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第3話 激闘!イノシシ!

 森の中に入ると、点々と見える白い雪が目に入る。

 既に春も半ばを過ぎ、木々には未だ深緑とは言えないほどの若葉が茂り始めているというのに、冬の残り香を感じさせる。

 日がな一日木陰になっている部分は雪が溶けるのが非常に遅い。

 下手をすれば夏に入っても、わずかではあっても溶け残る雪があるぐらいだ。

 その雪のせいか、あたりの空気は冷たい。


 俺を先頭にして、3人で森の中を獲物を探しながら進んでいく。

 雪に覆われていた去年の秋に落ちたであろう枯葉が、日に照らされ、乾燥している部分ではサクサクという小気味のいい音を立てる。

 秋と冬、そして春が同時に存在するこの時期の森は、なんとも奇妙な気持ちにさせられる。

 日本では、そりゃこうした光景を見ようと思えば見られるのだろうが、わざわざ見に行こうとも思わなかったので、初めて森に入った時は感動した記憶がある。

 だが、村から少ししか離れていない距離にある森なので、訓練と称して遊びまわってるうちに見慣れてしまったし、既に何の感慨も抱かなくなっている。


「シカとは言わないまでも、ウサギくらいは獲りたいなぁ」


 そう声を発したのはシビラだ。


「そうだなぁ……。去年の夏に村が総出で畑を荒らす奴は減らしたはずだけど、あいつらすぐ増えるからなぁ……」


 ウサギの繁殖はとてつもなく速い。

 どんなに狩り尽くしたと思っても、年をまたげばすぐに同数程度が湧き返る。

 それに比べて村の人々はなかなか繁殖しない。

 新しいレンジャーのメンバーが欲しいのに、同年代の若者と言えば俺たちぐらいしかいない。

 いや、いないことはないのだが、皆すぐに近くの大きな街の方へと出て行ってしまう。

 理由はそれぞれ違っているが、同い年ぐらいの嫁や婿が見当たらないか、あるいは何かの職で身を立ててるのを夢見てか。

 主に、この二つが大きな理由として類推できる。

 つい先ごろ、近所の家で赤ん坊が生まれたが、メンバーに加えるにはさすがに早すぎる。

 これが……限界集落……ッ!

 やはりメンバーを増やすためには、先達に倣い俺達も街に出たほうがいいのだろう。


 ここらへんで見たことはないが、モンスターと呼ばれる怪物も出るらしい。

 そのモンスターというのは、畑を荒らす程度の野生動物とは違い、民家を襲ったり、人をさらったり、殺したりするという。

 ある程度の規模になると集落ではなく街を襲い、もっと大きな集団になれば国そのものを脅かしたりもするのだとか。


 仮にそれが真実だとすれば、許されざる悪である。

 ヒーローとして、それらは打倒すべき相手なのだ。

 そして街では、そういったモンスターの討伐を目的とするギルドという組織があるらしい。

 ヒーローにふさわしい組織じゃないか。

 しかも、討伐ということは戦える人間が多く所属しているということにはならないだろうか?

 メンバー探しも捗るというものだ。

 街に出るべき理由が増えていく。

 今日帰ったら、早速両親に相談してみよう。そうしよう。


 明るい前途に胸を期待で膨らませ、意気揚々と歩いていく。


「しっ!」


 急にシビラが声を上げ、歩みを制止する。

 彼女はかがむように手で指示するので、それに従う。

 何かいたのか?

 ぐるりとあたりを見回すが、特に何かいるようには見えない。


「目の前……イノシシ……」


 小声で動物の存在を告げるシビラ。


 目の前……?

 よく目を凝らすと、わずかに色づいてきた森の木々の隙間から、黒い何かが蠢いているのが見える。


「どうする?」


 フィリップがシビラに問いかける。


「うーん……1発で急所を射抜ければいいけど、失敗したら襲い掛かってくるかも……」

「襲ってくるのか?前の夏のときは逃げ回ってたじゃないか」


 俺が疑問に思い彼女に問いかけると、頭を横に振って否定する。


「子供連れてるから、守ろうとして向かってくると思う」

「そう……なのか……?」


 じっと目を凝らすが、まったく見えない。


「そんなのがいるようには見えないんだが……」

「動きで分かるよ。子供があちこちに散らばらないようにしてる」


 さすが現役ハンターの下で修行してきたことはあるな。

 そんな小さな動きで分かるとは……。


「やる?」


 再びフィリップがシビラに尋ねる。


「リーダーの俺としてはだな……」

「兄貴は黙ってろ」

「なっ……ん……うん……」

「あたしは……うーん、そうだなぁ……まぁ、仕留めきれなくても、見つからなければ逃げ出す可能性が高いから、仕掛けてもいいかな……?」

「じゃあ、やるだけやってみようか」

「うん、わかった」


 俺抜きにして話が決まる。

 俺は未だに灰レンジャーのままなのか……?

