ひょんひょろ侍〖戦国偏〗戦、それぞれの思い。
続きになります。
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六月七日。
「ここいらかな」
兵庫介は敵の主城に通ずる表街道を眼下に収める木々に埋もれた丘に立ち、床几を据える。
天に登った陽は西に傾ぎはじめている。
〘誠に丁度良い土地にございましょう〙
傍らに控えるひょろひょんが、こう兵庫介に相槌を打つ。
「四郎次郎よ、各々(おのおの)の備に滞りは無いか」
「手筈通り整いてござる」
兵庫介の隣に陣取る紀四郎次郎が、表街道を見据えながら応える。
「西端城より反転して参った山名勢の様子はどうか」
〘さね殿の申し送りによりますれば、篠田勢を先備、兵を大きく損なった北郷、垣畑勢を後備と成した二列縦隊にて、此の地より一里半ばかり先を進みおるとのこと〙
「実衛門様には御手数をお掛けするな。して、敵に我らの存在は気付かれてはおらぬか」
「幾度か物見か早馬らしき者が駆け抜け申したが、こちらには気付いてはおらぬ様子」
「なれば、良し」
兵庫介は木々の隙間からそっと顔を出し、遠方の表街道を見る。
北側が大海が開け、南と西が小高い山々が連なる中に一本通った道を、領内に侵入した茅野勢本隊を打つべく急ぐ、山名の軍勢が立てる乾いた土煙が海にたなびくのが見えた。
之より凡そ一日前、六月六日。昼頃。
西端城本郭。
「持ちこたえよ!持ちこたえるのじゃ!」
大声を上げ弓を放ち配下を叱咤激励する塩田五郎は、早朝からの山名勢の攻勢によって燃え落ちた、物見台の残骸を仮組して急遽拵えた矢盾の付いた台座に腰を据えて、目前まで迫りくる敵を追い払う指図に追われていた。
既に城は出郭と厩を兼ねた二ノ郭を敵方に奪われ、残すは本郭と、これに渡りと呼ばれる細い峰を削って作った小径で結ばれている、別郭を残すのみとなっていた。
「伊蔵様、三浦勢が本郭の門を槌で突き始めまするぞ!」
矢が幾本か鎧に刺さったままの武者が、額から血を滲ませながら伊蔵に危急を報せる。
見ると矢と石の応酬が続く城門の六・七間先に、三浦家の家紋を描いた矢盾を幾重にも並べジリジリ迫る後方で、大槌を構えた武者共の姿が雑兵に隠れながらも見て取れた。
「打って出る。付いて参れ!」
「ははっ!」
伊蔵にとっては本日三度目の出撃である。
バカン!ゴキン!
焦げと裂けめが目立つ城門上の矢盾の狭間から縄で結わえた大石が、三浦勢の矢盾や雑兵の頭上にこれでもかと降り注ぐ。
「かかれ!」
「「おお‼」」
バコン!と打ち開かれた最後の城門から、大薙刀を構えた伊蔵と二十人の武者が崩れた盾を踏み三浦勢に襲い掛かる。
戦闘は直ぐに終わった。
「討ち取ったりぃ‼」
先程危急を報せに来た鎧武者が傷を負いながら掲げたのは、三浦方先手衆の大将首であった。
「でかした!者ども引け!」
散々に敵を打ち破った伊蔵とその一隊は、潮が引くが如く再び固く門を閉じ城内に引き返した。
「御苦労で御座った。伊蔵殿」
台座から飛んできた塩田五郎が伊蔵を労う。
「例なら此の者にお伝えなされよ。三浦の侍大将を討ち取った強者にござる」
「うむ、梶田強右衛門よ、ようやってくれた。礼を申すぞ!」
「はっ、有り難き幸せ!」
塩田五郎が梶田の手を握り慇懃に礼を述べる。
「誰か、梶田殿の傷の手当てを」
「はっ!」
塩田家の馬廻に連れられた梶田は傷の手当のため、本郭の小屋の一つに入って行った。
「伊蔵殿、少しお話があるのですがよいですか」
「なんですかな?」
塩田は耳打ちする様に伊蔵に語り掛ける。
「ふむ、成程」
「これは矢張り兵庫介殿の策が功を奏した。そう考えてよろしいですかな」
「間違いありますまい。恐らく本日中には引くでしょう」
二人並んで本郭東端の台座から、山名勢の本陣が敷かれた宗丸砦跡を眺めた。
確かに宗丸砦の様子が慌ただしい。
それに城を包囲する敵の各家が、担当する戦線の整頓をはじめている。
「山名が兵を引く隙を突き、背後を襲いまするか」
「止めておいた方が無難でしょう。こちらには最早まともに戦える兵は八十もいれば御の字でしょうからな。それに山名勢は引く間際に先ず間違いなく攻めて参りましょう」
「引く間際に攻めて来るのですか?」
「左様、こちらの動きを牽制する為ですな」
「なるほど」
そして伊蔵の言葉を裏打ちするかのように、山名勢の前線部隊が西端城への攻勢を再開してる隙に本隊は自領に向け撤退を開始し、やがてその三千余の軍勢は順々に去って行った。
「終わり申しましたな」
「ええ、兵庫介殿御頼み申しましたぞ」
伊蔵と塩田五郎は、山名勢の殿が視界から消えていく有様を眺めながら、二人は夕日に向かい無言で合掌していたのであった。
六月六日、同時刻。
「のう左膳よ。飯はまだかのう」
「十兵衛様、もうしばらくお待ちあれ」
唐国峠のたもとで夕餉の支度に勤しむ神鹿勢三百人は、引き連れた二百の小荷駄隊の小者共々簡単な竈を作り、あちこちで雑穀のごった煮を拵える為の火をともしていく。
「この御方、本当に大丈夫であろうか」
腹減ったのうなどと周囲に笑顔で言って回り、如何にも飯が待ちきれないおじいちゃんにしか見えない十兵衛を見て、右左膳は不安で不安で仕方ない。
「おお来たか!」
配下から手渡された大きめの木椀に注がれたごった煮を、待ちきれぬと云った表情で大いに啜る十兵衛は、左膳の思う通り只のボケた腹減り爺にしか見えなかったのだから、明日行うであろう戦のことを思うと、流石に気が気でなくなってしまったのも頷けるであろう。
「明日なんぞ来なければ良いのに」
左膳は落ち込みながらそう呟き、渡された椀の中身を一気に喰い切ったのであった。
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