PAにいこう
ひろい地球に、もしかしたら、たったふたりの旅路。
マオにとっては見知らぬ異郷。
俺にとっては、知ってるけど知らない、ゾンビだらけの世界。
どうしてこうなっちまったんだろう?
もしかして。
俺が異世界なんかに召喚されちまったせいで、なにかの理が狂ってしまったのか?
わからない。
「せーれーさんたちはマダ?」
「まだだって」
「まだ、まりょく足りないんだ……」
「あっちの世界まで行ってたっぽいしなぁ。仕方ないだろ」
「そっか」
わざわざ異世界まで調べに行ってくれた彼ら。
ちゃんと魔力の支払いが満たされるのは、順調に行けば今夜か明日の朝らしい。
それにしても。
「さっきのとこ、ゾンビいなかったね」
「御殿場のインターか?」
「よくわかんないけど、それ」
御殿場インターチェンジは富士と箱根の入り口だ。
ゾンビが多い覚悟をしたんだけど、実際はそうでもなかった。
ただし。
「でもあれ、誰かが通った痕跡あっただろ?」
「うん」
そうなのだ。
誰かが御殿場でやらかしたんだと思うけど、ゾンビの残骸や痕跡がたくさんあった。だいぶ前のだけどな。
ついでにいうと、銃撃跡もたくさん。
俺は銃の知識があまりないからわからないけども。
ここは近くに自衛隊の演習場がある。
これはたぶん、機動隊もしくは自衛隊が治安出動したかな?
けどよく発砲許可出たもんだ。
いやだって、そうだろ?
自衛隊は法律でがんじがらめにされてて自由に動けない現実がある。
しかもその法律はゾンビなんて想定してない。
国民の遺体がテクテクあるいて同じ国民を襲っている状況っていうのは……どういう法的根拠で出動したんだろう?
うーむ。
まぁ、それはいい。
いや、よくないけど現状どのみち情報がなくてどうにもならないからね。
それよりも。
「油断するなよ、たぶんゾンビより人間の方がおっかねえぞ」
「わかってる」
そう。こっちが重要だ。
マオもうなずいた。
もし俺が単にゾンビパニックに巻き込まれただけの学生なら、生存者のいる可能性に喜ぶかもしれない。
だけど俺たちには、素直に喜べない事情がある。
まず、マオは当然として、俺ですらも人間じゃなくなってしまってる事。
猫耳とシッポ部品がついてるだけなら漫画的ともいえるけど、骨格なども微妙に人と違い、両脚にいたっては完全に異生物だ。
この姿で生存者の前に出たとして、どういう反応をされるか全然わからないんだよ。
精霊に頼んで幻惑かけてもらうったって限度がある。
たぶんだけど、直接交流なんてしてたらさすがにバレるだろ。
次に、俺たちの『異世界の元勇者とその専属シーフ』という立場。
確かに俺はレベル1に戻されたしマオも異種族に変更されてしまっているけど、異世界で殺しまくった経験までリセットされたわけじゃないんだ。そしてその経験は、人間が必ずしも味方とはいえない事を知っている。
いやむしろ。
見知らぬ人間と遭遇したら、それは敵と思うのが基本なんだよ。
え、もう少しひとを信じろって?
じゃあさ。
たとえばだけど、旅の道。なにもないところで、いきなり四歳くらいの小さな女の子が立っていたら、あんたどうする?
