戦いながら高速へ
次話から毎日更新に切り替わります。
「ていっ!」
ボオオオ、と渦巻く炎があがる。
これでキャンプファイヤーなら楽しいんだろうけど、ここはキャンプ場じゃない。それどころか、天下の国道1号線のど真ん中。
そして燃えているのは。
「オオ……オォ……」
ゾンビである。
かつての東海道にして今もなお、現代日本の交通要所のひとつだったはずの国道一号線。
だけど今や通る車もなく、通りかかるのはズタボロの服をひきずった歩く死体たちときた。
で、そのゾンビたちを燃やしているのは……俺の頼みを聞いた精霊たち。
なんつーか、ほんとにここ地球か?
地球そっくりの異世界とか、書き割りだけ地球で実は異世界なんじゃねえのか?
なんで。
どうしてこうなった?
「ユー」
「ん?」
話しかけてくるのは、異世界からついてきた俺の相棒、マオだ。
ああ、ちょっとここで改めて紹介しよう。
マオは元々、猫が二本足で立ち上がったようなガチの獣人種族だったんだけど、どこぞのクソ女神がやらかしてくれたおかげで、なんか猫耳少女みたいになっちまった。
おかげさまで俺は複雑だ。
猫族のままで居てほしかった気持ちもあれば、同族になれた喜びみたいなモンも感じていたり。
……ああ、男って勝手な生き物なんだな。
問題なのはマオが半端な獣人族姿で、ちゃんと人間の姿をしてない事。
それから、れっきとした日本人のはずの俺までもが、マオとおそろいの猫っぽい異種族に変貌させられちまってる。異世界のクソ女神のせいだ。
猫耳としっぽ、さらに毛むくじゃらの手足の男女が国道1号線、沼津付近を歩いてるんだぜ?
これがコスプレならまだいい。
ガチでそれって、どうすんだよ。社会復帰できねえだろこれ。
だけど、ここにはカメコはもちろんのこと車の一台もなく、それどころか人の気配もない。
異世界からせっかく日本に戻ってきたっていうのに、出会うのはゾンビばかり。
ま、路上には多くないけどな。
ゾンビの気配は基本、生前の行動を繰り返す。
結果として、みんなそれぞれの家や町の中にいるんだよ。
で、俺たちが歩いているのは、いわゆるバイパス道なわけで。
そう。
俺たちの気配に気づいて出て来るけど、道に出る頃には俺たちは通過済みってわけだな。
その証拠に、背後にはゾンビの気配がたくさんある。のんびりしてると追いつかれるだろう。
「ユー」
「なんだ?」
「どうして、この道にはゾンビがいないの?」
「車道だからだよ」
「?」
ああ、車道がわからないのか。
「マオ、ゾンビって生きてた頃の行動を繰り返すだろ?」
「えーと」
「ああつまり、ゾンビも坊主は教会にいるし、商人は店にいるだろ?勤めにいくやつは職場に向かったりもする。こう言えばわかるか?」
「あ、うんわかる」
「同じことだよ。
ここは車道、車の通るとこ。ふつう人間は歩かない場所なんだ」
「あ、そっか」
もちろん、生きてる俺たちの気配がすれば出てくる。
でも基本は生前のパターンを繰り返してるから、探知したとしてもわざわざ家から出て、バイパス道に出てこなくちゃならない。
そしてゾンビは、車の運転はしない。
となるとだ。
「バイパス、高規格道路、そんで高速道路。そういうとこにはゾンビは少ないだろってわけだな。ゼロじゃないと思うが」
「どうして?」
「あれだよ」
対向車線側を歩いてるゾンビだが、あきらかに単車用の格好をしている。さすがにヘルメットはかぶってないが。
「異世界でさ、馬に乗ってたヤツはゾンビになったら歩いてただろ?」
「うん。ゾンビは馬乗らないもんね」
「こっちじゃ馬の代わりに使われてるのが自転車やオートバイってやつさ。沼津の町で見ただろ?
