謀略(3)
第五十二部になりまする。
垂水の心情爆発です。
ではお楽しみくださいませ。
うむむっと、兵庫介は口をつぐむ。が、心の内では《それがどうした!!》とでも、立ち上がって言い放ってやりたい気持ちで一杯ではある。
「さて、ここまでは表向き。これよりは拙者の私見になりまするが、お聞きくださりまするか?」
垂水は掻いていた胡坐を正座に変え、衣服も整え直してから語り掛けてきた。
どうしたのだ一体。
「……構わん、云ってみろ」
兵庫介はこう云うしかなかった。
「現在、深志家次期当主の壱岐守様に御子はござりません」
「ん? いきなりなんだ、それがどうした?」
「どうしたもこうしたございませぬ。茅野家に入られた孫四郎様との間に御子がお生まれになり、それが男でありましたならば、ゆくゆく深志家を継がせるのは、造作もないことだと申しておるのです」
「………」
「壱岐守様は、少々変わった御人にござりましてな」
「それは儂も知っておる」
年がら年中【柳ヶ原城】の居室に引き篭もり、表に出ることを憚ってばかり、もしかすると側女どころか侍女でさえも、生半には寄り付けないくらいの偏屈だったりしてな。ふししし♪
そうであれば難儀な話だ、さぞ父である皮袋も気に病んでおる事だろう。ざまあみろ。
女子に対しては似たり寄ったりの兵庫介は、自分のことを棚に上げ、想像だけで勝ち誇ったような気持ちになる。
「当り前の話ではありますが、御子云々(うんぬん)は総て仮定の話でありまして、必ずしもそうなる訳ではござらぬが、女子に対して淡白すぎるきらいが甚だしい壱岐守様故…………」
やっぱ、そうなんだ。御愁傷様です♪
「ですので、この先も御子が出来ない可能性が高く、そうなれば必然的にその生まれるかもしれぬ御子様が、暫時、深志家を継ぐことになりましょう」
「おい貴様、どういうつもりだ?」
さっきまでの楽しい気分が兵庫介の中で、殺気に変わる。
「どういうつもりも何もありませぬ。茅野家が、これから進むべき道筋を論じておるだけでござるが、何か御不満でも?」
今度は冷めきった眼で兵庫介を見つめる垂水に、図らずも背筋に怖気が走ったのを感じ、尚且つ怨念じみた気味悪さも感じてしまった。
「我らが飯井槻さまの御身を出汁に使い、深志家を乗っ取れと説くのが、お主の調略の仕方だと申すのか」
垂水を負けずに睨み返した兵庫介は、堪らず刀の柄に右手を這わせ身構える。
「これこれ、落ち着くのじゃ兵庫介よ、ことを荒げるではない。話は最後まで聞くものじゃ」
眼以外は笑顔の戍亥様が、彼らの間に割って入り険悪な雰囲気を打ち消そうとして身構える。
「ワシらは立場こそ違えども、飯井槻さまの行く末を思い茅野家の未来に尽くす者ぞ。苛立つ気持ちは痛いほどわかるが、此処で垂水殿を斬ったところでなんになろうか」
「されど戍亥様!こやつは飯井槻さまを我らが生きる為に出汁にせよと、そう申したのですぞ!!」
「だまらっしゃい!お主はどうも直情的でいかん。垂水殿の話を最後まで聞くのが、この場の道理と云うものじゃ!斬るのはそれからでもよかろう!!」
くっ!糞爺が、知った風な口を利きやがって!
