店[2]
「こりゃ襲撃跡だな」
「なにもないねえ」
文字通り全部奪われたコンビニは、まるで閉店して工事中みたいに空っぽだった。
すっからかんだ。漫画本の一冊もない。
ただしレジは機械が壊されてお金や金目のものがとられているだけで、他は無事だった。
近所の学校のものなのか、子供の描いた母親の絵みたいなのが飾られているが、それも薄汚れて落ちていたり、さらに踏まれて汚れている。
ひどいもんだ。
「マオ」
「なに?」
「奥に水道があるはずだ、出るか試してくれ」
「出るなら、さっきの透明のやつに入れるんだよね?」
「おう」
ここに来る前、大量のペットボトルが回収できた。
ちょうどゴミの日があったのか、出されていたのがまだ残っていたようで、たまたま網や柵があって無事だったようだ。
ただしゴミのやつはフタを外してるのが多いから探したけどな。
ちなみにわかると思うけど、本来はフタをとり、包装を剥がしてキレイにして捨てるべきものだ。
だから……決まりを守ってないヤツの捨てたのが役立つってのは、ちょっと皮肉な話だな。
さて。
「出るよー」
もう見つけたのか、さすがに早いな。
「おう、どこだ……って、そこかよ」
マオが自慢げにニコニコしているのは、掃除用の洗い場だった。そこだけたまたま、昔からある手回しの蛇口だったようだ。
これはアレだな。
俺だったら別の意味で、見つけられなかったかもしれないな。
「ほい、これ。使い方わかるか?」
「これでいいんだよね?」
「おう、それでいい。……あー、茶色いな」
当然といえば当然か。
「しばらく水を出して、透明になってきたら汲んでくれ。俺はこっちを」
「わかったー」
空のボトルを入れてた袋ごと渡すと、レジに戻った。
普段入らない内側にいくと、キャッシャーが破壊されているのがよくわかった。
「なんでこの状況で、金なんか持ってくかねえ?」
ここは静岡県で、観光地というわけでもない。
静岡ってところは災害対応がやたらと進んでいる土地だ。
そりゃ、復旧のめどの立たない巨大災害の前には、いつか秩序も崩壊しただろう。
けど。
このあたりの秩序の崩壊なんて、金なんか意味がねえって状況になってからじゃないかと思うんだけどね。
ふむ。
よそから逃げてきたヤツがさらったのか?
それとも、俺の静岡民の評価が甘いだけなのかな?
しかし、となると。
「……コンビニ巡りは勘弁してほしいなぁ」
別にほしいのは金じゃねえんだがなぁ。
「ユー、入ったよー」
「おうすまん」
何もないとはいえ、ひとの声がしたら近所のゾンビがくるだろ。
急いで離脱しようか。
「ユー、どうだった?」
「書類の日付を確認してたが……業務停止したの、俺の召喚された日から一週間もたってないな」
「そうなの?」
「たぶんだけどな」
もっと正確な情報があればよかったが、まぁいいだろ。
事務処理した最後の日ってことだから、正しくはその日以降のどこかでって事になる。
あいにく、それはここだけじゃわからないな。
「次、どこを探す?」
「行きたくないが、駅でも行ってみるか」
「えき?」
「ああ。たくさんゾンビがいるだろうが、新聞の一枚もころがってる可能性が高い」
ゾンビは新聞を読まない。
そして、ゾンビをさけつつ駅前に略奪しにくる連中が新聞を読むとも思えない。
書籍でもいいが、一号線のツ○ヤはもう少し西。
で、小規模の書店はほとんど駅前だろう。
もちろん駅前ならコンビニもあるが……さすがに望み薄かな。
むう、新聞探しがこんな面倒だとは。
二時間後、俺は沼津の駅前にいた。
え、ゾンビたちはどこにいるのかって?
実は、精霊たちに頼んで町の外で車の走行音もどきを出してもらったんだよ。
実に単純なおとり戦法だけど、異世界でもよく使っていた。
ゾンビたちは光や音に反応する。
これで駅前で探しもの、調べ物をする時間くらいはできたわけで。
でも。
「ユー、これでいい?」
「おう、ありがとな」
マオは日本語を読めないが、ひらがな、カタカナ、数字は教えてある。
理由は異世界に日本語のわかる者がほとんどいないためで、秘密の連絡に有用だったからだ。
召喚者たちは、これまた女神様の恩恵ってやつで自動翻訳状態だったんで、彼らは現地人と現地語で話した。
当然、異世界語である日本語を勉強するやつも、人間族にはほとんどいなかったわけだ。
ああ、ちなみにエルフにはわかる人がいたぞ。
けど人間族はエルフと情報共有してないし、だいいち時代が古すぎて素直に読める代物でもなかった。
ただ、それでもひらがなとカタカナ、漢数字を使えばかなり交流できたのだから面白いものだ。
戦略上の意味はあまりなかったけど、人間族の国に知られたくない事を伝えるのには重宝したなぁ。
さて、それはいい。
かろうじて動き続けているらしい時計をみつけた。
しかし電池がもうやばい。
ソーラータイプだけど時計合わせ機能のないヤツを動かして、そっちと日時をあわせた。
ボタン電池やツールも探してきた。
ふたつの腕時計を用意して時間をあわせ、俺とマオの腕にも腕時計をひとつずつ。
ペアウォッチ?
