい?」
最後に有楽が能力を見せてくれるらしい。なぜか僕を指名の上で。
だめだ、これまでの経験からして絶対にろくなことが起きない。
絶対に断らなくては。
「嫌だと言ったら?」
僕は余裕たっぷりの笑みを浮かべ、有楽を見つめる。
こういうのはまずは交渉が大事だ。
ただ嫌だと言っても無理やり能力を使われるかもしれない。
そうならないためにも僕の巧みな話術を駆使して穏便に断ってみせよう。
「非常に残念だけど――ねずみくんに手伝ってもらって君の写真集『僕のすべてを見て♡』第一巻を出版することになる」
「是非ともやらせてください」
土下座して有楽にお願いをする。
最初から僕に拒否権はなかったようだった。
一巻ということは続編も制作する気満々じゃないか。
「まぁそんなにビビることはないよ。私の能力は【テレパシー】だから」
「なるほど。確かにそれなら安全そうだね」
テレパシーならどう転んでも物理的にダメージを受けることはないだろう。
僕の知らない間に僕(?)の写真集を出版されるよりははるかにましだ。
「私が今から久吉くんの脳内に直接メッセージを送るから、それをそのまま口に出してくれないか?」
「わかった」
返事をしてすぐに、脳内に直接何かが流れ込んでくるような不思議な感覚が僕の頭を支配する。
えっと、なになに?
これをそのまま口に出して読めばいいのか。
「僕、ゴブリン、大好き!!!」
…あれっ?
「おい、久吉、性癖は人それぞれだが…それは隠したほうがいいぞ」
「あんたまさかそこまでとは思ってなかったわ…」
「……」
ねずみが無言で僕にエナジードリンクを差し出してくる。
「違う!違うよ!今のは頭に流れ込んできたメッセージをそのまま読み上げただけだよ!!」
必死に弁明するも皆は優しく苦笑いを浮かべるだけだった。
うぅ…その優しさが今は一番つらい…。
「うーん、異世界では文章をそのままメッセージで送ることができたはずなのに、こっちだとせいぜい三単語が限界みたい…」
そして僕にとんでもないことを言わせた本人は何やら残念そうに肩を落としていた。
一体本当はどんなメッセージを僕に言わせようとしていたんだろうか。
きっと知らないほうが僕は幸せなんだろうな…。
というか彼女、中学の時から変態で有名だったけど、
異世界に行ってからなんか変な拗らせ方をしているような気がするのは僕の気のせいだろうか。
「よし、ひとまずこれで全員の能力が把握できたな」
ふと時計を見ると時間はもうお昼を過ぎていた。
今日は初日なので全校生徒はとっくに帰っている時間だ。
「今日はこれくらいにして帰ろうよ」
「そうだな、今日は俺も色々なことがありすぎて疲れた、よしみんな解散だ」
和が荷物をまとめてさっさと教室を出ていく。
僕もお腹がすいたし早く帰るとしよう。
こうして僕たちの高校入学初日は終わりを迎えた。
まさかみんなも異世界に冒険に行ってて能力が使えるようになっていたとは思わなかったけど、
これなら楽しい高校生活を送ることができそうだ。