鮎沢PA
「次、鮎沢PAか!」
「あゆさわ?いいとこなの?」
「たぶんな。問題もあるが」
パーキングエリアはサービスエリアと違い、規模が小さい。何もかもが限られている。
だけどそれは同時に、ゾンビが少ない可能性でもあるわけで。
で、それは。
「一時的に籠城するにも都合がいいはずなんだ。
鮎沢だと町から遠すぎて補給が面倒なはずだけど、それはゾンビが少ないって事でもあるだろ?」
業務用出入り口を使い、車を確保しとけば物資の調達は何とかなる。
近郊に谷峨や山北の集落、さらに西にはもう少し規模の大きい小山の町がある。
これらは御殿場より規模も小さく、さらに御殿場に出ずに富士山を迂回して山中湖に出たり、さらに金太郎で有名な足柄山を使う古い街道にもつながっている。
ただし。
よさげな場所ということはつまり、誰かいる可能性もあるわけだ。
そんなことを考えていたら、ふとマオが言った。
「ユー」
「ん?」
「ユーは、生きてるひとがいても、うれしくない?」
「嬉しいかと言われると嬉しいぞ」
「うそ。困った顔してた」
「……マオに隠し事はできないか。
うんそうだな、現状ではノーサンキューだな」
「なんで?」
当然のように訊かれた。
まぁ……ちゃんと説明するしかないな。
「地球には獣人族なんていないんだ、俺たちの姿を見てどう反応するかわからないんだよ」
「!」
その意味を知って、マオがみるみる悲しい顔になった。
ああ、やっぱり意味を理解しちまったか。
そう。
俺がマオをどうして置いていこうとしたのかも。
「ごめんなさい……ごめんなさい!」
「マオ、おまえが気に病むことじゃない」
「で、でも!マオが一緒にいたいって言ったから!」
「それは違う、全然関係ないぞ」
俺の種族が変わっちまったのは、たしかにマオがクソ女神に願った結果なんだろ。
けどそれは勝手にあのクソ女神がやらかしたことだ。
それになぁ。
「マオ、俺はおまえが来てくれて本当に良かったと思ってるんだ」
「え?」
マオが納得していないようなので、俺は足を止めてマオにまっすぐ向かい合った。
「あのなマオ。おまえ、今の状況どう思う?」
「どうって?」
「ゾンビがいる状況さ。
この世界じゃゾンビなんて想像の産物のはずなのに、現実にゾンビのせいでこのありさまだろ?しかも記録を読む限り、俺の召喚と同時に最初のゾンビが現れたっぽいんだ」
「……」
「正直いえば、俺はこの事態を引き起こしたのが、人間族……あいつらの可能性を考えてるんだ。意図的なものなのか、事故なのかは知らんけどな」
「……何かひどい事をして、それをかくしてたってこと?」
「ああ」
俺はうなずいた。
「結果論だけど、おまえが無理やり一緒にきてくれて本当に良かったよ。
もし、おまえ抜きでこの状況に出会っていたら……。
人間族の領域におまえを置き去りにしたことを、俺は死ぬほど後悔したぞ」
そういうと、俺はためいきをついた。
「俺は自分が帰りたいあまり、半端な幕引きをしようとしたんだ。
だってそうじゃないか?
本当におまえと別れなくちゃならないというのなら、あいつらなんかに託すべきじゃなかった。
ちゃんと俺自身の手でエルフの里に送り届けて。
そしておまえを説得して。
そのうえで正式にエルフ族にお願いすべきだったんだ。
なのに俺は、それで大丈夫だと思っちまったんだ」
「……ユー」
「ごめんよマオ、相棒の俺がこんなバカで。
こんな情けないヤツで、ほんとにごめんよ」
「……」
マオは何もいわずに俺に抱きついて。
そして。
絶対はなれないと言わんばかりに、すりすりと顔をすりつけてきた。
鮎沢パーキングエリアは、東名高速道路のパーキングとしては小規模な部類に入るだろう。
また、給油施設もないので補給を試みたい者は困るだろう。
だが逆にいうと、騒々しい足柄のサービスエリアで燃料だけ入れ、静かなこちらに移動して休憩する者もいる……って父が言ってたんだけどね。
俺の両親はドライブ好きというほどではないんだけど、なぜか伊豆が好きだった。
温泉というと伊豆、旅行というと伊豆という人たちだったんだよ。
もちろん東京のど真ん中なんでクルマは贅沢品だったけど、電車だと行けるところに限りがある。年に数回程度だからレンタカーで間に合わせていたね。
って、それは別にいいか。
それよりも今の問題は。
「ゾンビがいるねえ」
「だな」
けど、時間帯的にここを確保したい。
念のために精霊たちに確認してもらう。
『生きてる人間いるか?』
【いないよー】
【みんな、ぞんびー】
そうか。
「確保するぞマオ」
「わかった、でもどうする?」
「そうだな……」
思ったより数が多いし、投げ捨てるには周囲の地形がちょっと不便かもしれない。
「焼いてみるか」
「これ全部?」
大丈夫かとその目が言っている。
「一匹ずつ焼くのはダメだな。魔力が足りない」
「うん」
「でも全部まとめてなら全然余裕だぞ」
「全部?いっぺんに?」
首をかしげて尋ねてくるマオに、にやりと笑ってみせた。
「知ってるかマオ?
