おぞましき術式
『その者たちは「そなたになれなかった者」の成れの果てじゃよ』
「なれなかったもの?」
『ユウよ。そなた、異世界召喚の原理を知っておるか?』
「原理ですか……確か転送ではなく『引き寄せ』ですよね?」
『そうじゃ。
ちなみに「引き寄せ」なんじゃが、何をどう引き寄せるかは知っておるか?』
「いえ」
それは俺もナゾだった。
別の世界から人間を呼ぶ。簡単にいうけど、とんでもない事だろう。
だいいち「誰」をどうやって特定する?
どうやって「俺」を選び、数十億の人間から、ひとりだけを引き寄せた?
さっぱりわからなかったんだが。
『そもそも彼らは、そなたを選んでなぞおらん。
わしも詳しくは知らぬが……彼らが指定したのは、いくつかの条件でしかないんじゃ』
「条件?」
『まず、ある程度若い人間であること。
若者である必要はないが、さすがに老人や赤子を呼ぶわけにはいかんからのう』
「たしかに」
『次に強盗など、こちらの人間族社会でも問題になる犯罪を犯していないこと。
それから、これは目的を考えれば当然だが上位者の命令に従順である者』
「……」
戦わせるんだし、扱いやすいやつってのは当然か。
『そのほかあるが、わしも全部は知らぬ。
とにかくそういう風にして、一定の人数以下まで適合者を絞り込む事で発動条件が整うらしい。
そして、その条件下でリストの筆頭にある者が被召喚者、つまり、そなたじゃな』
「……」
なるほど合理的だな。
条件がわからないが、確かにそれなら個人を知らなくても『該当者』を特定できるわけだ。
……まぁ、そいつが本当に『勇者』つまり魔王を討つ者として役立つかは知らないが。
そして。
「筆頭者以外の者はどうなるんだ?」
『そなた、もう気づいておろう?』
「……いいから聞かせてくれ」
『そなた以外の該当者は、そなたを呼び寄せるための材料にされたのだよ。
ひとつは、そなたをこちらの世界に転移させるための力。
ひとつは、そなたを異世界勇者として戦わせるためのスキルや加護に。
そして……余ったエネルギーは彼らの王国の運営に、そして、そなたなき後の魔族殲滅作戦にと、あますことなく有効利用された』
「……そいつらはどうなった?」
『それは、そなたが一番よく知っておろう?』
「……最初のゾンビはそいつらってことかよ!」
なんてこった。
およそ、予想した中での最悪のシナリオじゃねえか。
でも。
「ひとつ聞きたい」
『……』
「その該当者って、まさかと思うが……俺の家族や友人が含まれる可能性はあるか?」
『ユウよ。知る事が全て幸せとは「教えてくれ!!」』
婆さんは少し沈黙すると、わかったといい話してくれた。
『確証はないが、ひとつだけ言える事がある。
以前聞いた話では筆頭者の実の母親は、まず確実に該当者だそうだ。すなわち』
「……少なくとも、おふくろは俺の召喚と同時にゾンビになっていた、と?」
『……』
「婆さん」
『ああ、そうとも。おそらくな』
「!!!」
その瞬間、俺は叫び声をあげていた……と、思う。
気がついたら、壁や床がボロボロになっていた。
俺は壁にもたれて、そしてマオが抱きついていた。
そして映像は今も、ホッとしたような顔の婆さんを写していた。
『ユウや、落ち着いたかの?』
まるで自分の孫にでも語りかけるような、やさしい声だった。
そのやさしさに、自分が誰が見ても危うい状態だったのだと気づいた。
「……ああ」
は……はは……何やってんだ俺。
なんてバカな。
「ユー……よかった」
「……」
抱きしめてくるマオから血の臭いがした。
その惨状、そしてマオ。
自分が何をやらかしたのか、ようやく理解できた。
「ごめん」
「え?」
「ごめんよマオ、痛かったろ?」
「……ううん」
「……」
背中の壁の感触がなくなり、抱きしめる力が強くなった。
無言でマオを抱き返していると『ウオッホン!』と咳払いの声がした。
「あ、すみません」
『よい、無粋ですまぬがこの通信は精霊たちが支えてくれておる。ずっとつなぎ続けたら負担をかけてしまうでな、許しておくれ?』
「いえとんでもない」
クスクスと笑う婆さんに、なんかちょっと恥ずかしくなった。
『そなたを見ていて、ひとつだけ思ったことがあるのう』
「え?」
『子供は親の心配を知らぬというが、まさにそのとおりじゃ。
特にユウくらいの年代となると、わかってもらえぬ親のほうが多いかもしれん』
「……」
孝行のしたい時分に親はなしってか。
『まぁ別にそれでいいのじゃがな。
子供はまず自分の子供の心配をするのが仕事じゃしのう。
されど個人の気持ちとしては……やはり寂しいものよ』
「……」
そこまで言うと、婆さんはとてもやさしい笑顔になった。
『このわしが、ひとりの女として、世にある母親のひとりとして保証してやろう。
そなたの母は……まだ若き息子にそこまで慕われ、心配された母親は幸せ者じゃよ。
それにゾンビ化は一瞬のことじゃ、おそらく自分の死にすら気づかず逝ったであろう』
「……そう、ですか」
苦しんだりする事はなく、瞬時に死んだのか。
そうか。
それはよかった。
……でも。
「なあ婆ちゃん、あ、ごめん、えーと」
しまった、やらかした!
