#アーカイブ:2 『ギルドマスターとノーザンの会話記録』
アイリスが意気揚々とアーデル山へ向かったその時、入れ違いになるように一人の男がギルドへと入って行った。
その男はノーザン・クロス。現在、ギルドに在籍する者としては最強である事が確認されている。
ノーザンがギルドに入るや否や、ギルドから出て行く冒険者達。手練れなら知っている。北十字星の噂を。
曰く、彼が通ったギルドのクエストボードはまっさらになる。
曰く、彼はそのすべてのクエストを一日で終わらせる。
曰く、彼は霊帝十三訃塔の守護者を妹に持つ。
様々な噂があるが、確定的なのは、この場の誰も彼に勝てないという事。
しかし、この日のノーザンはクエストボードには見向きもせず、カウンターの奥へと去って行った。
ギルドにはギルドマスターという人物がいる。
そのギルドにおける最高責任者だ。
ギルドマスターの業務はギルドの管理のみならず、周辺のダンジョンの環境確認や、魔獣の生態系の管理などもその仕事に入っている。
部屋にノックの音が響いた。
「入れ」
重く響く声。ここ、サウスギルド支部のギルドマスターのものだった。
かなり老獪な出で立ち。長く、白い髭とは対照的に禿げ上がった頭。
少しエルフの血が入っているのか、耳は若干の尖りを帯びていた。
「失礼します」
入ってきたのは、ノーザン。普通の男、という見た目をしているものの、その中身はまさに化け物と形容するのが適切だった。
「十三年程前か。最後に会ったのは」
「そんなに昔じゃあないですよ。精々八年かそこらです」
ギルドの職員がポットとティーセットを持ち、部屋に入った。
静かに紅茶を淹れ、ギルドマスターの背後に立つ。
「……どうも」
ノーザンは一つ、小さく会釈し、ティーカップを持ち、紅茶を啜った。
「お主をわざわざセントラルから喚んだのは他でもない」
「庭の件ですか」
「左様」
ノーザンはやっぱり、と合点がいった様な表情を浮かべた。
続けて、大きな溜息。
「そう気を落とさんでくれ。今頼める冒険者はお主しかおらなかったのでな」
「サウスギルド本部付けの……ハルトはどうしたんですか?」
「あやつは実力はあるが守銭奴だからの。今回の件を担当させるにはちと信用がの……」
ノーザンは口に運ぼうとしたティーカップの動きを止めた。
「マスター、それってまさか……」
「ああ。近々、『レプリカント』が現れる。お主にはそれを回収して欲しいのだ。勿論、報酬に糸目は付けん。ギルドグループの威信に関わる案件なのでな」
レプリカント。それは神の果実とも呼ばれるもの。三十年に一度、十三大大迷宮の一つ、庭の最終階層の木に生るとされる。
食したものは、不老不死を得られるとも。
「大分重荷ですね。分かりました。やりましょう」
膝に手を着き重そうに腰を上げるノーザン。
その眼光は、仕事人、プロフェッショナルのそれだった。
ギルドマスターの部屋を出たノーザンは服を着替える。
着慣れた、布製のよれた服ではなく、アイテムボックスから取り出した仰々しい紺のコートの様な服。そしてキャップ、指ぬきのグローブ。ギルド直属のある組織の制服だった。
右の胸元、心臓の部分には『8』と刻まれ、背にはギルドの紋章が。
ノーザン・クロス。その男は、世界最強の冒険者にして、ギルドグループ直属の特殊部隊、『サイバー』の一員だった。