 い、いや、そんなことはないぞ。

 気をしっかり持て。

 人生まだまだこれからだ。


 シビラは弓に矢をつがえ、弦を引いていく。

 しばらく狙いを定めたのち、矢を放つ。


 矢は綺麗な放物線を描き、イノシシの身体へと吸い込まれる。

 イノシシはわずかに苦痛の声を上げるが、ロデオの馬のように暴れまわっている。


「ダメだ!仕留めきれてない!結構良い所に当たったのに!」

「俺がトドメを刺すよ!」


 そういうとフィリップは立ち上がり、手に魔力を込め始める。


「フィリップ!ダメッ……」

「《火弾》!」


 シビラが止めようとするが遅く、フィリップの手から光がほとばしり炎が飛び出す。

 しかし、その魔法はイノシシに届く前に木の幹に遮られ、消失してしまう。

 よりによって森の中で火系魔法を使うというバカみたいなチョイスをしてくれたが、幸いにも木が乾燥していなかったおかげか、延焼のおそれはなさそうだ。


「なんで火を使うんだ!」

「いや、だって、一番カッコイイし!」


 シビラに良いところを見せようとしたのか?

 実におかしな理由をのたまう。


 だが、事態はそれだけでは済まなかった。

 魔法を放つ時の閃光に気付いたのか、イノシシがこちらに向かって猛然と駆け出してくる。


「こっちに来る!」


 シビラの悲痛な叫びが耳に入る。

 彼女は2射目を放つが当たらず、止めることはできなかった。


「逃げるか!?」

「ダメ!逃げ切れない!」


 仕方ない!

 囮……前衛の出番だ!


 覚悟を決めて立ち上がり、こちらもイノシシへと向かっていく。

 肩から提げたベルトに備えてある鞘から剣を抜き放ち、左手の木製の円盾を前に構えながら走り出す。

 予想よりも相手の速度が速かったため、剣を振り上げるタイミングを逸してしまう。


 む、無理っ!


 瞬間的にそう判断し、イノシシの進路を右へと避ける動きを取る。

 奴もそれに合わせてか、若干軌道を修正する。

 だが、それでも俺に直撃するコースにはならない。


 すれ違いざま、思わず盾を相手に向かって構えようとした時に、偶然にもそれが奴の側頭部を打つ。

 それで平衡感覚を失ったのか、俺の横を通り過ぎてすぐにバランスを崩して転がる。

 しかし、すぐに起き上がり、俺の方へと向き直ると、未だに闘志を失っていない瞳で睨みつけてくる。

 ちょっとビビッて、後ずさ……いや、今後の展開を見据えて少し距離を離す。


 お前に守るものがあるように、俺も守るものがあるんだ!

 ああ、一度言ってみたかったんだ……。


 再びイノシシが俺に向かって突進してくるが、今度は俺からは向かっていかない。

 先ほどと同じように盾を前に掲げ、剣を下段に構える。

 タイミングを合わせ、右に避け、側面から切り上げる。

 足の筋を斬れればベストだが、そこまでは望むまい。

 もう何合か交わす前に、少しでも手傷を負わせられれば上々だ。


 あとちょっと……あとちょっと……。


 急に奴がバランスを崩す。

 何が起きたのかは分か……った。

 奴の右足の付け根部分に矢が刺さっているのがはっきりと見て取れた。


 慣性に従ってこちらへと倒れこみながら突っ込んでくるが、当初の予定通りに右へと動き、斬り上げる。

 奴の体勢が前のめりになっていたため、胴体の側面に斬りかかる形になった。

 が、やはり刃筋が立っていなかったのか、叩き付けるだけの結果に終わる。


「アンリ!刺して!」


 不意にシビラの声が聞こえてきた。

 自然とその言葉に従い、柄を握る手を素早く入れ換え、奴の頭に近い部分へと突き立てる。

 頭の中が真っ白なまま、これでは足りないんだと自覚しているかのように、柄を持つ手を更に強く握り締め刃を押しこんでいく。

 肉を断ち切っていく感触はなかったが、剣が何かにぶつかり、軋ませ、あるいは割っていく感触はあった。

 イノシシはわずかな呻き声を出したあと、間もなく動きを止めた。


「ふっ……ふっ……」


 浅い呼吸音のみが身体の中に響く。


 剣を手離し、そのまま地面へと座り込む。


 汗が身体を伝う感触を覚える。

 緊張から解き放たれ、噴き出してきたのだろうか。

 あるいはずっとそうだったのか。


 急に思わぬ方向からの衝撃を受ける。


「すごい!すごいよアンリ!」


 すぐ傍でシビラの声が聞こえたので、そちらに顔を向けると、シビラの顔が間近のところにあることが分かった。

 両手で俺の首元に抱きついている。

 気恥ずかしくなって引き剥がそうと思ったが、全身の力は抜けてしまっていて、それはかなわない。


「兄貴、ごめん……あと、ありがとう……」


 声がする方を見ると、なんとも情けない顔をした弟が立っている。


「……おう……気にすんな……」


 いつもは何かと上から目線の彼が、随分と殊勝なことを言い出したので少し驚く。

 だが、付き合いの長い彼らだ。

 全部が全部俺のおかげだとはとても言えないが、二人を守りきれたことに、ちょっとした充足感を得る。

 いつもはシビラとフィリップに頼りっぱなしだったのだから、少しでも恩返しが出来たようで、ちょっと嬉しい。


 既に事切れているイノシシの目を向ける。

 命を賭して戦った強敵ともに、手向けの言葉を贈ろう。


「お前……強かったぜ。だが、お前の敗因は膝に矢を受けてしまったことだ」

「膝ではないわよ」

「要するに姉ちゃんのおかげってことね」


 ……い、言ってみたかっただけだから……。


 ……まぁ、なんにせよ……よかった……。

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