「戍亥様、かたじけのうございまする」
「よいよい垂水殿よ、構わず続けられよ」
戍亥様に辞儀をした垂水は、服装を調え直し兵庫介にまた正対した。
「拙者は僅かばかりの村々を領する外様の身分ながらも、御隠居様…、いえ、弾正様のご寵愛を受け、長年に渡って深志家の枢機に関わらせていただいておりました」
「それが何故、謀反ともとれるような言葉を発して、我ら茅野家をけしかけるのだ」
兵庫介の言葉を聞いた垂水は、先程より幾分も柔らかくなった眼差しで見据えてきた。
「壱岐守様の下では、これから生き抜くのが難しゅうからでござる」
「とは?」
「壱岐守様は、自身の意のままに政を動かしたい一心であられるらしく、家中の刷新を図られるという名目のもと、弾正様に忠義を尽くすを生き甲斐とした才ある者達を蔑にし、あまつさえ直言しようものならば、たちどころに怒り狂われ妄言を吐かれ、政の表舞台から外す手段に打って出られました」
「それで長き病を得たと申すのか」
「左様、と申しても、既に兵庫介殿にはお解りとは存じまするが、真の病ではありません」
「だろうな」
「ほとぼりが冷めるまでと申しましょうか、壱岐守様に、いらざる疑念を待たれるよりも宜しかろうと考え、表舞台からは自ら遠のいたのでございます」
「さほどまでに気を使わねば、そのうち潰されるやもしれぬと?」
「当家の恥を晒すようで、誠に恐縮ではありますが……」
「そうか、此度のごたつきの首魁である壱岐守が、下剋上の手始めにやりそうな話ではあるな」
「……流石は兵庫介殿、此の国を騒がす元凶を既にお見通しとは、恐れ入ります」
「それ程ではないわ。アレだけ壱岐、壱岐と、繰り返し名が出てくれば嫌でもわかる」
さも、当然とばかりに言ってのける兵庫介である。
「御謙遜を…」
予想外である。と云った表情で垂水が俯きつつ呟いた。 失礼な!
「で、一つ聞きたいのだが、壱岐守と弾正殿は仲がお悪いのか?」
「いえ、御隠居様はとても思いやり深い御方、仲が悪う筈がございません。寧ろ壱岐守様の為に足らぬところをそれとなく、手助け為されておられる御様子で……」
「ならばお主が先程申した、当家に対する好待遇とやらも、もしや弾正の口添えか?」
「有体に申さば」
「ふむ成程な。それで其方は本気で、壱岐守に復讐でもする腹積もりなのか」
この一言で、深志家中内でひたすら隠していた心境に思い至ったのか、かぶりを振りながら目を伏せた垂水が、思わず膝に置いていた両の拳をギュッと握りしめたのを、兵庫介は見逃さなかった。
「……無益でしょうか」
「迷惑だ!」
瞬間、伏せていた顔を兵庫介に向け、垂水は微笑みを浮かべた。
「矢張り茅野家の、いえ、内膳正様に一等忠義厚き股肱之臣であらせられる」
「飯井槻さまな」
「これはまたも、とんだ失礼を」
「これで二度目だな」
ふふっと、会談を始めて以来はじめて二人笑い合う。
「私は、兵庫介殿が飯井槻さまに接しておられるのと同じく、弾正様に対する厚き忠儀は有っても、壱岐守様への忠儀心は持ち合わせては居りません。まして、孫四郎などという力のみの馬鹿者には、なんの興味もあり申さぬ」
「それは結果的に、弾正への忠儀を裏切る事にはなりはすまいか」
深志家に連なる者が聞き及べば、直ちに一刀両断されかねない言葉を、こともなげに言ってのけた垂水は兵庫介の問い掛けには答えず、寝屋の板間に額を擦り付け平伏した。
「無理を承知で是非ともお願い致す。此度の婚儀、茅野家の御為にこそ結ばせて頂きたい。さすれば、ゆくゆくは茅野家が此の国を支配でき、知恵者であられる飯井槻さまが望む世も、これにて実現出来得るやもしれませぬ。無論拙者も壱岐守を出し抜き、追い落とすことで雪辱を濯ぐことができまする!」
これはこれは、難儀な話もあったものだ。と、兵庫介はあんぐりと口を開け、天井を舐めまわす様に眺めるしか手が無くなっていた。
それにしても、こやつも大概にいたせ。
お前は結局、いつか機会さえあれば、深志家への下剋上を企んでいただけのことであろうが。
そう兵庫介は思い、迷惑すぎると嘆息せざるを得なかったのだ。




