謀略(1)
第五十部になります。
再度登場する戍亥様の、以下略…。
それではお楽しみくださいませ♪
さて、遠目から一見すると一本道の登山道に見えつつも、その実、巧みな防護設備で小刻みにくねくねと曲がり、段差も激しい登城道を登り終えた一行は、やっとの思いで茅野家の家紋である白地に赤餅を意匠された軍旗が立ち並ぶ広場に出た。
「うむ、流石に壮観だな」
兵庫介が望み見るのは新町屋城の前面防御区域で、茅野家当主である飯井槻さま旗下の将兵、凡そ四千騎のうち三千六百騎が仮小屋で駐屯している場所でもあり、全将兵の残り四百余騎は、もしもの時を想定し城将であるも戍亥様指揮下のもと、城中に駐屯している部隊であった。
「ほう、御爺様たちが忙しげだな」
茅野屋敷に帰還した際に飯井槻さまが申されていた通り、料理人一家は美味い飯造りに大いに励んでいる様子で、広場の各所から立ち上がる炊煙と、これまた芳しい香りの煙に巻かれウキウキしながら煙の発生源に群がる将兵を眺め、兵庫介は目を細める。
「あっ、これは兵庫介様。この様な場所でお会いするとは思っておりませんでした」
辞儀をしつつ話しかけてきたのは、御爺様の弟子であり、たぶん四男である四之助であった。
「其方らも飯井槻さまの頼みとは云え、精が出るな」
「いえいえ、これも御役目ですので。それに……」
「それに?」
同じく馬上ながら辞儀を返したものの、これは失礼にあたるおもった兵庫介は、やおら下馬しつつ聞き返す。
「それに御師匠様がなんだかとても楽しそうで、兄上たち、いえ、兄弟子たちも屋外で大々的に料理を作ることなど、滅多に出来ないことだと口々に云ってですね、とっても面白そうに立ち働いております!」
「左様か、左様か♪ で、お主はどうなんだ?」
「もちろん♪私も楽しいです!」
元気よく返事する四之助を好ましく思いつつ、役目があるからこれでと言い残して四之助と別れた兵庫介は、相変わらず飯井槻さまの安否を気遣う将兵らを、掻き分け掻き分け、新町屋城の表御門に急いだ。
「また来た。すまぬが戍亥様に取次願いしたい」
表御門前で料理の美味げな匂いに釣られ、そわそわしていた門番二人が、またも現れた我らにびっくりした様子ではあったが、直ぐに取り次ぐことを了承した。
〘兵庫介様ここらで…〙
「うむ、左膳よ」
「これに!」
傍らに控える左膳が勢い込んで膝まづき返事する。
「帰るまでしばらく時間が掛かる。我らの陣で皆で待て」
「仕った!」
そしてすっくと立ちあがった左膳を合図に、同じく命を聞く為に傅いていた一行の武者たちも一斉に規律よく立ち上がり、広場の南側の端の方に駐屯している神鹿勢の陣に移動を始めた。
「お待たせを、返事が返ってくるまで此方にてお待ちあれ」
上役に取り次いだらしい門番が、粗末ながら地に床几を据え、我らに座って待つよう促した。
「おお、これは助かる」
〘有り難い限りにございます〙
遠慮なく腰かけた儂らは、ここでしばらく待たされるとばかり思っていたが、間もなく平装の上役らしき男が現れ、こいつに誘われるまま門を潜り本郭に向かう。
その間、次々と通り抜ける各防御施設と各郭に詰めている者達に擦れ違っていくのだが、それがなぜか皆、戍亥家の旗印である【三ツ輪の日輪】を背負った将兵が大半を占めていたのである。
無論、他にも詰める兵共は居るには居たが、それらも多くは戍亥様配下の土豪の者達で、実質、新町屋城は戍亥勢に占拠されていると云っても過言ではなくなってしまっていた。
「これはこれは……物々しいな」
そういって、チラリ背後のひょろひょんを見やる。
見られた当のひょろひょんは、眼下に広がる新町屋の街並みを眺めていたが、儂の目線に気付いた途端のんびり欠伸をして、如何にもつまらなそうな表情をして見せたような気がした。
「では御家老様が来られるまでの間、しばしお待ちあれ」
今朝方来た書院に再度通された兵庫介とひょろひょんは、お互いに胡坐をかき、茅野家参爺こと、参の家老の戍亥様をお待ちすることとなった。
「お主、咽喉は乾かぬか」
〘多少ですが〙
「自家製で悪いが濁酒ならあるがやるか? 水は、川に落ちた使番に飲ませてから無くなったままだからな」
〘頂戴いたしまする〙
兵庫介は腰に下げていた小さな瓢箪を外して栓を抜き、ひょろひょんに手渡してやる。
ゴクリ。
ひょろひょんは受け取ると瓢箪に口を付け、あらかじめ漉してある中の酒を一口飲んだ。
〘まさに野趣〙
「悪くは無かろう」
そう云って、ひょろひょんから戻ってきた瓢箪に自らも口を付け、兵庫介も一服の酒を仰ぐ。
たん、たん、たん……。
この書院に渡る廊下から力強い足音が聞こえたので、慌てて兵庫介は瓢箪を腰に隠してひょろひょん共々平伏する。
やがて上座に繋がる質素な板戸が開き、戍亥様が入って来られドスンと着座為された。




