第一話 高校入学とクラス分け
「いってきまーす!!」
軽やかな足取りで僕は家を飛び出る。
久しぶりだ。学校なんて。
通学路にある桜並木はまるでこれから入学する僕たちを祝福するかのように咲き乱れている。
あまり桜を見て綺麗だ、なんて至って普通の感想を述べるほどの感性は持ち合わせてはいないけれど
それでもこの大量の桜には目を奪われるものがあった。
「っといけないいけない。早くしないと遅刻しちゃうや」
今日はクラス分けの日ということもあり、普段よりも早い時間に学校に着いていないといけないらしい。
急いで桜並木を走り抜け、学校へと向かうことにした。
僕、湯島久吉がこれから毎日通うことになる高校の名前は
私立四ツ谷高校。この町では間違いなく一番大きな見た目をしている高校だ。
学費はそこまで高くないけれど、設備だけ見ればどれも最新鋭のものばかりだ。
その理由は、学校長が国の偉い人が繋がってるからだとか、裏口入学を採用しているからとか色々噂はあるけれど、
本当のところはわからない。
少しだけ僕の学力レベルよりは高い所だったけど、なんとか受験を乗り越え無事に入学することができた。
学校の前にたどり着くと玄関には大きく「新入生、クラス分け」
と書かれた紙が張り出されていた。紙の前にはすでに大量の人だかりができており、遠くからしか確認することができない。
まぁ人だかりが減ってから確認しに行けばいいかな…。
そう考えていると後ろから突然声をかけられた。
「よぉ久吉、同じクラスみたいだな」
「うわっ、びっくりした。突然話しかけないでよね和、驚きすぎて心臓が止まったよ」
「それは死んでるぞ久吉。悲しいことにほかにも何人か同じ中学だった連中が同じクラスになったみたいだ」
話しかけてきたのはもともと同じ中学だった「駒込 和」だった。
僕より少し高い身長に、ツンツンととがった短い髪。目つきの悪い目元は中学の時から何一つ変わっていない。
「え?悲しいことにってどういうこと?」
「まぁそれはほかのメンバーを見ればわかるだろう」
和はあからさまに顔をしかめるような表情して溜息をつく。
「そうは言ってもしばらくはあのクラス表には近づけそうにないよ」
クラス表の前にはいまだにすごい数の人間が群がっている。
「やっほー!お困りかい?そこのお二人さん!!」
「お、なんだお前ももう来てたのか有楽」
またもや後ろから声をかけてきたのは同じ中学出身の「有楽 茜」だった。
丸い眼鏡をかけていて、短めのツインテールは明るくて活発な雰囲気を醸し出している。身長は僕よりも少し低いくらいだが、
背中に背負っているバカみたいにでかいリュックサックのせいで余計に小さくみえる。
「察するに、どうやらクラス表が見えなくて困っているご様子。私の双眼鏡を貸してあげようじゃないか!」
「えっほんとにいいの!?ありがとう!助かるよ」
「おい久吉、なんでこいつが双眼鏡を持っているのかは聞かなくていいのか?」
「そんなの聞くまでもないじゃないか。クラス表を見るために持ってきたんだよね?頭いいなぁ有楽は」
「…………。」
えっなんでそこで黙るのさ!!
