乱世は続くよ、何処までも。
今回は、あの御方が出ます。
此の国を混乱させた元凶です。
では、どうぞ!
「うふふふ♪ わしの御顔は旨いですかな、飯井槻さま?」
「ぶっ⁉」
甲冑の上からアノ桃色小袖を身に纏い、ヒラヒラクルクル回転しつつ、兵庫介を再び笑いの園に誘って現れたのは……。
垂水源三郎に調略されているフリをしながら、逆に調略して寝返らせた張本人にして茅野家参爺のひとり、参の家老の『戌亥太郎左衛門寿惟』であった。
「これは、戌亥様!」
「戌亥のじい様じゃ♪」
突然現れたの戌亥様に羅乃丞は恐縮し、『さね』こと実衛門は笑顔で迎えていた。
今の今まで模造品とは言え、生首を弄びながら千切って食ってたのだからな、そりゃ常人ぽい羅乃丞は、自身、直に手を出してはいないとは云え、自由な実衛門様とは違い畏まるだろう。
それはともかく、まあ知恵者に変な才能持ち、兎にも角にも人が大好きです♪な飯井槻さまが、斯様に使える人の首をとる筈は無いのである。
それは実は繋がりが古来より深い間柄の、宮中料理を取り仕切る家である『高橋氏』に相手にも云えることで、例えば飯井槻さまの官位である『内膳正』とは、高橋氏と安曇氏以外の人物がこれに就任した時に名乗る官名で、通常上記のお歴々が就いた場合は『内膳司』となるのである。
因みに三十年前の水争いの折、調停場の並河神社での酒宴の際に料理を調えたのが、遍歴の旅を始めたばかりの『高橋天膳』その人であったのだが、これとて偶然ではなかった、繋がりがあってこそなのだ。
勿論、今回の件についてもだ。
つくづく思うに、なんか言ってる時の飯井槻さまには各々方、気を付けろ!と、声を大にして世間様に云ってやりたい。
勿論、褒め言葉としてだが。
「うむ、太郎左衛門、良いところに参ったの!お主の首は頗る甘くて旨いのじゃ♪お主も喰うかの?」
「飯井槻さまが『あーん♪』してくれましたら、わし頂戴致しまするよ?」
「もう仕様がないの、ほれ、あーん❤」
「ん、おいち❤」
戌亥様よ、自分の左耳は美味しいか? ていうか、だれか此のアホどもを止めてくれ‼
これは床に突っ伏して笑い死にかけている兵庫介の、心底からの願いであった。
「其れは其れとして太郎左衛門よ。ことは順調に運んでおろうかの?」
「目下のところ些かの問題もなく、御城は我ら茅野家が収め申した。此れにて深志方、兵庫介が申した策略通り各所で瓦解するは必定と成りましょう」
「うん、ようやったのじゃ♪」
アホなことばかりしてる訳ではないんだな、此のツルッパゲ。
そして儂、家臣に自慢してもいいよね?
「パクッ。彦十郎はちゃんとわらわが申した通り、モグモグ。川に舟を横に並べて橋と成したかの?ゴクゴク」
「パクッパクッ。はっ、成しておりました。故に我ら二千五百騎、ゴクゴク。迅速に御城まで参りました」
「ゴクゴク。深志方の百姓も其れを通り逃げておるかの?ゴックン」
「モグモグ。逃げております。パクリ。道案内の篝火も絶やしてはおりませぬ。ゴクゴク」
お前ら菓子と茶を存分に楽しみながら、なんか重要そうな話をしてんじゃねぇーよ!!
「なんじゃどうした兵庫介よ、お主はイチイチ騒がしいの」
「全く、飯井槻さまの申される通りじゃ。少しじっとしておれ」
うっせぇーよ!バカに諭されたくねぇよ!こんちくしょう!!
「何か言いたげじゃが、まあ良いわ。での太郎左衛門よ、肝心の国主様は新御殿に居られたか?」
「其れが本郭の物見台におられました」
ううん?と、飯井槻さまは怪訝そうに頭を捻られ。
「何故左様な処にいたのじゃ? あれか、馬鹿は高いところが好きとか云う俗信を、御自ら実践でもしておったのか?」
割りと酷い感想を云うな、飯井槻さまよ。
「なんのなんの、世の阿呆も国主さまには敵いますまい」
あんたはもっと酷いな!
「しての太郎左衛門よ、その意味するところはなんじゃ」
「其れに付いては、直接……」
「将軍さま」
うん?だれかなんか言ったか。
「父上は日ノ本の武家を統べる征夷大将軍さまじゃ」
そう云ったのは誰あろう、国主家の嫡男『松九郎君』であった。
うーんとね、国主家の糞ボウズ。少し黙ろうか?
「左様なのか?」
「左様ですな」
えっ?マジ?
「少なくとも本人は、そう御思いにございました」
真面目な顔して、戌亥様は何を言って……。
『上様のぉ~。御出座ぁ~‼』
上座の奥の廊下から、世にも可笑しな呼ばわりが響いてきた。
「噂をしたればなんとやら、飯井槻さま……」
「平伏すれば良いのじゃろ?」
「左様にございます。ほれ、皆も!」
あーはいはい。平伏平伏、慣れてますっと。
茅野家主従一同、飯井槻さまを筆頭に皆で深々と平伏して、上様とやらが来るのを待つ。
やがて、東の廊下から表れた衣擦れは、上座の中央にやってきて音は止まりて座った。
「みなのモの、くるしゅうワない。おもてヲあげよ」
「ははっ!」
率先して戌亥様が面を上げ、つられて面を上げた飯井槻さまや儂を含めた皆の目線の先に居た御方は……。
「たいギである。みどモが、あシかがの……」
身体は痩せ脣は渇き、眼は落ち窪み周囲黒ずみ、でありながら目力のみは異様に張り、足利将軍家が着そうな黒い衣冠束帯に身を包んだ老人が、自らを足利某などと宣う奇妙な光景。
だがそれは、心を崩された国主様の御姿であったのだ。