海に住むでっかいクジラの仲間でな、サバが大好きなやつがいるんだ」
「サバ?」
「ロイローみたいな魚だよ」
「お魚!」
うじゅる、と反応しているマオに話を続ける。
「でもそのクジラは大きくて、サバよりも動きが遅いんだ。そのままじゃ逃げられてしまう。
でもサバは食べたい。
どうすると思う?」
「んー……わかんない、どうするの?」
「二頭以上で組を作り、輪の中に追い詰めていくのさ。鼻から泡を吹き出して壁を作ったり、あの手この手で工夫してね。
そして、ひとかたまりになったところを、一気にガブッと!」
「おお!」
おめめキラキラで、シッポまでおっ立ててまぁ……やっぱり魚好きだよなぁマオ。
別に猫族に限らず、猫は魚だけが好きってわけじゃないはずなんだが……まあ好き嫌いなんてそんなもんか。
さて。
「というわけで、俺はクジラの真似をしてみたい。手伝ってくれるかな?」
「わかった、どうすればいいの?」
「つまりだな」
「ピイーーーッ!」
「!」
「!」
「!」
口笛の音に反応したゾンビたちが動き出す。
本線にいたのも一匹釣られてきたようだけど、おおむねうまくいったようだ。建物の中にいた個体までゾロゾロでてきた。
よし、うまくいってるぞ。
追ってくるゾンビたち。
「近づいてきたよー」
「もうちょい……いいぞいいぞ……」
ギリギリまでひきつけて、駐車場の端から別の端に誘導。
時計回りに大きな円を描き、その円の中にゾンビたちを誘導していく。
よし、ここまではいい。
ゾンビの移動速度は俺たちよりずっと遅いので、それを利用して誘導し、少しずつ輪を小さくしていく。
小さければ小さいほどいいので。
少しずつ。
少しずつ。
少しずつ……。
「……よし」
そろそろ行けそうだ。
「マオ、燃えきれずに逃げ出すやつは押し返せばいい、壊すのは最後な」
「うん」
「やるぞ」
精霊たちに集まってもらう。
『頼んだよ。……燃やして!』
【おっけー】
【ふぁいやー!】
魔力がグッと持って行かれる感触……まだちょっと早かったか?
いや、大丈夫だ!
ぼうっと音をたてて、ゾンビたちの集団が炎に包まれた。
炎の勢いはみるみるあがり、取り切れない臭気も臭気も少し漏れてきた。
よしよし、この程度なら。
さらに炎は激しく吹き上がり、あっというまに彼らを焼いていく。
「あ、でてきたよ!」
「まだだ、誘導の輪をこわすな!」
焼け出てきた一部のゾンビを見、足を止めようとするマオを注意する。
「でも!」
「あれくらいなら俺がやる……『頼む』」
火を借りながら、同時に風も借りる。
弱い風で炎にゾンビを押し返し、あとは炎の力でどんどん焼いていく。
やがて。
駐車場にいたゾンビたちは全部、灰と何かの塊みたいになってしまった。
「復活するかな?」
「問題ないだろう」
あちらの世界と同じゾンビなら、芯まで焼いたら復活しないはずだ。
腐肉がなくなった時点で『腐った死体』ではなくなるせいなのか、それとも骨が焼けて変質した時点で擬似生体として成立できなくなるせいなのか。
とにかく、焼いてしまえば問題はない。
「まぁ、あれだ……せめて安らかに眠ってくれ」
せめて手をあわせて祈った。
俺はゾンビの意識がどうなっているかは知らんし、知りたいとも思わない。
ただひとつ言えること。
こうやって完全に滅びてしまったら、さすがにもう生の苦しみってやつは追ってこないだろうさ。