優しき一族。(2)
続きになります。
このサブタイトル。実は何かを意味しています。
まあ私はサブタイトルで良く遊んでるんですが、そんなことを考えつつ明日以降も読んでいくと、その内に『×××と×××な話』になったりします。
では、今回もお楽しみ下さいませ♪
何やら侍女二人のお陰で、刻が経てば経つほど気が気ではなくなった兵庫介は、合戦でもするかのように心の内で攻め太鼓を鳴らし、襲歩の要領で音頭をとりながら愛馬を出来うる限り疲れさせずに、知らず知らずにやんわりと駆けさせてしまっていた。
そして少しでも早く碧の紫陽花館に着けるよう、険しくとも近道を急ぐように努力もした。
結果。
「着いたな」
二刻半(凡そ五時間)で、碧の紫陽花館に辿り着いてしまっていた。
「詰めの城の【飯井槻山城】共々、相変わらず戦う気が全く感じられない、気の抜けまくってる場所だな」
飯井通じなさまの居館である【碧の紫陽花館】は、茅野家がまだ藤原氏を姓にしていた頃からある寝殿造の館で、築造から既に七百年余りは経つと言う古兵者でもあった。
「だからと云うて防備が、僅か三間程度の堀に薄い土塀のみとは、些かどころではないくらい心許ないな」
あとの備と云えば、高倉に無理矢理板でくっつけたみたいに櫓が一筋有るくらいで、とてもではないが、いざ戦となれば此ほどまでに落ちやすそうな館は、此の国でも数えるくらいしか無いのではないかな?
「それに詰めの城にしたってそうだ。最後の拠点として詰め居る意味がない代物なのだからな」
仮に茅野家が攻めに攻められ、遂には館も落とされ(儂ならば半刻も要らぬ軽い戦で落とせる自信がある)て仕舞い、やむなく最後の拠り所として【飯井槻山城】に籠ったとしても、まあ持って一刻か二刻だろうな。
それ程までに【飯井槻山城】は要害とは程遠いシロモノで、まあ言ってみれば、ありゃ軽い登山と休憩所の提供場所だな。そう思えてならないのだ。
「儂は神鹿兵庫介である。開門願いたい!」
此の国一の名家である、茅野氏の居館の表御門。と云えば聞こえはいいが、実際のところは厚さのないペラペラの板に閂を一本通しただけの、誠に以てやる気も護る気も感じられない門を、それでも守衛している健気な二人の門番に声を掛け、次いで茅野家了解のもとに開門して貰うのが通例なんだが……。
「すまんね兵庫介殿、今日は壱の爺様が居なくてね。ちょいと手間取るかもしれんが、暫く此処にてお待ち願いたい」
そう言いつつ門脇の小さな番所から現れたのは、表門と門番の管理を取り仕切る昔馴染みの役人であった。
「判ったが、どこに参られてるのだ?」
「当家が接収した旧深志領にさ」
「成る程な」
ならば、当分は帰っては来まいな。
致し方なく儂は愛馬の手綱をとり、番所脇の馬留めに手綱を繋ぎとめ返事を待つことにした。
しかし、こういった手続きだけは、門はボロいけどしっかりしてんな。
「いつかちゃんと此の館も詰め城も、要害堅固にしてみたいな」
などと、根っからの土建屋……。もとい、神鹿家伝来の血が騒いでしまう。
「いやいやいや、儂が参ったのはそうではない!」
儂の突発的に発せられた大声に、連れ立ってきた近習二人に門番二人がビクッてなった。
「殿様どうされた??」
「兵庫介殿、如何いたしました?」
「すまん、ちと、詰まらぬ事を思い出してな。いや、すまん」
兵庫介は謝り、番所の壁板に寄りかかる。
しかし、なんだと云うんだ。
見知った侍女二人の意味深な言葉があったとは云え、何故に儂は息咳切って、目的地であった[仮]新領地の反対方向である碧の紫陽花館くんだりまで、勢い込んでやって来てしまったのであろうか?
「我ながら何をやってんだかな、意味がわからんな」
腕組みしながら頭を捻ってみても、取り急ぎ参らねば為らなかった理由が全然解らない。
「兵庫介殿、上役に許しを得れました故、御入り下され」
ボンヤリ少し曇ってきた空を見上げていたら、先程の門役人に声を掛けられた。
「御手数、痛みいる」
「がははは!なんの、拙者と貴殿の仲ではないか!」
そうだっけ?
季節毎の付け届けも、他の方々と同じ地産品しかお渡ししたことがない筈だが、彼のどこから此の自信が湧いてくるのだろう?
不思議な奴もいるもんだと、もう何年も顔を会わせてはいるのに、今更感満載で、此の役人の頭のお気楽さに気付かされてしまった。
てな事を考えつつ、儂は徒歩で表門を潜り抜け、飯井槻さまに御目通り致したい旨を、出迎えの上役人に伝えたのだった。




