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第2話 恐怖!迫り来る弟!

 どうもこの世界はあまり食糧事情が良くないらしい。

 来る日も来る日も、あくる日も、川魚、カブ、葉物の繰り返しだ。

 父ら、村人達の成果が挙がった日には時折、肉がテーブルに並ぶが、牛や豚や鶏ではなく、ウサギやシカ、イノシシの肉などだ。

 稀に鶏肉やチーズが出てくるが、鶏肉はずいぶん年老いた鶏らしく、堅いのなんの。

 川魚……カブ……葉物……川魚……カブ……鶏肉……葉物……チーズ……川魚……カブ……ジビエ……葉物……川魚……。

 この繰り返しである。

 まったく、こんな食糧事情では――


「か、カブうめえええええ!」


 ――胃袋が喜んでしまうではないか。

 慣れちゃった。

 食えるだけありがたいわ。

 塩味ばかりだけど。

 煮るか焼いたものしかないけど。

 あ、胡椒とかありません?

 このヒネにぶっかけたいんですけど。


「はっはっは、そりゃあ良かった」

「うふふ、こぼさないようにね」


 父は大層嬉しそうに笑い、母も微笑みながら俺に言い聞かせる。


「に、に、おい、し?」

「おお、美味いぞ。フィリップもいっぱい食って、早く大きくなるんだぞ」

「ん、ん」

「そんで、俺の代わりに薪割りを頑張るんだぞ。俺が主役だからな。雑事に煩わされてる暇はないんだ」

「は?」

「は?」


 弟のフィリップも大きくなり、満3歳になった。

 ある程度の会話を交わせるようになっている。

 元の世界では一人っ子だったせいだろうか、弟が可愛くてしょうがない。

 なぜだか時々、無性に腹が立つ反応を見せるが。

 あー、今度は妹が欲しいなー。

 可愛い妹が欲しいなー。


 チラチラと母を見るが、彼女は俺の視線に気付いてもニコリと微笑むだけだ。

 言いたいことはちゃんと言葉に出さないと伝わらないのだ。

 空気を読め、とはよく言われることだが、真に空気を読むと、微笑みながら適当に相槌を打ち、沈黙を通すことこそが正答ということにはならないだろうか。

 『雄弁は銀、沈黙は金』とはよく言ったものである。


 だからとは言え、俺はいまだ11歳なのだから、あえて口には……いや、そろそろ大丈夫なんじゃないか?

 寝物語のついでにお願いしてみようかな。

 うん、そうしよう。

 『アンリ、そろそろお誕生日だけど、何か欲しい物はある?』

 『うん!妹が欲しいな!毎朝裸で布団に潜り込んでくるタイプの!』

 『うふふ、アンリったらおませさんね。足の小指へし折るぞ』

 あ、これはダメだわ。

 もうちょっと考えよう。


 そんなことを考えつつ、寝物語を俺ではなく、フィリップに聞かせている母さんを見ながら深い眠りへと落ちた。



 *



 目が覚めると16歳になっていた。


 いや、そんなことはなく。

 普通に年月が通り過ぎただけだ。


 未だに日本へと帰る道筋は見えてすらいない。

 むしろ、この世界、そしてこのトーン村で過ごすことが当然だと思えてきたくらいだ。


「兄貴、いい加減お前は日本に帰れよ。俺とシビラの恋路を邪魔するなら眉毛剃り落とすぞ」


 村の広場でシビラと待ち合わせしていた時に、そう脅しをかけてきたのは今年満9歳を迎えたフィリップだった。


「うるせぇぞフィリカス。帰りてぇけど帰れねぇんだよ。いい加減本名教えろよ。あと前の職業言えよ。言ってみろよ。言えるもんならな。お前こそ帰れるもんなら帰ってみろよ」

