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野火は血を欲するか?(3)

さてさて、どんどんこの話も後半戦にはいっていますが、皆様どうですか?どうなんでしょうね(笑)


で、今回も定刻通り、第四十六部の発送とさせていただきます。


それでは皆様、楽しんでお読みくださいませ。


では、また~。


「ふぁ⁉」

〘………〙


 さねが持ってきた文に書かれていた言葉に、兵庫介は意表を突かれ、ひょろひょんは目を閉じ僅かに嘆息した。


「さねよ、添谷が深志に付いたそうじゃが、それは当主である左衛門尉(さえもんのじょう)か、それとも寿柱(じゅけい)()殿であったのか、其方(そなた)は覚えておるかの?」


 飯井槻さまはさねを抱きかかえあやしながら、優し気な眼差しで問い掛ける。


「うんとね。あっちが彼の者より聞き及んだのは『さえもん』とかの方じゃ。うん間違いないよ、御社様♪」


 飯井槻さまの、人並みではあるがその胸に顔を埋め甘えるさねを見て、兵庫介はこんなん理不尽じゃないかと(ほぞ)を噛む。


「左様か、よく教えてくれたの。ふふ♪可愛いのう、さねは♪」


 ギュッとさねを抱きしめる飯井槻さまに、「うれしいのじゃ♪」と云いながら同じく搔きつくさね。くそ、くそ!


「さての、聞いての通りじゃひょんひょろに兵庫介よ。其方らの存念をわらわに聞かせて呉れぬかの」


 そう云って、飯井槻さまは優しい手つきでさねの頭を撫でると、さねはさねで満面のニッコリ笑顔で目を細め、更に深く胸に顔を埋めて甘えだした。


 くそ、コヤツなんのつもりだ!


 儂の時には思いっきり脛を殴ったりしたくせに! お主の侍の気概は何処に消え失せやがった!


 言い知れ無い(いきどお)りを感じてまだ赤みが残る脛をさすりつつ、兵庫介は再び臍を噛んだら、斬れてしまった。 アレ?血出てる?


〘ぷっ〙


 兵庫介が横に顔を向けると、匙を取り落としたひょんひょろが、後ろを向いて肩を震わせていた。


 くそ、コイツもいつか覚えておれ。


 右の拳で以て、口の端から僅かに滲み出た血をかなぐり、もはや飯井槻さま以外の全周に敵を見出した兵庫介は、やけになって糒の湯漬けをを掻っ込む。


 しみて痛ェ……。


「あのなあ、お主ら。わらわの問いにも応えず何をしているのかや?」


 ムッとしながらも、決して手元からさねは手放さない飯井槻さまは、早く自身の問いかけに応える様にと催促をする。


〘弾正が手勢、百姓兵ばかりと云えども侮れませぬ〙


 笑いの(ふち)から生還し、膳から匙を拾ったひょろひょんは伏目がちにこう述べた。


「左様じゃ。百姓を敵に回すは恐ろしき事じゃからの。加賀の富樫家の(たと)えもある故のう」


 飯井槻さまは先年、本願寺のクソ坊主共に(たぶら)かされて一揆に及び結果、自身らのことばかりを(かえり)みてばかりであったとは言え、幕府内でも有力守護大名であった富樫家を打ち滅ぼした門徒衆、いや、基本は百姓を主力とした土豪や民草の恐ろしさを口にされて、そして意味ありげに遠い目も為された。


「儂が思うに、先ずは添谷家の軍勢の赴く先と規模、それに大将や主だった将の名なども知るべきかと存じますが、如何に」


 やっと気を取り直した兵庫介は、直ぐに武人らしい意見を述べた。


「それもあるの、さねは存じてはおらぬか?」

「知らない♪」


 それからさねは飯井槻さまの胸の中で、ニカッと兵庫介にどや顔をしてから。


「じゃが、そこはあっちも一端の武士じゃから、彼の者らに兵庫介様が只今言った件に付いて探りを入れる様、既に頼んでおいたのじゃ♪」

「左様か♪ 流石は一端の武士は違うのう。まことにさねは()い奴なのじゃ♪」


 またも飯井槻さまは、さねの頭を撫でながらギュッと抱きしめフルフル身体を横に揺さぶられた。


当のさねは、あるのか無いのか解らぬくらいに薄い可愛らしい眉を、厭味(いやみ)ったらしく小刻みに上下させ兵庫介を挑発して見せた。


 くそう!腹立つんじゃ!