違う。時間を決めて別行動をとるためのものだ。
「すごい!」
「マオ、言っておくが壊れたら気にせず捨てろ。予備はあるし、機械よりおまえの方が大事なんだからな」
「うん、わかった」
最悪、精霊に頼めば俺の方からはマオを探せる。そんな日は来てほしくないけどな。
あと、日時も判明した。まだ動いてるカレンダーつき時計があったんだ。
「……日時はそんなに離れてないのか」
なんと、俺が召喚されてから二年とたっちゃいなかった。
他にも使えそうなスマホなど回収したけど、こっちはバッテリーがすっからかんだ。
これは寝床を探してからバッテリーから充電することになるだろう。ケーブル類は確保してあるしな。
「よし、そろそろ寝床探しを始めるぞ。マオは指定あるか?」
「……」
そういうと、マオは考え込んでしまった。
俺は寝床探しが苦手で、こういう時はマオに任せる。彼女の野生のカンはたいしたもんなのだ。
そして。
「んー……あそこはどうかな?」
「あそこ?」
「ほら、浮かんでたお船」
「……あれはまずくね?」
自衛隊だか海上保安庁だか知らんけど、セキュリティがあるだろ。
「そうじゃなくて、海。臭わなくてすむかも」
「あー……」
街中ゾンビの腐臭だもんなぁ、海の方がまだマシか?
しかし日本という国は、基本的に人口密度が高いわけで。
この沼津駅前から遠くなくて、しかもゾンビの来る心配のない海辺……。
まてよ?
「なるほど。
船の上、港のどこか、さもなくば完全閉鎖できる車の中ってわけか」
「?」
「つまりニオイが届かなくて、あいつらも来ない場所ってことだろ?」
「あ、うん」
ニオイに参ったみたいだな、あたりまえか。
ゾンビってやつは生前の行動を繰り返すから、山林など、人のいない場所に入る個体はあまりいない。
でも、ここからサッと行ける良さげな山林がない、なにしろ徒歩だからね。
え?野生なら走れる?
いや、マオはネコ科だから持久力ないんだよ。長距離を一気に行くには向かないんだ。
一時間後、俺たちは沼津港にいた。
沼津港には長い防波堤がある。そしてその突端には、灯台と釣りによさげな広場がある。
途中にあるガードレール利用の輪留めを使い、さらに途中に障害物を置く。
生前が釣り人だったゾンビが来るかもしれないが、かなりハードルは高くした。そして精霊にも警告を頼んだ。
今夜くらいは何とかなるだろう。
さて。
このままだと寝られないので、今までのお店巡りでゲットしておいたものを出す。
まずテント。
これは大きめのドームテントなんだけど、背が高くない。俺の記憶違いじゃなきゃ結構いいやつだ。
古いので水漏れは心配だけど、ゾンビ対応には使えるだろ。
ゾンビは視覚に頼る傾向があるが、万が一ここまでやってきたとしても、テントの中に人がいると判断するほどの知能はないと思う。
でも体温には反応して近寄ってくる可能性はあるが、そうなるとまずマオが先に気づくだろうというわけだ。
寝袋はゲットしてあるが、今夜はやめておこう。寒ければ使うけど、布団のようにかけるだけだ。
銀のキャンプマットは光るので、スポンジだけのマット。
さて。
テントを、なるべく防波堤の反対側、駿河湾側に設営する。
灯りは灯台を背にするようにして、反対側の陸地からは極力視認できないように。
まさか延々大回りして防波堤に入ってくる個体がいるとも思えないけど、そこは必要な配慮だろう。
地面がコンクリで固定できないので、石を並べておく。殺傷目的の大きなものをアイテムボックスに詰め込んであったので、重石としてはかなり有効だった。
加えて。
「これ使おう」
「おや、持ってたのか」
前に異世界で拾った、壊れた槍だ。
壊れてるから棒にしかならないが、棒として使うには金具類が邪魔という微妙な代物だった。
「なんで持ってたんだ?」
「なんとなく」
「そうか」
ま、役に立つならいいか。