ああ待った、答える前に最初に前提条件を言っておくよ。
ここで、とりあえず声をかけるとか助けると考えたあんたは、たぶんアッというまに向こうの世界じゃ殺されるか奴隷いきだ。
魔物がはびこる危険な世界で、誰もが完全武装し場合によっては護衛を雇う世界と、勝手に武装して歩けば逮捕される状況でも誰も文句を言わない現代日本。その違いをよく考えてくれってこと。
魔物はびこる世界でさ、いきなり非戦闘員がひとりで立ってるなんてありえないんだよ。
じゃあ、いこう。
まず最も多いのは、女の子の背後に野盗や追い剥ぎがいるケースだろう。つまり文字通りの撒き餌だ。
あんたは財産をとられて殺されるか。
あるいは、あんた自身も連れも全員、奴隷にされて売られる事になる。
次に多いのは、女の子が爆弾を飲まされているケース。
いわゆる人間爆弾によるテロだ。
これは、飲まされてる本人が自分を爆弾と知らないケースも多く、そうなると善悪の看破では気づけない。
狙いはあんた本人ではなく仲間の非戦闘員や物資、あるいは「誰でもいいから一匹殺す」なんてケースもある。
またターゲットが確かな場合、その知り合い、家族、幼馴染などを仕立てる事も多い。もちろん確実に爆死させるためで、当人に自分が爆弾と知らせないのもそのためだな。
何しろ、爆弾と気づいても逃げず、自分から泣きながら共に爆死するヤツもいるからな。
その次でようやく本物の非武装の民間人になるけど、これも残念ながら撒き餌の一種だ。
この場合は大抵、女の子の後ろに避難民などの集団がいる……つまり、わざと小さな女の子を道を置くことで足を止めさせ、さらに問答無用で助けざるをえないように徹底的に誘導を仕掛ける。
ちなみに止まってしまうともう終わりで、助けずに通り過ぎようとすると盛大に泣き叫び罵倒してのけて、周囲にあなたがここにいると知らせまくり、結果として本物の敵や魔物を呼び寄せる。
要するにやっている事は最初の野盗、追い剥ぎ、場合によっては美人局と同じだ。
たとえば、勇者ならパンピーを助けて当たり前だと考えて迫ってくる。
で、断られるとヒステリックに喚き散らして仲間や善意の第三者、あるいは敵さえも呼び寄せる。何が何でも無償援助せざるをえないように誘導しやがるんだな。
で、それを無視して立ち去ったり拒否すると、全部こっちが悪い事にして訴えられる。
これはたとえ話ではない、本当に訴えられた。
異世界勇者なんてお人好しのバカだと思っているのか、そうやって脅せば金がとれると思ってるんだ。
俺は実際にこれで、金や物資を脅し取られたよ。
それらの罠を全てくぐり抜けてはじめて、本当に助けを求めている女の子に遭遇できるのだけど。
でもねえ。
残念ながら、わざとひとりぼっちで助けを求めてくる女の子って、そもそもほとんど釣りなんだよ。
つまり。
女の武器を積極的に使って助けを求めるのは置いとくとしても「助けてくれるのがあたりまえ」だと思ってる。本当に崖っぷちの子も、欲にかられてあわよくばと仕掛けてくる子もね。大人の女はもちろん、3つや4つの幼女だろうとやってる事はみんな同じだ。
しかもあっちは「わたしひとりくらい助けてくれたって」と思ってて、拒否ると確実に逆ギレしてくるんだ。
はっきりいおう。
つきあいきれんわ。
俺が経験豊富なおっさんなら上手にやるかもだけど、こちとら女のあしらいなんか知らん。
しかも、一日も早く約束の魔王討伐を果たさないと束縛が解けず帰還の模索もできないというのに、あっちは勇者なんて人民の奴隷か何かと思ってるようで、どんどんやってくる。
だから基本、移動中は探索を忘れず、誰かが待っていたら一切、姿を見せないようにした。
で、そんな俺を知ってるマオも同様。
……たとえ、誰がどんな悲惨な目にあっていようとな。
俺がやらされていたのは魔族の王を殺す事であり、人間族の救済は関係なかったしな。
おっといけない、なんか闇が出てきた。
もちろんだけど、敵が本当に罠を配置していることも、たま~にあるぞ、うん、たま~に。
おおげさって思うか?
でも実際、敵の罠なんて一度それと疑わしいのがあったくらいだぞ?
罠のほとんどは基本、本来味方であるべき連中ばかり。
そしてこっちから利益を吸い上げようってヤツばかりだった。
ああ一応いっておくと。
こういう悪意の連鎖は人間族の話で、他種族では話が違った。
たとえばエルフ領では普通に素朴な田舎だった。
普通によそ者として忌避するものは当然いたが、それ以上に親切にしてくれたよ。
さらに俺が精霊と仲良しであったこと、さらに猫族であるマオを連れていたのも大きかった。
彼らは人間族に追われた少数民族をたくさん保護していて、さらに精霊と猫が大好き。
うん、本当にエルフ領の人たちにはお世話になったもんなぁ。
そんで彼らがかくまっていた少数民族の人たちにも世話になった。
特に、ナーガ族やラミアの人にはお世話になったなぁ。
でっかい蛇や龍の身体をもつ一族なので、マオはちょっと怖がってたけど。
あっちの世界に行きたいとは思わないが、もう一度会えるといいな。マジで。
「ユー、またカンバン」
「お」
考え事をしていると、マオに現実に戻された。