「おい有楽、カバンから何やら女性の着替え写真らしきものが見えてるぞ」
「うそッそんなはずは!!確かに隠したはず!!」
「……嘘だ」
「………………。」
「顔を背けるな有楽」
「そ、そんなことより久吉くん!!しっかりとクラス表は見えたのかな!?」
何やら冷や汗をだらだらと流した有楽が僕に聞いてくる。
「うん、ばっちり見えたよ。ありがとう有楽」
覗いていた双眼鏡をそのまま有楽に手渡した。
「どうだ久吉、クラス表をみた感想は」
「見た感じだと知り合いは五人だね。僕と和、それに有楽と根津あとは千川みたいだね。なかなか楽しそうなクラスでいいじゃないか」
「そうじゃない。おかしいと思わないのか。同じ中学出身が五人も固められるなんて」
なるほど、言われてみれば確かに。
「俺が考えるに、おそらく何らかの原因があってこのメンバーは固められたに違いない」
…なんだろう。成績優秀者だけを固めたクラスとかなのかな?確か昨日行われた学力テストはまぁまぁ解けたはずだ。
「まぁまぁここで考えたって何か出るわけじゃないじゃないか。とりあえずクラスに行こうではないかお二人さん」
「そうだね。とりあえず行こうか」
-------------------------------------------------------------------------------
「お、来たね三人とも」
教室に入ると手を挙げてふらふらとこちらに話かけてきた細身の男が一人。根津文也だ。
通称「ねずみ」と呼ばれている。目元にあるクマからはおそらく数日は眠ってないことが容易に予想できる。
「なんでそんなにふらふらなのさ、大丈夫?」
「ああいや、大丈夫だ。ちょっと一昨日まで世界救いに行ってて…あ、お花畑だ。」
目の焦点が合ってない。ほんとに大丈夫だろうか。
ふと教室を見るとねずみが座っていた机の上にはすでに三本のエナジードリンクが積み重ねられていた。
「はは…まぁゲームもほどほどにね」
「ちょっと、あたしのことも忘れないでよ」
どこからともなく声がした。
「ねぇ和、今どっからか声がしなかった?」
「聞こえたな。聞き覚えのある声だったが…誰だったか」
二人して周りをきょろきょろと見回すもそれらしき人物は見当たらない。
「ちょっと!!わざとやってるでしょ!!!!」
視線を下に向けるとそこに声の主はいた。千川 千紗だ。通称「センチ」と呼ばれている。
「あ、なんだセンチいたんだね。いるならいるって言ってくれればよかったのに――ぃてててててて!!!!!!」
センチが勢いよく僕のすねを蹴り上げる。
「なんで!!なんですぐに暴力に走るのさ!!話し合いで解決しようよ!!!」
「話し合いすらしてくれなかったじゃない!!」
ぐりぐりと僕の足を踏みつけ始めるセンチ。
「ちょっと和、そこで見てないで僕を助けてよ!!」
「すまないセンチ、俺はわざとだ」
「わかってるわよ!!!!!!!!」
より一層僕の足をぐりぐりと踏みつけるセンチ。なんで僕だけ!?
そういえば有楽はどこに行ったんだろうと思い、回りを見渡すと何やらねずみと話している様子だった。
「…さっ……救……けど…」
「お前も…異…か?……だな…」
…?なんの話をしてるんだろう?
まぁでも二人のことだしどうせろくな会話ではないんだろう。僕はおとなしく席に着くとしよう。
と、ちょうどその時教室の扉が勢いよく開いた。
「お前ら席に着け。これからホームルームを始めるぞ」
そう言って入ってきたのは筋肉の化身のような人物だった。
いい感じにこんがりと焼けた肌からはとても強そうな印象を僕たちに与える。
「これからお前ら問題児の担任を務めることになった本郷だ。よろしく」
え、今なんて言った?問題児?
どういうことだろう?昨日のテストでは確かにいい成績は取れてないかもしれないけれど、
それでも問題児と言われるほどひどい点数ではないはずだ。
僕の疑問をそのまま代弁するかのように和が質問する。
「センセー、俺らが問題児とはどういうことですか?」
すると本郷先生は大きなため息を一つしてから、和の質問に答えた。
「どういうこともなにも、お前らは昨日のテストでまともな回答をすることができなかったバカの集まりだ。とくに
湯島、駒込、根津、千川、有楽の五人はひどいなんてものじゃなかったぞ。ほらお前らこっちこい」
そう言って先生は僕たちを教卓の前に呼びつけると、五人分の紙を僕たちに手渡した。
「あっ」
「やべぇ…」
「あー…」
「え…」
「これは…」
先生が見せてくれた紙は僕たち五人の、『明らかに日本語じゃない言語』で記述されていた昨日のテストの回答用紙だった。
こうして僕たちは無事に問題児ばかりのクラスで一年間暮らすことを余儀なくされたのだった。