お餅を吸い出せ -5-
外に出ると玄関の前でペロが苦しそうに悶えて、地べたを這いずり回っていた。
「ペロ!」
僕はペロにすぐさま近寄った。
ペロは僕を見つけて少し安心したのか、僕に鼻を摺り寄せると、そのままパタンと横に倒れた。
「ペロ!しっかりしろ!今助けてやるからな!」
僕は後悔に苛まれていた。
あの僕のへんてこな家族達は正直餅が喉に詰まろうが大したことはない。だって実際そうなんだから。
でも、ペロは別だ。ペロは普通の犬なんだから。真っ先に助けてあげるべきだった。
(くそぉ。もっと早く気づくべきだった...)
僕は掃除機をペロの口に持っていこうとして、ある事実に気づいた。
「あっ。電源コード差すとこないや。」
これは盲点だったな。
僕は横たわるペロを抱き上げると、家の中にペロを持っていこうとした。
「いやーあんさん。その畜生に騙されてはいけませんで」
どこかから声が聞こえた。最近人の声を全然聴いてなかったので、なんだか新鮮に感じる。
僕がきょろきょろと周りを見渡していると、"こっち、こっちや"と上から声が聞こえた。
僕が見上げると玄関の屋根の上に飼い猫の"チー"が座っていた。
「儂が喋ってんねん。あんさんよ」
「うわー!猫が喋ったぁ」
僕は急展開についていける気がしなかった。
遂に猫が喋る時代が来たか!と。
さすがは家の猫。へんてこの仲間入りだ。
チーはピョンと軽々飛び降りると、僕の足元に座った。
「おいおい。犬畜生よ。そんな同情を買うような卑怯な手を使わず、儂と堂々と勝負をせい。」
普段なら、にゃーとか、ごろごろしか発しない可愛い飼い猫が、渋い枯れた声を出している。
なんだか非常にクールじゃないか。
僕がこの渋くなった飼い猫の喉をゴロゴロしたいなぁと考えていると、胸のあたりでため息が聞こえた。
「はぁぁ。姐さんはこういう非常事態でも僕には厳しいよねぇ。」
僕は何となくこうなることを予想していたが、なんだかペロは2枚目の子分キャラの様で、そこには驚いていた。
「すまないね、兄さん。ちょっと降ろしてもらってもいいかな?」
ペロが僕の方を振り向いて、そう告げた。
僕は言われるがままにペロを地面に降ろしてあげた。
「ありがとう。兄さん」
ペロはプルプルプルと体を震わせると、目の前のチーを睨みつけている。
「姐さんは考えがちょっと古風なのさ。そして、飼い主を信用していない。確かにこの男は少し卑怯なところはあるが、概ね誰にでも優しい顔を見せる男だ。やり方さえ間違わなけれは、我々をいとも容易く助けてくれるさ。」
チーはふんと鼻を鳴らす。
「若造が。まだそんな寝言を言うのか。この男のこれまでの所行を見てよくそんなことがぬかせるわい。この男はまだ一人も我らが飼い主を助けてなどおらぬ。それどころか、自らの家族を争わせてその勝者のみを助けるという残酷な男だ。この男を満足させるには我々が争い、雌雄を決する他ないいうことが何故分からぬか?」
両者は一歩も譲らない様子で睨み合っている。
(なんだかペットにすごく嫌な人間だと思われてたんだな。僕って。)
僕はなんだか胸が痛んだ。
(まあとりあえずチーが間違えてるな。僕は確かに誰も助けてないけど、人を争わせて楽しんでいる残酷な人間ではないぞ...!)
よもや2匹は一触即発の雰囲気ではある。
僕はチーに向かって僕への誤解を解こうとしたその時...
「ぐえーー」
チーが毛玉を吐いた。
毛玉には餅が絡みついていた。
「にゃー」
チーが可愛らしく鳴く。
「姐さん?元に戻って...ぐえーー」
ペロも触発されたのか、胃の中のものを戻してしまった。
吐いたものの中には大きな餅らしきものが見える。
「わんわん」
ペロもいつもの調子で鳴いている。
(あれ?これは円満解決というやつか...)
僕と2匹はどうしていいか分からず、そこに佇んでいた。
お餅を吸い出せ -5- -終-