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夢現の宴の……始まりの。

ずっと小説の最初から散りばめてきた種の仕込みも、夢物語も終わり、あとは……。


収穫かな。


て、話のはじめになります。



では、また明日ー。

茅野家の行列が着いた二ノ郭御殿は、深志家主宰の夢想の幻想郷の元締めらしく、建物一周に幔幕が張り巡らされ、均等に並べられた篝火が煌々と辺りを照らしてる中で、二人一組の武者が十組づつ御殿の式台(正式な玄関)の左右に居並び、これでもかっと感じるくらいに目出度さを演出していた。


「やれやれ、勝ってる家は違うな」


兵庫介はつい感心してしまう。


「殿様よ、ボンヤリしておる場合ではありませんぞ……」


巻右衛門が、廻りの様子を眺めながら(たしな)めてくる。


「どこにいっても、此の手のバカは尽きぬものだな」


 いつぞやの茅野屋敷に降り立った時分のように、またぞろ、彼方此方からの視線を感じて辟易してしまう。


「まあ、分からんでもない。此度の飯井槻さまは別格だからな」



式台に横向きで据えられた輿に、(たま)によって縁が白き紅い履き物が添えられ、御簾の一角がするすると、ふみによって、ゆるり巻き上げられていく。


「『『う、おおおお‼‼』』」  


 そして御簾が完全に上がるや否や、バカどもの爆音が宵闇をつんざめいた。


「まあ、お前らの気持ちは、わかる」


 頭を下げ、慇懃な面持ちでかしずく我ら茅野家中の者共でも、今宵の飯井槻さまは神々しくて在らせられるのだ。


 そう、これまでの行列に有り様を思い浮かべればおわかりであろう。


 飯井槻さまの装束は茅野家の姫御前の、それではなかった。


 香也乃の大宮の御祭主の、しかも神の依り代足る衣裳に、御身を包まれていたのだ。


 漆を何十にも重ねて拵えられた浅沓に、白足袋の小さく形のよいおみ足が通される、その仕草。


 たまらない。


 僅か数歩の為にだけ、珠とふみに介添えされ御履きになられた沓で立ち、金色の心葉と御尊顔は大手の扇でお隠しなされ、誘われるまま五色の神代装束を夜風にそよがされながら、二ノ郭御殿のさほど広くない式台を渡り、屋内へ入る。


「たちませい‼」


輿の担い手である十二人の神衣たちが、御簾や調度品の確認を即座に行い終わったのを合図に、巻右衛門の音声によって茅野家一同一斉に立ち上がり、兵庫介と巻右衛門、これに近習と馬廻が各々一人、飯井槻さまの後に従い案内役の国主家の老武士のあとに続き小走りで、御殿の裏手より中に急ぎ入った。





「此方にてお待ちあれ。まもなく参られましょう」


こう言って、老武士は配下の二人を伴い廊下に散らばり(うずくま)って警戒を始めた。


「……我らもあやかるか」


よもや、飯井槻さま御一行がしずしず御部屋までいらっしゃるまで、廊下で寝転んで待つわけにもいくまいしな。


直ぐ様、我らも部屋入り口の襖二枚を挟んで片膝立ちに、左右を警戒する。


なにやら、廊下を挟んだ部屋の反対側が騒がしいが、御殿の外側から窺った様子だと此方側は大広間になるのだろう。


「そりゃ、軍議とは名ばかりの宴会だから用意に騒がしくもなるだろうな」

 

ふふん。と、兵庫介が一人ごちていると。


「参られました」


左隣で警戒に当たっていた馬廻か、平伏しながら兵庫介に囁きかける。


「皆」


兵庫介は静かに呼ばわり平伏を促し、自らも廊下の板目に額をくっ付け、待った。



シャラン、シャラン、シャララン♪



二歩進んで立ち止まり、また二歩進んでは立ち止まりしつつ、飯井槻さまを真ん中にした三人だけの神様の行列が、厳かに厳かに近付いてきて。



シャシャラン♪



御部屋の前で止まった。


兵庫介の右隣に、恐らく珠であろう水飴みたいな優しい匂いの巫女が、屈んで音もたてず襖を左右に開き、次いで甘茶のように仄かに甘さが薫るふみが、飯井槻さまのお手に手を添えて部屋に消え、珠も香りを微かに残して、内側から襖を閉じた。


なんとかかんとか、予定の刻限には間に合ったらしい。でなければ、催促の一つくらいはあるからな。



「皆、御苦労」



兵庫介は左右に声をかけ、それから国主家の老武士の皆様に警護の礼に頭を丁寧に下げた。


するとそこへ若い武士が表れて、何事か老武士に告げた。


聞き及んだ老武士は、廊下の真ん中辺りから西ノ端に位置する我等のもとに寄り、こう告げた。


「皆々様の参集、思いの(ほか)遅う御座いますれば、暫しお待ちあれ」

「これは(かたじけ)なし。我らも着いたばかり、良い休息になり申す」

 

誠に以て済まなそうな老武士は、廊下を素早く所定の場所へと戻っていった。



そう(しょ)()ずとも良いぞ、老武士よ。


寧ろ段取りからすれば、感謝してもよいくらいだからな。


「殿様、一人は来たようですぞ」


巻右衛門が目配せした先に、羅乃丞が背に荷物を背負い立っていた。


(こと)の外、遅れました」

「気にするな。ささ、飯井槻さまの御前に往かれよ」


そしてやおら兵庫介は襖の向こうに伺いをたてる。


スーっと、音もなく襖が開かれると、羅乃丞は背負っていた荷をほどき、丸型三重の螺鈿細工が施された大きな化粧道具入れを滑らせ奥へと送った。


やがて、部屋の中にも設置されていた、床より二段は高い場所の御簾の内側へと届けられた丸型は、飯井槻さま御自らが箱の蓋をずらし、頼んだ品に間違いないかを其々検分されたのち、また蓋をされニコリ、御自らのお膝元脇に据え置かれた。





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