ひょんひょろ侍 with 昭和ノスタルジー [其の参]
三日で終わると云ったな。アレは嘘だ。
すいません。今ここまで書き終わりました。申し訳ないです。すいません。
明日には終わります。ごめんなさい。
では、続きを私を罵倒しながらお楽しみくださいませ♪
僕の夢。
〘左様にございます、遠慮なく何なりと〙
そう云うなり畏まって片膝立ちになったひょんひょろは、僕が何かしゃべり出すのを待つ姿勢を取ったから、逆に僕はびっくりして慌ててしまって、更にもう三歩、後ずさってしまった。
「初対面なのに、いきなり何聞くのさ。ひょんひょろさんはモーレツな人?」
「モーレツの意味は解りかねまするが、運よくお会いできた方には御聞きしていまして」
「そういう趣味なの」
「左様なモノでもありませぬが、お教え願え足れば叶うやも知れませぬよ」
畏まったままのひょんひょろさんは、ニッコリ笑ったように僕は感じた。
「そこまで言うなら……。ちょっと恥ずかしいけど…」
「如何様な御話でもお聞かせくださりませ」
「じゃ、じゃあ。耳貸して…」
承知いたしました。と、返事したひょんひょは、肉厚の薄い耳を差し出して聞く姿勢を示した。
「あのね……」
僕は自分のささやかな夢を、恥ずかしいので急いで打ち明けた。
〘なるほど、これは良い夢をお聞かせくださいました。きっと叶いまするよ〙
「本当に?」
〘努力と知恵も、もちろん必要ではございまするよ〙
「それってほとんど自力だよね?」
〘手助けは致しまするよ。そう云うことにございます〙
軽く疑問を持った僕に、さも当然とばかりにひょんひょろさんは応える。
「そんなものなの?」
〘そんなものなのでして〙
ふーん。やっぱり願うだけじゃダメなんだね。
〘夢は叶えるもので〙
そりゃ、そうなんだけど…。
僕はチョットだけガッカリしてしまった。出来るなら直ぐにでも叶ってほしかったからだ。
〘それではご案内を致しましょう〙
「はい!」
ひょんひょろさんの提案で、僕はココにあったという屋敷の跡地を説明されながら回ってみることにした。
〘此処が表門の礎石になりまして、向うに見えますのが表玄関の礎石になりまする〙
「へぇー」
〘あちらに見えまするのが狭いですが客舎の跡になります。こじんまりとですが庭園がございまして、小さな滝を作り出していた小川と石が、今でも残り流れておりまする〙
「あっ、本当だ。斜面の草の中に可愛い滝がある」
シャラシャラ、囁くように流れ落ちる水音は控えめで、大昔に植樹されたのだろう松とか梅の木々が、今でもつる性植物に絡まれながら逞しく生き残っていた。
「こんなところに大昔に屋敷があって、一杯人が住んでたなんて信じられない」
僕は滝を背に草と、所々に生えている背の低い樹木ばかりになった広場を見渡して感慨にふける。
この屋敷は、かつて山全体を覆う様に築造されていた【季の松原城】の西の谷の奥まった場所に在って、
いざ篭城となった場合に反撃する為の軍勢を貯め込み、機会を捉えて軍勢を敵陣営に叩き込む役割を担わされていたらしい。
「だから山の中なのに広々としているんだね」
〘左様にございますね〙
それから僕たちは毎日、山中を探検して回る小さな『旅』に出る遊びを始めた。
今日は東の森の中にあった蒼泉殿跡と沼になってしまった池の跡、今日は斜面が崩れて敷地が半分になってしまった新御殿の跡に給水塔が建てられた二ノ郭跡、今日は反対側に回って国分川に流れ込む支流になってしまっている大堀跡に、コンクリート製になってしまった橋と厩戸の御門と云われていた場所に建つ、申し訳程度の〖季の松原城跡〗と記された小さな木製の標識が、ココが大昔の城跡だと教えてくれていた。
山全体が僕の秘密基地になった。
そして、もっともっと山に纏わることが知りたくなった。
僕が通う小学校の図書館には【季の松原城】や、この【姫倉市】に関する歴史を詳しく記した本は、残念ながらあんまりなかった。
仕方がないので父が廃品回収の手伝いをしたときに拾ってきて修理した、フレームが鉄製の重くて古い自転車を三角乗りして国分川にかかる【新町屋大橋】を渡り、市の中心地にある市立図書館に通うようになった。
お陰で僕はひょんひょろさんに出会ってから僅かの間に、この時代についてだけは父の歴史知識を上回る程度には知識を得ることに成功した。
「坊は何時の間にこんなに賢くなったんだ?」
晩酌の味が抜けた熱燗の安酒をチビチビやっていた父ちゃんに、褒められたのがとっても嬉しかった。
〘左様ですか、それは良うございました〙
何時もの集合場所である広場で、ひょんひょろさんは満面の笑顔でニッコリした。ように感じた。
「時間は掛かるけど、僕、これでかんばってみようと思うんだ」
僕も満面の笑顔で応える。
〘左様ですか、上手くいくとよろしいですね〙
「そこは努力と知恵と、探求心次第かな」
僕は胸を張り、ひょんひょろさんが教えてくれた言葉に『探求心』と云う一文を加えて、やり遂げて見せるからって気概を示して見せた。
〘それは重畳、実はあなた様に御引き合わせしたい御方が居られまして、間もなくこちらに参られる手筈となっております〙
こう云って振り返った先の広場の、正規の登り口には、二人の男女が立っていた。
「此処でよかったのかの、ひょんひょろよ」
「少しばかり待たせたかな、ひょろひょん」
そう言いつつこっちに近付いてきた二人は、女性は年齢が成人式を迎えたばかりの頃合いに見え、男性は三十代前半と云った頃合いに見えた。
「こんにちは。わらわはこの山を所有しておる茅野千桜と申します。それでこちらはフィアンセの…」
「神鹿智親と云います。どうぞよろしくね」
小汚いランニングシャツを服代わりに着た、ただのバッチイ小学生の僕と、交互に握手してくれた身だしなみの良い紳士淑女の御二方は、どうやらひょんひょろさんの雇い主らしかった。




