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謀略(4)

第五十三部の投稿になります。


今回は深志と茅野の人物の扱いの対比となります。



では、また~。

〘お早いお戻りで〙

「そんなに時は過ぎては無かったか」


 表御門の番所で儂の帰りを待って居たひょろひょんは、屋根に届きそうな背をもたげて立ち上がり、繋いであった自分と儂の馬の手綱を掴んで寄って来たのだ。


「すまんな、儂の口取りでもないのに」

〘先程の美味し酒のお礼です〙


 口をニンマリさせたひょんひょろは、兵庫介にそう言いつつ手綱を引き渡す。


〘戍亥様との面談は如何でした〙

「お主が申したように、つまらぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)が入って参った」

〘垂水〙

「源三郎だ」


 兵庫介は、彼が話した内容そのままに伝えてやった。


〘それはまた奇特な事にて〙

「奇特、奇特か。確かにな」

〘お信じになられますか〙

「成るものか。深志家中の政争で既に負けておる者の言葉だぞ?」


 ゴンッと、鞍の出っ張った先っちょを小突く。


壱岐守からの危難を避け、雌伏していましたとは聞こえがいいが、言い方を変えれば偏屈な旧体制派の一人というだけではないか。


壱岐守を頂点とする、新機軸に取り組む深志新体制派から消されそうになるのも道理で、現実的にも逃走しておったのだからな。


「それにアレが申した我らにとり都合のいい方策は、なんの権限も持たない垂水の存念のみから出ておる話であろうが。それにアヤツは、主家である深志家を如何(どう)やら潰したい様子が先にたち、茅野家や飯井槻さまの問題が後回しにだとばかりに取れてしまうのも、奴の力量不足以外に何があろう」


無論、それが見え透いてるのにも訳はあろう。


「つまるところヤツは飯井槻さまの婚姻外交で成果をあげられず、茅野家からも追い詰められた側だからな。焦りが甚だしい。しかしこれを口に出せば出すほど、奴の外交官としてのつまらなさが一層、際立つ話になってしまうな」


 そう言った時の兵庫介は、憤怒に似た表情をしていたらしく、それを垣間見たひょろひょんが口をへの字に結んだ。


 結局のところ垂水は、『弾正派』と『壱岐守派』が実行中の外交戦を軸にした政治主導権争いに、我が茅野家を巻き込んだものの何も成果がなかったのに対して、一度や二度の失敗くらいでは全く懲りずに、なんとか添谷家本家の調略を成功させた『深志越前守』に、さらっとココ季の松原に於いても、政治主導権や兵権の一切合切を奪われたのであろう。


お陰で深志の次の仮想敵が、添谷家から茅野家に変更になってしまった。


 その切っ掛けでもある、季の松原城大手御門の焼き討ち未遂事件。


あれが添谷家を翻意させたのだ。


それは子であり次期当主である壱岐守が、親であり現当主の弾正の壁を越えた瞬間だったろう。そして弾正の性格ならば、この一件を大層喜んだに違いない。


 無論、身内であり翻意させた実行者の深志越前守もだ。


 以前垂水が述べていたように、深志弾正の、いや一族の壱岐守への信頼は篤い。


 その篤さは、たったひとつの事柄で説明可能だ。


 もし、深志家中で壱岐守好ましく思っていない勢力があれば、弾正派の外交官は間違いなく垂水ではなく、深志越前守が担なわされていたであろう。


 こと(いくさ)事や、はたまた領主としての領地経営策であればいざ知らず、それ以外については未知数な上、外様身分の男を世間さまの矢面に立たせる等は、あり得ぬ事態だ。


 つまりは対抗馬は、家中で名が知られていれば、誰でもよかったのだろう。




 結果、添谷本家は深志の軍門に降り、で、茅野家よ。そなたらは何時まで孫四郎の婿入りを拒み続けるのだ?と、首に刃物を突きつけられている状態になってしまったのだからな。


