優しき一族。(4)
優しき一族、第四回目。
もうだいぶ後語り的になってきましたね。
では、お楽しみに下さいませ♪
よし、掴みは……。
「はあ、まあ良いのじゃ。肝心なところが抜けておるのが、お主の人となりで良いところじゃからの……」
「左様にごさいますなぁー。でも、よもや此ほどとは……」
「へ?」
この方たちは、何を話しているのだろう? そして何故こんなに阿呆を見る眼で儂を見下して見て来るんだろ?
意味がわからん。が、ゾクゾクッと背筋に来たのは何故だろ?
「まあの、確かにわらわは今朝から飯が喉を通らんわ」
「そう云えば、左様でしたねェ」
飯井槻さまと妙義殿のサラサラ流れるが、やけに中身が無いような感じの会話が御簾を隔てて為されている。
「兵庫介殿、飯井槻さまは聴いての通り朝飼を召し上がってはおりませぬ」
「はあ」
「故に、お飲み物くらいしか口に為さらぬ」
「はあ、まあ。でしょうね」
「で、あります故に、飯井槻さま御自ら御摘みに為られた『うこぎ』なる木の、干した若葉を用いた煎じ湯を御持ち致したいと愚考しまするが、如何に?」
「……よ、宜しいんじゃないでしょうか」
ふふっ♪と、妙義殿は後ろに突然顔を向けて嗤ってから、スッと立ち上がり。
「左様ですね、では御用意致しまする」
そう言い残して此の場から、そそくさと去っていかれた。
さて、いやホントどうしよう……。
全く以て、御簾の中で御顔の見えぬ飯井槻さまに、何を話しかければ良いのか思案を無益に重ねていたところ。
「兵庫介よ、そちが何を考えとるかは知らぬがの、もしやお主、此処までわらわに誘い込まれたとは、一片足りとも考えが及ばなかったのかや?」
「へあっ⁉」
儂は余りの事に大口開けて仰け反ってしまった。
「……考えてはおらなんだのじゃな」
ふうっと、力が抜けたみたいに御簾の中の陰がカクッと下がったのを、儂は見逃さなかった。
なんか、すいません。
[兵庫介よ、可笑しいとは思わなんだかの?]
なにを?
「何を?ではあるまいに、道中で先ずお主は『ふみ』に会い、次に『珠』に会うたであろう?斯様な偶然あると思うかの?」
いや、でも物語だとよくある話だし、それに彼女らは儂から見れば山向こうの隣り合う村の出だから、道中出会うても可笑しくは……。って、はっ⁉
「ようやっと気付いたようじゃの。ほらの、お主は肝心なところが抜けておるのじゃ。仲良しで帰る村の場所もほとんど同じな侍女二人が、何故に別々で帰っておるのじゃ? わらわから『御休み』を二人とも貰うておるのじゃから、一緒に帰れば良いではないかの?」
ですよね。
「での、ここまで話したら解ろうと云うものじゃが、碧の紫陽花館に参るよう不安を煽り、そなたを誘ったのは他ならぬわらわ自身と云うことじゃの」
「でゅわ⁉」
「…………でゅ? お主よ、もっと違う驚きかたはないものかの」
咄嗟の感嘆詞にまで、注意を入れないで頂きたい。
「確かにの、お主のわらわに対する忠誠心は有り難いがの、その為に無益に命を落としては意味がないとわらわは云っておるのじゃ。判るか兵庫介よ」
えっと、つまりは……。命は大事?
「…………ホントに根っからの武人じゃの、お主は」
はあ、有り難き幸せ。
「誉めとらんのじゃ」
すいません。
いつぞやの、よく似た会話の意趣返しを喰らってしまったな。
「確かにお主は強いのじゃ。戦も強いが兵法(太刀打ち)も頗る強くて恐ろしき男子じゃ。じゃからと云うての、とりあえず何とかなるの心根で世を渡るなぞ、愚の骨頂じゃ」
はあ。なんかすいません。
「もしも、もしもの話じゃが、これがお主の命を奪うための罠で有ればどうするのじゃ? わらわはそれを身をもって解らせるために斯様な謀を仕組ませて貰ったのじゃ。まあの、珠とふみには事の次第を余り話さず、館を別々に発って貰うたがの、悪いことをしたの」
はあ、ホントすいません。以後、命大事を心掛けますです、ハイ。あっ、でもたぶん、ふみは何かを悟った口振りでしたよ?