 そこには、まだ幼子と変わらぬ娘の侍にいい歳こいて本気で嫉妬する、背丈だけはさねに僅かに勝っているうっかり侍が居た。


〘ぷっ!〙


 今度はハッキリした声音を発し、ひょろひょんが盛んに肩を震わせあっちを向いている。


 なんだってんだ、こんちくしょう!


〘それは()れと致し、寿柱尼様と支城に込めてある添谷の兵の所在を確認せねばなりませぬ〙

「そうじゃの、あとはこれに併せた深志方の動きかの……」

〘御役目にて出張っておる伊蔵にも繋ぎを出すべきかと〙

「三太夫にも繋ぎじゃな」


 だが、兵庫介の心の叫びを無視するかのように、飯井槻さまと直ぐ復活したひょろひょんとの間で、手際よく話が纏められ進んでいく。


「恐れながら」

「うん、なんじゃ兵庫介よ?」


 二人の話に割って入る形で兵庫介は口を挟む。


「恐れながら申し上げたい。飯井槻さまはこの危難に接しても尚、深志めに、いや、壱岐守にもしや負けるとは御考えにはならないので?」



「ない♪」



 明確に、しかも澄み切った声音でハッキリお答えになった飯井槻さまには、眩いばかりの陽光がえ、まるで、飢えるこの地の民を救うため天から舞い下った豊穣の神、香弥乃のしんのような神々しさがあった。






「さての、それ以外に何かあるかの、皆の者」


 飯井槻さまは柔和な御顔で儂らを見渡す。


「あの、ひとつ御聞きしても(よろ)しいですか?」

「なんじゃ」

「さっきからさねが申して居る『彼の者ら』とは一体何者らにありましょうか?」

「気になるかや」

「そりゃ、気にもなりますわ」


 まったく、飯井槻さまの周辺はどうなっているんだ。秘密ごとが多すぎて気味が悪いんだが。


〘それにつきましては、いずれ知るところとなりしょう〙


 いつもの無表情に戻ったひょろひょんは、無表情のまま兵庫介に諭すように言った。


「いやいや、儂にだって知る権利くらいはだな…」


 そもそも儂からすれば、お主も十分気味の悪い御仲間の一人なんだがな。


「ふししし♪ 兵庫介よ、そう()ぐな。いずれ解るのじゃからよかろうにの。それよりもじゃ、わらわは良い考えが浮かんだのじゃ。お主ら(ちこ)うよれ」


 楽し気に含み笑いつつ、近くに寄れと手招きした飯井槻さまに無礼とは知りつつも、ひょんひょろと共に膝立ちで近付いた。


「来たの。すまぬが皆、耳をわらわに貸すのじゃ。ふししし♪」


 悪戯心満載の顔を為された飯井槻さまが、さねを含めた我ら一同に語ったのは、ある策謀であった。


「飯井槻さま。幾ら何でもそれは…‼」

〘よろしいので?〙

「うししし♪あっちにも仕事じゃ、飯も美味くなるのじゃ♪」


 三者三葉の感想を述べてた処で、飯井槻さまは膝から愛しのさねを降ろして立ち上がるなり、こう申された。


「他言無用ぞ。では皆、(はげ)むのじゃ♪」






「それはそうと、ひょろひょんよ、あの羅乃丞とやらはどこにいるのだ?」


 茅野屋敷の奥書院から、侍女に急き立てられるように追い出された儂は、彼の、飯井槻さまに付けられた名のルビが全て男性自身な、とっても不憫ながら美男がどこに行ったのか、兵庫介はすごく気になりひょろひょんに尋ねてみたのだった。


 茅野屋敷の裏門を潜るまでは、確かに我らと一緒だった筈なんだがな。


〘彼の者成れば別の御役目にて〙


 そう短く答えたひょろひょんは、彼らしくなく爛々とした眼で儂に正対し辞儀をして。


〘御社様の(かみ)()にようこそ御出で下さいました〙


 そう言ったのだ。


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