 儂からすれば、垂水個人の野望なぞ糞にまみれてろって処だ。


 飛びまたぐ感じで愛馬に乗った兵庫介は、ただ(また)いだだけで騎乗したひょろひょんを連れて表御門を潜り抜ける。


「お気を付けて」


 そう言い残し、門を閉めるよう門番に命じる戍亥様の近習に世話になった礼を言い、(きびす)を返して茅野家の軍勢でごった返す広場に馬を進めた。


「おお、宴が始まっておるの」

〘左様にございまするな〙


 あの、茅野屋敷での饗応に比べれば大分(だいぶ)(ささ)やかだが、一人二個づつの丸い(だん)(めし)に、将兵手持ちの様々な食器に盛られた大きめの串肉と、小さいながら干魚などの焼いた魚が盛られて居り、酒も量は控えめながら出されている様子であった。


「団飯か、さねが居たら喜ぶな」

〘左様〙

「あやつは巧く事を運んでおるかな」

〘御心配には及びますまい〙

「それもそうかもな」


 馬に乗っても変わらぬ身長の上下さも気にせず、兵庫介はひょろひょんの腰辺りを叩き笑った。






「これは殿様、お待ちしておりました!」


 そう云って野陣で待って居たのは、神鹿勢で(いち)ノ(の)(そなえ)を預かる部将『蔦巻(つたまきの)()衛門(えもん)(とし)(ちか)』である。


 巻右衛門は身長と筋力こそ当家では人並みだが、左膳や三太夫より年長で特に肝の座った男でもあり、最初に敵と衝突する可能性が高い備を任せるには、打って付けの人材であった。


「おお待たせたな。で、左膳より事情は聞き及んだか?」

「相変わらず、無茶を致しますな飯井槻さまは」


 陣前で下馬しながら聞く兵庫介に、巻右衛門は呆れる様に返答する。


「まあ、そういうな。して、左膳らは荷物を纏めて最早出たか?」

「出立致しまして御座る。我らもいつでも出れますが、如何に?」

「早速参ろう」

「ははっ!」


 陣から一台の荷車を引き出して、巻右衛門は悦に入る。


「出立!」


 そして巻右衛門の指揮のもと、総勢十人の行列は眼下の舟着き場を目指して移動を開始したのである。


「うん、何やら御城の方が騒がしいな。のう、ひょろひょんよ」

〘左様にございますね〙


 先程二回目の登城を終えたばかりの道を、くねくねと降りつつある彼ら二人の目線の先、今朝方伺った深志方の軍目付の住まう役宅がある(うまや)()の御門辺りから続々と深志勢が繰り出され、表街道筋を京に向かう上り方面にうねる様に移動を始め、やがて各道筋から現れた深志派の土豪の軍勢が、解かれた糸くずが元の糸に戻る様に寄り集い、遂には一本の綱となって北西の山に向けて進発していく。


それは、深志越前守が率いる八千騎余もの東の三家討伐軍の様相であったのだ。


「おお、行くわ行くわ。こりゃ壮観じゃわい!」

「「「おお!」」」


 巻右衛門らは、あたら楽しそうに叫ぶ。


「おっ、こっちも来たぞ」


 新町屋城本体に向け駆け上がる早馬が、通行を邪魔しないように避けた兵庫介一行の傍すれすれを巧みにかわしつつ登り切って消えた。


(うま)いものだ」

〘見事ですな〙


 あ、は、は、は、は♪


 兵庫介は思わず大口を開けて笑い、ひょろひょんは鞍を軽くポンと打ち、肩を小刻みに震わせる。


「天は、よう晴れておるな」

〘さすれば今宵は雷ですか〙


 そうであるやもしれぬ。梅雨も近付くこの時期ならばな。


「さて、面倒だが早めに下ってしまうと致すか」

「「「応」」」


 新町屋城で新たに結成された兵庫介一行は、荷車を一台伴いそそくさと、めんどくさい登城道を降りていくのであった。


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