策謀(2)
さてさて、ひょんひょろ侍・第四十八部になります。
皆様は風邪など御召になられてはいませんでしょうか?
私は昨日から風邪をひいてしまいまして、身体がだるいです。
季節の変わり目の所為でしょうか、きついわ。
それではアホなのに風邪をひいてしまった私のようにならないように、皆様は身体をご自愛しつつ第四十八部をお楽しみくださいませ♪
では、また~。
さて、一行がまたも辿り着いた舟着き場は、どういう訳だか大変混雑していた。
それもその筈で、東の三家を含め、今度は南の穂井田家が謀反に及んだために、深志家に与した近隣の土豪共と、謀叛軍の予想進撃路とあまり関係のない土地の土豪連中であっても、自領の防備を強化しようと目論み、國分川を下る舟便や、新町屋から西に向かう山道筋を当てにして使者や、領地の防備を言い付かったであろう旅装の将が供を伴い渡し船や河商舟に群がったお陰で、とんでもない煩雑振りとなっていたのだ。
「これでは何時向う岸にたどり着けるか分からんぞ」
兵庫介は思わず嘆息してしまう。
御役目上、これでも急ぎの用だと云うのにこの始末である。どうしてくれようか。
〘舟を融通して頂きましょう〙
そう云ってひょろひょんは、儂らを河原の土手の上に待たせた後、表向き川廻船問屋ながら実際には茅野家に臣従する武家となっておる得能家の屋敷に出向いていった。
しばらく待ったのち。
〘お待たせを〙
こう言い帰って来たひょろひょんの傍には、昼前に会ったあの渡し船の舟頭が、舟頭の装束のまま供連れで現れたのである。
「すまぬがひょろひょんよ。こちらはどなたであろうか?」
〘こちらは…〙
「いや、ひょうひょう殿。ここは私から名乗らして頂こう」
〖得能彦十郎通益〗
船頭は自らそう名乗った。
ほほう此の者が、此の国随一の川廻船問屋を営む豪商〖得能屋〗の当主であるか。
奴はかつて、伊予国周桑郡に居を構え名を馳せていた得能氏に繋がるもので、奴の先祖は瀬戸内で海賊をしていたらしい。
「これは痛み入る。某は神鹿兵庫介と申す田舎者にござる。以後、お見知り置き願いたい」
「こちらこそお見知り置き願いたいな。それで早速だが、舟を一艘御所望との事であったが間違いないかな?ひょうひょう殿」
〘左様にございます〙
「ふん、本当なのだな。では悪いが銭を戴きたい」
はあ?どういうことだ。コイツ、いきなり現れて何を言っておるのだ。
「悪いが見ての通り大繁盛中でな。たとえ小舟一艘と云えども疎かには貸せねェーんだ。どうしても渡りたくば、とっとと相応の銭をよこしな」
なんだこれはと驚いた兵庫介は、ひょろひょんを見やる。
取り決めでは、茅野家から得能家は運賃を取らぬ筈、一体どうなっておるのだ?
〘それでは兵庫介様お支払いを〙
だからなんで?
「渡し賃はそうさな、馬十頭に人が十人か。大舟二艘分の貸し賃も込みで往復なら二貫文だな」
うそん!むっちゃ高くない? それだと運賃が定価の四倍以上じゃないか。
「もう少し安くはならんかな。我らは飯井槻さまの遣いで……」
〘兵庫介様〙
ひょろひょんが儂の言い分を制してきた。
「どうした?払うのか払わぬのかハッキリしろ」
彦十郎は捲し立てる。
ふむ、矢張りこれはなんかあるに違いあるまい。
「いや、それにしても高い。もう少し何とかなりはすまいか」
「こっちも商売でな。嫌なら泳いで渡るんだな」
「しかし、今は左様な持ち合わせは無い」
「じゃあ、皆で泳げよ」
「いや、しかし」
渡し賃を巡って話が二人の間で堂々巡りする。
〘兵庫介様、手持ちがないのであればのちほど、得能家に銭を届けるのと云うのは如何でしょう〙
「しかしな…」
〘兵庫介様〙
「わかった、分かった。聞いての通りだ彦十郎殿よ。それでよろしいか」
いつになく真剣な面持ちをしたひょろひょんの気迫に押され、兵庫介は承諾せざるを得なかった。
「よろしい、商談成立だな。ではさっそく手配しよう」
そう言い残し、カッと供を連れ舟着き場に去って行った彦十郎を見送った後、左膳が馬を寄せ兵庫介に話しかけてきた。
「殿様よ。よろしかったので?」
「よろしくは無い。だが、今は致し方ない。そうなのだろうひょろひょんよ」
ゆらゆらと、儂の左横に馬を寄せたひょろひょんに云う。
〘よろしいかと〙
無表情なままのひょろひょんは、これまたいつもの抑揚のない声音で兵庫介の問いかけに応えた。
「それにしてもなんだって銭を取られるんだ。これまでは茅野家に繋がる者からは銭も何も取らなんだではないか」
完全に不満顔丸出しの左膳は、兵庫介にではなくひょろひょんに問う。
〘……〙
それを、まるで無視するかの様にひょろひょんは、眼前の舟付場の情景を注視するばかりで応えようとはしない。
「おい、ひょんちゃんよ!」
「おい、落ち着け!」
いきなり喰って掛かろうとした左膳を、左の肘で突いて押しとどめ気勢を制した。
「くそ、殿様よ痛いわ」
勢いを削がれた左膳は、鳩尾を左手で抑えながら馬を引く。
「後で理由成り教えてくれるのであろうな」
左膳の背をポンポンと軽く叩き、悪かったと一言詫びを入れた兵庫介は、ひょろひょんに正対しながら返答を待つ。
〘畏まりました〙
無表情な、それでいて何か物思いに浸っているようひょろひょんが、眼だけを此方に向けて返事した。
「きっとだぞ」
未だ興奮が冷めない様子の左膳に、これ見よがしに聞こえる様に兵庫介は、念押しをした。
とん、とん、とん、とん、とん。 とん、とん、とん……。
ん?なんだ。
どこからか微かに五、七、五を刻む音律が聴こえてきた。
探ると、ひょろひょんであった。
コヤツはしきりに馬の背に乗せた鞍を右手の中指で小突き、顔は呆けさせていた。
「おい!舟の手配が済んだぞ! すぐにでも渡したいから早く来い!」
舟着き場の桟橋から大舟の舫を二本抱え、こっちに大声を上げる彦十郎が叫ぶのが見える。
「兎にも角にも渡るしかあるまい」
兵庫介は一行の皆を見渡してこう言い、左膳に舟着き場に向かうよう指示を出したところで、珍しく、後ろ髪を引かれたような表情を残したひょろひょんが。
〘近習を御一人お貸し願いたいのですが〙
そう懇願してきた。
「何に使うのだ」
こう兵庫介が尋ねたところ。
〘少しばかり御耳を〙
と、ひょろひょんが静かに言った。
何故だか知らぬが、今日はやけに人に耳を貸す日だな。などと思いつつ、ひょろひょんに耳を預けたところ。
〘失礼を……………で、ございまする〙
「まことか⁉」
驚愕する様な予測が、ひょろひょんから兵庫介に打ち明けられたのだった。