「黙れよアンカス。お前こそ本当のこと言えよ。なんだよヒーローって。あと俺は帰らねぇよ。この世界で名を上げて、女にモテまくってハーレムを築くんだよ」

「は?」

「は?」


 随分と可愛らしく育ってくれた。

 可愛さ余って憎さ100倍では済まんぞ。

 何倍だ。

 何倍が適正なんだ。


 驚いたことに、こいつも何らかの理由で日本から来たらしい。

 彼がここまでに至った詳しい経緯いきさつを決して明らかにしないので、まったく分からない。

 俺は本当のことをつまびらかに話したが、まったく信じてはもらえなかった。

 まぁ、ヒーローとは孤独な者だからと自らを納得させ、涙をそっと胸にしまい込む。

 だが、この無駄にプライドが高いところ見るとぜってぇ不良物件だ。


「また喧嘩してるの?」


 声がした方に向き直ると、眉間にシワを寄せ、困ったような顔をしたシビラが立っていた。


 首を少し傾け、ハンチング帽から覗く腰まで届くほど長く赤い髪が、引力に逆らうことなく地面に向かって垂れ下がる。

 その髪はおおむね肩の高さで一つに束ねられている。


 彼女ももう15歳になり、身体のラインが女性らしさを備えて来ている。

 リネンそのままの薄黄色が色あせてさらに白に近くなった色の長袖のシャツの上に、革製の胸当てを着けている。

 防寒用として、日焼けしてであろう、今度は逆に黄色がかった起毛した毛織物のベストを着用している。

 だが、そこまで着こんでなお、着衣を押し出している胸の主張が半端ではない。

 サラシも巻いてるはずなのに……不思議なこともあるものだ。


 レンジャー……いや、ハンターという職業上、どれもこれも身体の動きに支障がないようなものを身に付けている。

 足はベストと同様に毛織物の濃い茶色に染色されたズボンで覆われ、スネよりも高い革製のロングブーツを履いている。

 手には寒さへの対策と、弓を引く際に手指を保護するためか手袋に覆われ、地肌が見えるのは首周りと顔という色気のない格好である。

 だが、野山を走り回り鍛えられたであろう全身は、優美さと共に力強さを感じさせる。


「ところどころ外国語か何かで喋ってたでしょ。すごいね。私、学が全然無いから、ケソリカ教会の祝詞か古典語かなーって思ってるんだけど」

「いやいや、そんなんじゃないから」

「そうだよ、シビラ姉ちゃん。兄貴の方が学が無いから」

「は?」

「は?」

「もう、やめなって」


 シビラに諭され、二人揃って顔を背け、互いに憮然とした表情を突き合わせるのをやめる。


「はぁ……じゃあ、今日も戦隊の訓練に行こう」

「うん!あたし、この春の間でずいぶん弓の腕上がってきたって師匠に褒められたよ」

「姉ちゃん……こいつに付き合う必要ないから……」

「そう言うなよ、青レンジャー」

「誰が青レンジャーだ。魔法もロクに使えないくせに」

「ぐっ……そ、その分、剣の腕は磨いてきたから……」

「二人とも、レンジャーレンジャー言うくせに、弓は全然使わないよね……」


 俺達二人の会話に、呆れた様にツッコミを入れるシビラ。


「僕はレンジャーなんてなったつもりはないよ、姉ちゃん」

「うん?……あー、そうだね。そういえば、フィリップはあんまりそういうこと言ってないかも。魔法を使えるしね」


 フィリップは魔法の才に恵まれたようで、既にあれこれと小器用に魔法を使いこなし、両親に重宝がられている。

 火をつけたり、水を出したり……。


 そのため、彼は魔法師らしさを演出するためか、俺たちとそう変わらない服装の上に灰色の毛織物のケープを羽織っている。

 母に似て美しく輝く黄金色の髪のおかげで、地味な服装ではあっても優美な印象は拭いきれない。

 短くとも綺麗に整えられた髪が、それをより一層際立たせている。


 フィリップの方が両親の役に立ってるのではないかと不安になることもあるが、俺をないがしろにしないあたり、父母の人の良さは群を抜いている。

 まぁ、力仕事については、父さんがいない時は俺が一人で担っているからかな……。

 彼は非常にめんどくさがりだ。

 そしてそれは、個性として受け入れられてしまっている。

 力仕事に携わらないせいか華奢な体つきだが、前々から俺たちと外を駆け回っていたので決して動きが鈍いというワケではない。


