世界
「よくわかりませんが了解。でもひとつだけ、俺は精霊使いじゃないですよ?」
『は?』
婆ちゃんが奇妙なものを見る顔になった。
『何を言っとる、幼稚ではあるが次元干渉までこなす、そなたが精霊使いでなくなんだと言うんじゃ?』
「え、でも」
精霊使いっていうのは、精霊を使役する存在じゃないのか?
俺は使役なんかしてないぞ?
しかし。
『そもそも、そこから間違っておるぞ』
「え?」
『精霊とはそなたの概念でわかりやすくいえば……そう「神」というやつじゃ、知っておろう?
精霊使いとはつまり、精霊に仕える神職にほかならぬ。
だいたいじゃ。
どこの何様が「神」を上から目線で「使役」するんじゃ?』
……へ?神?
「な、なぁ、婆ちゃん」
『む?』
「今、なんつった?精霊が神様?え?」
『知らずに精霊を使っておったのか?まさかじゃろ?』
「いや、まさかて」
『ではきくぞユウ、そなたにとって精霊とはなんなんじゃ?』
「え?精霊だろ?
そりゃーフワフワして可愛くて、癒やしな存在じゃないの?
魔力あげて頼み事をしたら仕事してくれるし、いつも可愛い姿で癒やしてくれるし。
退屈な時は一緒に遊んでくれるし。
うん、可愛い妖精さんたちだろ?」
まあ強いて言えば。
地球の物語で強いていえば西洋の靴屋の小人さんの昔話、あるいはコンピュータOS用語の「デーモン」ってやつだろう。
前に親父が言ってたもんだ。
『祐一、ユニックス(UNIX)のデーモンは悪魔じゃない、精霊なんだよ』
『せーれー?でもデーモン(Daemon)は悪魔(Demon)のことだって書いてあるよ?』
『それはユダヤ教やキリスト教、つまり唯一神教側の見解だろう?
祐一、おまえ靴屋の小人さんの話を読んだろう?』
『知ってる』
『あの小人さんも精霊だぞ』
『え、まじ?』
『マジだ。あちらの伝説の小人さんたちは、たいていが自然神や精霊だからな。
ちなみに、シューベルトの「魔王」も悪魔の王でなく自然界の精霊のたぐいだぞ』
『そっか……そうなんだ、わかった!』
『うむ』
「……というわけで、精霊たちは靴屋の小人さんみたいなもんかと」
『ちょっとまて!まだ何か、いや微妙に間違っておるぞ!』
なのになぜか、婆ちゃんは慌てた。
『だいいち精霊には魔力を捧げ、力を貸していただいておるんじゃ!
お願いしたら仕事してくれる小人さんじゃと?
いくらなんでも、そこまでお気軽な存在ではないわ!
いやいやそなた本気か?
今まで、ずっとその認識で精霊とともにおり、あれだけ精霊に好かれておったのか?』
「???」
よくわからない。
首をかしげていると、精霊たちが集まってきた。
【うんうん、かわいいー】
【ユウもかわいいー】
【にゃー】
指にからまり、身体にまとわりついて楽しそうにしている子たち。
思わず見てるだけでほっこりするぜ。
こんな可愛くて無邪気な存在が神様?
確かに頼もしい存在でもあるけど……そんなバカな。
『まさか本当に理解しておらんかったのか?
その状態でよくまぁ、次元の壁をこえてこっちまで干渉してきおったのう。ふむ?』
ふと何かに気づいたように、婆さんはふと俺を見た。
「えっと、あの?」
『そうか、そなたは***か』
「?」
なんか一部よく聞こえないな。
そして、なぜかマオの方も見た。
『そして側仕えの妻巫女か……ははは、そうか、そういう事じっゃたか!』
「えっと、あの?」
『ああ、よいよいわかった。
しょうがないのう、では少しだけ解説してやろうぞ』
ハイエルフの婆ちゃんは、苦笑いしながらためいきをついた。
『この世界も、そして、そなたの世界もじゃが。
すべての始まりには物質も何もなく、ただそこには意思だけがあったと言われておる』
「……」
なんか、どこかできいたような世界の始まりだな。
『ある時、意思が弾けて世界が生まれた。
物質は世界を形作り、そして物質でない部分は、小さな無数の意思たち……すなわち精霊へと変化していったんじゃ』
え。
「じゃあ精霊って、生命よりも古い存在なんですか?」
『というより、生命は精霊たちが生み出したものじゃ。その理由までは知らんがな』
「……へえ」
この子たちがねえ。
次元の壁も超えるみたいだし、すごいんだなぁ。
『信じておらんか?』
「いや、むしろ逆に納得してるかも」
『ほう?』
婆ちゃんはおもしろそうに俺を見た。
『ふむ、まぁこのように精霊とは凄いものなんじゃ、親しみも結構じゃが敬意は忘れぬようにな?』
「ういっす」
『しょうのない子たちじゃ……まあよい、では話を進めようかの。
こちらから手を貸すことじゃが、具体的には転移魔法の使い手をそちらに回すんじゃよ。
そなたの現状からいっても移動手段が必要じゃろうし、また、こちらの世界に影響を与えるにも時空に関する魔法の使い手が必須じゃからのう。
わしらの想定する条件にもあうし』
条件ねえ。
「あの、具体的にその条件というのは?」
と、そんな話をしていたその時だった。
『ちょっとまて蛇の、まだ早い!今紹介……って待てというのに蛇の、まだっ!』
な。なんだ?ヘビ?
唐突に慌てだしたハイエルフの婆ちゃんをポカーンと見ていたら、唐突に空気が重くなった。
「なんだ!?」
世界に重圧感というか、不思議な感覚。
もしかしてこれって?
「なんかくる」
マオが警戒モードに切り替わった。
「どこだ?」
「あっち!」
マオが指さした方向は思いっきり壁だったが。
いや、つまり壁の向こう、すなわち駐車場ってことか。
そして次の瞬間、
『ほう、ここが少年の世界か。なんじゃ、本当に死者だらけじゃのう』
「!」
建物の外から、呆れたような女の大声が聞こえてきた。
しかも、めっちゃ覚えのある声だった。
「おい、この声まさか」
「……ユー」
「ん?」
マオが「むだだよ」と言いたげに首をふった。
俺たちはためいきをついて、そして駆け出した。
建物を出た時に俺が見たのは、ほとんど怪獣サイズの超絶巨大な蛇だった。
ただしのその蛇は、これまた巨大な人間の、しかも美しい女の上半身をつけていた。
おまけに背中からは巨大な翼が生えているという、どこからどうみてもラスボス全開のお方だった。
まちがっても『東名高速道路』の『鮎沢パーキングエリア(上り)』の駐車場なんかに、ドーンと鎮座ましましていい存在じゃない。
その場所だけ神話時代のファンタジーと化していた。
ああ、これは間違えようもないな。
俺は覚悟を決めた。
「エキドナ様じゃないですか!」
「おお、そこにおったかユウ、それと猫の娘よ。久しいのう」
巨大な翼蛇女は、ゆっくりとこっちを振り向き、そして笑った。