つまりそういうことさ」
「……そっか」
異世界のゾンビで、元騎士が歩いてるのはよく見かけた。おそらく普段は馬で通っている道なんだと思う。
でも、御者が同じ行動をとっているのは見たことがない。
根拠があるわけじゃないけど……おそらく馬車と車は同じで、馬と自転車やバイクは同じ。
運転感覚的なものなのか何なのか知らないけど。
おそらく、そういうのがあるんじゃないかと思う。
って、それはいいか。本題に戻ろう。
スマホもないし、そもそも沼津の町をこんな歩くなんて初めてだからな。高速にあがるのにインターを探してたら、えらい迷っちまったんだが。
「お、あれかな?」
遠くに緑の看板、つまり有料道路の案内が見えた。
東名高速道路は中央道と並び、日本の東西をつなぐ要のひとつである。交通量が増えて現在、一部の区画はいわゆる第二東名との二重構造になっている。
そういえば中央道は元々、現在の第二東名に近い位置を通るはずだったと聞いたことがある。で、その名残りが今も中央道から富士山方面に伸びている短い分岐なんだとか。
まぁ前後関係は置いとくとして。
「どうだ。ここが東名高速。日本が誇る自動車専用道路のひとつだ……旧式だけどな」
「広いねえ」
「おう。長さもすげえぞ」
「そうなの?」
「端から端まで歩いて十日はかかる。しかもそれでも、ごく一部だ」
「……そんな長いんだ」
「車社会の産物ってやつだな。あと流通の進歩もあるか」
「りゅうつう?」
「……要するに、いつでもどこでも新鮮な魚が食べられるわけだ」
「おおっ!」
歪みないなマオ。なんでこんな魚好きになったんだか。
いや、猫が魚好きって迷信だぞ。
個体差もあるだろうけど、基本は肉食動物。要は「魚も好き」という話でしかない。
おっと話を戻そう。
肝心の高速上のゾンビの状態なんだが。
「ゾンビ少ない?」
「狙い通りだな。でも油断は禁物だぞ」
サービスエリアで巻き込まれたやつ。道路関係者や店舗の職員。
もちろん、たまたま迷い込んだ個体もゼロじゃないだろうし、何かの事情で外とつながってしまってるところもあるかもしれない。
でもまぁ、商店街の中を突っ切るような下道よりは確実に安全だろう。
さて。
「あとは進路だな」
「しんろ?」
「このまんま終点まで行くと、あまり楽しくないことになるかもしれない」
どういう状況でゾンピパニックが起きたか知らないけど……あれだけ年中渋滞していた首都高で被害がなかったとは考えにくい。で、もし何かあったら、修理される前に社会がそれどころでなくなった可能性も。
だから、できれば首都高は外したいわけだけども。
目的地が新宿区なんだよなぁ。
一番簡単で近いのは中央道を最後まで行ったら高井戸で降りるか、できれば首都高四号新宿線の外苑ICまでいけばいいんだけど。
高井戸で降りた場合、あの新宿周辺の下道を移動する事になるんだよなぁ。
……いやな予感しかしない。
やはり高井戸で降りずに首都高に入るか。
同じやばいなら新宿駅周辺をカットして外苑までいっちまえばいいか。
うち、牛込の方なんだよ。
もともと東京人というわけじゃないんだが、ひとの縁でこっちに出てきたタイプだな。住みよくて出てきたわけでも大金持っていたわけでもないので、俺が自立して親がいなくなったら、土地や家は処分して郊外の好きなとこへ行きなさいと昔からよく言われてたもんだ。
って、そんな話はどうでもいいか。
外苑で降りた場合なんだが、新宿御苑や外苑周辺のゾンビを引き寄せる可能性がある。だけど距離的にいって、新宿駅や歌舞伎町方面、それから神楽坂から飯田橋方面などにも近づかずにすむわけだ。
正直、ゾンビあふれる新宿とか冗談じゃないからな。
どこの魔界都市だよそれ。