 魔法を使うにはいくつかのハードルが用意されている。

 まずは魔法を一切使えない者。

 次に、触媒があれば魔法を使える者。

 最後に、何の制限もなく魔法を使える者。

 この3つだ。

 あいつは……。

 He was a fighter pilot, the called solo win……。


 まぁ、これはおおまかに分けて、だ。

 もう少し細分化されているみたいだが、俺の頭とこの村で聞ける話からではその程度しか分からなかった。

 だが、あいつ……フィリップは3つ目の、最も優秀な部類の者になる。

 手をかざすだけで火をつけて、何に触れずとも水を出す。

 何だかんだ文句を言いつつ俺のレンジャー訓練に顔を出すのは、そういう自分の可能性を確かめるためだと最近は認識している。

 その向上心は認めてやろう。

 だから青レンジャーに任命してやろうと言うのに、彼は頑なに固辞する。

 名誉なことなのに……。


「でも、アンリも使えるよね。何かを使わないとダメみたいだけど」

「まぁな。でも、まだいまいちよく分かってないんだよなぁ……」

「才能が無いって事だよ」

「なっ……こっ……ぐぬ……」


 憎まれ口を叩かせたら一流だな。

 元の世界でどんな立場に置かれていたか、想像するのも可哀想だ。

 そう自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着ける。


「あたし……何もできないけど……」


 シュンとして、シビラが俯く。


「あ、ああ!ごめん!うちの愚弟が無神経なせいで!」

「あ……う……ごめん……姉ちゃん……」

「ううん、こればっかりは神様の思し召しだからね……しょうがないよ……」


 俯く彼女の頭にポンと手を乗せる。


「あっ……」


 それに反応してか、彼女を顔を上げる。

 その手をゆっくり下ろして、彼女の頬に手をあてがう。


「シビラも頑張ってるよ。すごい弓の腕じゃないか。いつも助けられてる」

「う、ううん、アンリがいるから、ちゃんとやれてるだけで……」


 下心なしの正直な気持ちだ。

 まだウサギやシカ程度しか相手取れないが、それなりに立派に戦えるようになってきていると思う。

 まぁ、仕留めるのは大体、シビラの弓か、フィリップの魔法なんだが……。

 俺?

 俺は囮だよ。

 メンバーの誰よりも先頭に立ち、仲間を率いていくのがリーダーの務めでしょ。


 ……一応、何度か斬ろうと試みたことはあるが、斬れなかった。

 村の鍛冶師のおっちゃんに剣を打ってもらったが、子供だと思って刃を潰したのを渡してきたのだろうか?

 そうだ。

 きっとそうに違いない。

 あとシカってめっちゃ強いし、しょうがないよ。


 と思い込みたかったが、昔、戦った経験のある人に言わせると、刃筋を立てられていないらしい。

 うーん……剣って難しいんだな……。

 演劇部じゃなくて、剣道部に入っておけばよかったか。


「シビラ姉ちゃん、そんな奴ほっといて、さっさと行こうよ」

「兄に向かって『そんな奴』とはなんだ」

「だって、兄貴がいたって、ほとんど役に立たないじゃん」

「ぐっ……」


 そうかもしれないけどさぁ……。

 もうちょっとこう……オブラートに……ね?

 頼むよ……。


「フィリップ、そんなこと言わないの。お兄ちゃんもちゃんと役割があるじゃない。囮っていう」

「ぐぅっ……」


 無自覚な罵倒が俺の心を刺し貫く。

 善意を持って言っている分、フィリップよりも鋭く。


「兄貴、剣は諦めて槍を持ったらどう?そっちの方が簡単らしいよ」

「ば、バカヤロウ!赤レンジャーは剣が一番似合うんだ!……と……思う……」

「あぁ、そう。まぁ、やるだけやらなきゃ諦められないよね」

「ヒーローが諦めるわけないだろう!」

「…………」


 すごく冷めた視線で俺を見つめるフィリップ。


 ぐぬぬ……。


 あ、諦めないぞ。

 諦めない限り、道は拓けるのだ!


「よ、よし!行くぞ!」


 自らを奮い立たせるため声を張り上げ、俺達は森の中へと足を踏み入れていく。

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