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夢買い人と夢の人

作者: 藤園未来

 子供が寝静まる午後11時。夢買い人は夢にいた。夢買い人の仕事は夢を買うこと。そのためには夢を買わなくてはいけない。夢を壊してはいけない。夢は夢でなければいけない。夢買い人は今日も絵にかいたような様相でいる。魔法使いの帽子に放浪人の服、科学者の眼鏡に小説家のペン。夢買い人に名前はない。名前は夢見る人がつけるものだから。

 夢買い人は星空の下にいた。地上はあるはずなのに認識できず、どこかふわふわとした心地がした。そんな空間にはしごが一つ。星空は眩しいほどで、流れ星は途切れることがない。はしごの上には少年が一人。手を上空に伸ばしている。

「やあ、こんにちは夢の人」

 夢買い人はそう言う。少年は上を見ていた視線を夢買い人に向けた。

「だれ?」

「夢を買うお仕事をしています。君は何をしていたのかな」

「ふーん……星を取ってただけだよ」

「なんと、星を!それは素晴らしい」

 夢買い人ははしごに近づいていく。少年の手には小さなバケツと星の光があった。夢買い人はわざとらしく手を叩き少年に呼びかける。

「その星、おひとつもらえませんか?」


 子供が寝静まる深夜0時。夢買い人は夢にいた。夢買い人の仕事は夢を買うこと。そのためには夢を買わなくてはいけない。夢を壊してはいけない。夢は夢でなければいけない。夢買い人は今日も絵にかいたような様相でいる。魔法使いの帽子に放浪人の服、科学者の眼鏡に小説家のペン。手には星でいっぱいのバケツ。夢買い人に名前はない。名前は夢見る人がつけるものだから。

 夢買い人は森の中にいた。空はあるはずなのに認識できず、ただしっかりと地を踏みしめていた。そんな空間にぽっかりと木のない草原。木々は風もないのに鳴いていた。葉は落ちに落ちてもなくならない。草原の真ん中には少女が一人。手を地に伸ばしている。

「やあ、こんにちは夢の人」

 夢買い人はそう言う。少女は下を見ていた視線を夢買い人に向けた。

「だあれ?」

「夢を買うお仕事をしています。君は何をしていたのかな」

「へー、面白そう。わたしはね、はっぱを集めているの。集めると……ほら、苗が一つできるの。すごいでしょ」

「なんと、すごい!それは素晴らしい」

 夢買い人は少女に近づいていく。夢買い人に見せるようにして葉を集めた少女は、その手の中で葉を苗に変えて見せた。夢買い人はわざとらしく手を叩き少女に呼びかける。

「その苗、おひとつもらえませんか?」


 子供が寝静まる午前1時。夢買い人は夢にいた。夢買い人の仕事は夢を買うこと。そのためには夢を買わなくてはいけない。夢を壊してはいけない。夢は夢でなければいけない。夢買い人は今日も絵にかいたような様相でいる。魔法使いの帽子に放浪人の服、科学者の眼鏡に小説家のペン。手には星でいっぱいのバケツ。その星に埋もれるように木の苗が一つ。夢買い人に名前はない。名前は夢見る人がつけるものだから。

 夢買い人は水の中にいた。地はなく、空もなかった。ただ、漂うようにそこにいた。そんな空間に動き回る少年が一人。呼吸するたび上へ空気が泡になって溶けていった。

「やあ、こんにちは夢の人」

 夢買い人はそう言う。少年は真っすぐと夢買い人をみていた。

「こんにちは」

「何をしているの?」

「何も。ただ、いるんだ」

 夢買い人は少年に近づいていく。少年は何か反応をするでもなく、ただ一心に、夢買い人をみていた。夢買い人にとって夢のひと――子供は商売相手。しかし、夢買い人は困ってしまった。少年の夢がなんだか分からないのだ。

「ほしいものはないかな。もしくは、したいこととか。どんなことだっていいよ」

「ないよ。僕は、こうしているのが好きなんだ」

「君は何をみているのかな」

「何も。ただ、いるんだ」

 夢買い人は困ってしまった。困ってしまって、本当に困ってしまって、そうしてついに少年に聞いた。

「夢買い人は、夢を買っているんだ。君から、何か買えないかな」

「お水をどうぞ」

「このお水は、夢かい?」

「夢だよ。僕にとっては」

 夢買い人はわざとらしく手を叩き、少年を見る。夢の人が夢というなら、それはなんであっても夢である。

「ひと掬い、いいかな」

「どうぞ。減るものじゃないから」


 子供が寝静まる午前2時。夢買い人はどこでもない場所にいた。星が輝き、木々は青々しく、どこからともなく水が流れてくる。草は時々お菓子に変わり、家は古めかしいレンガ造り。月は青と黄色の二つあり、影は時折動物になっては散っていく。目の端を妖精が通り過ぎ、家の中からは仲のよさそうな家族の笑い声が聞こえる。風に乗って時折「合格」や「採用」といった文字の書かれた紙が落ちてきては水に流される。

 ここは夢買い人の住処。今までに買った夢が集まる場所。夢買い人は夢を買うことが仕事。しかし生憎、夢買い人は夢を知らなかった。夢買い人は夢を作る人ではなかった、売る人でもなかった。だから時折、水の少年のときのような状態に陥る。何が夢なのか。夢買い人は分からない。だけど一つだけわかっていることがあった。それは、子供が夢というものは、夢なのだ。それがただの水でも、それがただの石でも。

 しかし夢買い人の住処を見た人は誰もが言うだろう。なんて夢のような場所なのか!夢買い人は自分が夢に住んでいると気付かず、今日もまた夢を買いに夢の人の元へ向かう。


「やあ、こんにちは夢の人」


「この夢、いただけませんか」


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― 新着の感想 ―
[一言] 独特の世界観ですね。抽象的で、詩のような。良いと思います!
[良い点] 幻想的な雰囲気に呑まれました。 非常に素敵な作品だと思います。
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