「あやつは、ああ見えて聡いからの。全く、油断も隙も無いのじゃ。全くもうなのじゃ」
そう謂いつつ飯井槻さまは御簾の中で、何やらイラついていらしゃる。なんなのか?
「あっそうじゃ、それにの兵庫介よ、わらわは未だお主の役職を解いた訳ではないのじゃぞ? 判っておるのか、お主は全くもう!」
いきなり思いだし怒りは、やめて頂きたい。
「ん?深志家討滅後の取り決めで、各家の軍勢は解散撤収させたから、儂の軍奉行としての役目も自然解消ではないのか?」
そうなのだ、茅野家の軍勢に於いても、最初の集結地であった『田穂乃平』に於いて茅野家直参軍以外は無事解散し、その後、茅野家配下の各家の当主と主だった家臣は譜代外様に拘わらず、全員【碧の紫陽花館】へと参集し、戦勝を祝う酒宴で盛り上がったあとは、各々の功績に応じた恩賞が飯井槻さまから直々に申し渡されたのだった。
無論これとて勝手に茅野家が旧深志家や、親深志家だった土豪ども三十一家の旧領の再配分ついて、飯井槻さまが中心となって決めたわけではない。
実際には、五月二十九日に季の松原城は蒼泉殿に於いて、深志家打倒の実質的な立役者『茅野家』が呼び掛け人と成って、深志家打倒に参加した各家の参集を行った。
即ち、東の三家である『印南家』『神嶌家』『河埜家』に、寿柱尼様を中心とした『添谷家・寿柱尼派』と、飯井槻さまの忠告を無視して出陣した為に、本拠地【柳ヶ原城】に拠る深志壱岐守配下の最強軍団である『七千五百騎』に、半日で蹴散らされ敗滅したので、生き残った一子を立てた『穂井田家』らの間で執り行われ、決せられたのだった。
結果、深志家の撃滅の功一等と成った『茅野家』は、各家承知のもと『旧深志家』の領地を八割方を引き継ぐこととなり、併せて両者の間に挟まれて存在していた、十家もの旧深志派の土豪の領地も切り取り次第との了解を取り付けた。
此れによる収得予定貫高は実に『四十万貫』(八万石)と、此までの貫高『二十三万貫』(四万六千石)と併せて『六十三万貫』(十二万六千石)となって、寿柱尼派と添谷当主派の間で内紛寸前の状態にある『添谷家』を、実質的に抜き去る領地を手に入れたた。
それにまた、此度の件で大幅に領地を深志家に収奪されていた守護職の国主家は、結局そのほとんどの領地は返還されずに再分配の対象とされてしまった為、結果として『百万貫』(二十万石)から『二十万貫』(四万石)まで減らされて仕舞い、国主家は今後、季の松原城の維持にも事欠く財政状況になるだろう。
とまあ、経緯としてこういった次第なんだが、飯井槻さまが仰るには、茅野家直参軍が解散してもおらぬのに、何故に軍奉行のお主だけひとり解散してるのか?バカなの死ぬの?と、云いたいらしい。
ほっとけよ。悪かったな、肝心なところが抜け作でよ。
儂はてっきり軍奉行なんか、アノ場限りの偽り言だと思ってたんだよ。だって実質的な業務はなにもしていないし、軍は相変わらず戌亥様が管理してたしな。
てか、其ならそれと申し送りくらいしてくれよ。
「あとの、わらわが思うに、お主の悪い癖がまた頭ををもたげての、新領地の開拓やら土木工事やらなんやらとの……」
「まあ儂はアンタがくれた厄介な領地をどうかするつもりで、早朝から動いてはいたんだが、飯井槻さまよ。して、アンタは何をずっと御隠しになられたまま話を続けるつもりなんだ?」
「みゃ!?」
御簾の中の陰が一瞬、御座所よりちょっとだけ浮いた。
ふう、やれやれ。自分から誘って於いて、なかなか本心は打ち明けぬとは、飯井槻さまにも困ったもんだな。