いや、あのね、ここだけの話なんだが。
『どうした?』
「いや、すみません。どうもその、死んだ母方のばあちゃんに似てるもんだから」
ハイエルフの婆ちゃんは老人だが、やはりエルフという事か顔立ちが整っていた。若い頃はさぞかし美人だった事だろう。
その雰囲気なんだが。
心筋梗塞で亡くなった、母方の婆ちゃんにすんげえ似てるんだよなぁ。
婆ちゃんも若い頃、はるばる山から顔を見に来る人がいる程度には美人さんだったそうだし。
それを素直にそういったら、なぜかクスクス笑われた。
『そういうことか、よいよい、婆ちゃんでよいぞ』
「すんません……じゃあ、お言葉にあまえて。
婆ちゃん、俺、やられた事はやり返したいんだけど、何かいい知恵ないかな?」
おふくろが一瞬で死ねたんなら、それはそれで救いかもしれない。
けど、ありえないような事で殺されたのは間違いない。そして犯人もわかっている。
なんとか、やりかえしたい。
でも、犯人どもがいるのは異世界。
あたりまえだが、今どころか勇者の絶頂期の俺ですらどうにもならない。
どうすればいい?
『条件つきで一つあるぞよ』
「条件つき?」
『まずは結論から説明しようかの。
いくらそなたが精霊使いでも、次元干渉には危険を伴う。そちらから、こちらに直接何かするのは危険すぎるので勘弁しいほしい。
じゃが、ひとつだけ手がある』
「手?」
『その説明はこれからする。
じゃがその前にまず、そなたらの助けになる者をこちらから送ろうぞ』
……は?
「えーと、言ってることがよくわからないんだけど?
そもそもなんで、わざわざ人をこっちへ?
俺がそっちに行くんじゃなくて?」
『まぁ待て』
ハイエルフの婆ちゃんは『待て』というように手のひらをこっちに向けてきた。
『かりにそなたを呼び寄せるにせよ、人間族の言う召喚術は使えぬ。
あれをやるという事は、さらなるゾンビをそちらに増やすという事。
それは理解しておるか?』
「あ、そうか」
『そうか、ではないわ!』
苦笑されてしまった。
『精霊が行き来できた事からわかるように、そちらとこちらでは転移が可能じゃ。
ただし、我らには召喚のような外法を使えぬから、なんらかの方法でそちらの位置を知る必要がある。
ゆえに、そちらにそなたと猫がおる現状ならば、相互に転移が可能というわけじゃ』
「なるほど」
座標という概念すらろくにないのに、世界間転移するんだ。当たり前か。
「つまり、俺たちがそっちに転移すれば、今度こそ帰れないと?」
『それもそうじゃが、問題はまだある。大量にな』
そういうと、婆ちゃんはためいきをついた。
『わしらの状況と、そなたの状況。
できる事なら、わしらは両方をうまくかなえたいと考えておる。
……言っておくが、これは慈悲や厚意という意味だけではないぞ。
異世界の精霊使いである、そなたの手をわしらも借りたい。
そして、そなたらの状況を改善してもやりたい。
うむ。
そなたらはまだ知らぬじゃろうが、わしらも追い詰められておるんじゃよ」
「……」
追い詰められてる?エルフが?
それって?