野火は血を欲するか?(2)
第四十五部の打ち上げです。
皆様、カウントダウンをしたのちお読みくださいませ。
なお、特段その行為に意味はありませんが、束の間の暇つぶしと気分転換にはなります。
それではどうぞ!
って、私は何を言っているのでしょうか、アホが現れたと思って盛大にスルーしていただいて、それでは第四十五部をお楽しみくださいませ♪
五月二十六日 昼過ぎ
「御機嫌麗しゅうございます。飯、旨いですか飯井槻さま」
「うん、苦しゅうないぞ兵庫介よ♪うまいのぉ~。世の中の皆には悪いが、旨くてたまらぬ♪」
ガジガジ子鰯の丸干しを齧りながら、糒の湯漬けを掻っ込む飯井槻さまは矢張り穂井田様謀叛の報せを受けてか、何処か楽しげであった。
「それにしても食事がなにやら質素ですな。あの料理人の御爺様はどうなされた?」
「なにの、ずっとこの屋敷に留め置くのも詰まらんだろうとおもうての、お主とは入れ違いになった様じゃが、新町屋の城で飯を振る舞ってほしいとお願いして送り出したのじゃ。それにの、矢張りわらわにはこっちの方が向いておるからの。ふししし♪」
そう云って盛んに鰯と糒を咀嚼し顎を酷使する飯井槻さまは、直接小皿に「んべっ」と鰯の背骨を吐き出され、噛んだはらわた所為か苦い顔を為された。
それにしても、いつも以上にはしたないなこの御姫様は。
「して飯井槻さまよ、これからどのような手を御打ちに為されるのかお聞かせ願いたい」
呆れた兵庫介は、気分を変える為に飯井槻さまにこう問うた。
「それよりの、こっちからも問いたいのじゃが、なぜ未だ深志家の優勢は揺るがぬのに、お主は何に浮かれておいでかの?」
「は?」
アレ?儂の耳がおかしくなったのかな。
「わらわの言葉をもう忘れたのか?それにお主も戍亥に申したのであろうが、東の三家に穂井田に添谷、これらが同時に蜂起しても今の深志には勝てはせぬのじゃろ?」
「いや、それは……」
確かに、そう儂は申したのだが……。
「よく考えよ兵庫介よ、未だに深志の軍勢は一歩も動いてはおらぬし、兵を一兵も損なってはおらぬのじゃ。矢張りの、今は良いがこれからどうするのじゃと云った処での」
「……」
言い返そうにも言い返す術のない兵庫介は、飯井槻さまの侍女に差し出された膳の、飯井槻さまと同じ献立の、藁で焼かれた眼のない子鰯とにらめっこするしか手が無かった。
それにしても飯井槻さまは、何と冷静な御方であろうか。
新町屋側の舟着き場でひょろひょんと共に笑い合い、バカみたいに浮かれておった様を思い出して恥じ入ってしまった。
ん?ひょろひょん?
儂の隣で、飯井槻さまと儂と同じ献立の飯をのぞき込み、箸ではなく指を使って丁寧に子鰯の身をちぎっては皿に並べている男を眺め見る。
そういやコイツが箸を使っているところは見たことないな。
「おいコラ其処なひょろひょんよ、お前なんだってあの時分、儂に笑いかけたのだ?」
兵庫介はの怒りにも似た、八つ当たり気味の問いかけに当のひょろひょんは子鰯の身をほぐし終えた様子で、おもむろに匙を手に取り糒が沈んだ飯茶碗を左手に構えてこう答えた。
〘余りにも、兵庫介様の機嫌がおよろしかった様子でございましたので、これは危ないと思い至りまして、良からぬ事を言い出さない前に御社さまの下へとお連れ次第でございまする〙
「あ、あっそうでございましたか」
ガックリ肩を落とした兵庫介は、再度自分自身の至らなさ、思慮の浅はかさに愕然としてしまった。
そうなのだ。儂は浮かれた頭のまま自身が率いて来た兵で以て新町屋城を密かに発し、山手の間道伝いに柳ヶ原城に向かい、間違いなく進撃して来る穂井田勢を迎え撃つために出陣するであろう壱岐守を付け狙い、穂井田家と戦に及び隙を見せたところを襲い掛かり、そっ首撥ねてやろうと思ったのだ。
もしまた壱岐守が持病である?引き篭もり精神を発動した場合は、夜陰に紛れて城を襲い、居室から引きずり出してそっ首撥ねてやろうかとも考えてもいた。
どちらの場合も恐らくは、柳ヶ原城に籠りし七千五百の兵を、全軍上げて出さねばならぬ事態であろうから、城は手薄になるであろうし、また穂井田様との合戦に成れば軍陣は混乱もしようからな。
でもやっぱりこの思い付きもダメですか、そうですか。
まあ思い付きだからね、仕方ないね。
「お主も懲りぬ男よの、左様に無駄な戦がしたいかや?そうなった場合、季の松原に取り残されるこっちも、それだと後から只では済まぬであろうにの」
〘御社さま、兵庫介様は根っからの武人でありまするが故、戦ことで頭が一杯でございましょう、致し方ありませぬ〙
呆れ顔の飯井槻さまに、仕方がないとこれを諭すひょろひょん。見たくなかった光景である。
悲しくなるから責めないでくれないかな。
〘戯れ言はこれまでと致して兵庫介様、斯様な時になんですが、何やら先ほど妙案を思い付かれた御様子。是非、飯井槻さまにお聞かせ願いたいのですが〙
「へっ?」
突然話を振られた兵庫介は気の抜けた声を上げた。
ねえ、これって苛めなんじゃね? この期に及んで儂の意見など飯井槻さまに必要か?
「ほほう♪なんじゃなんじゃ? はよ、わらわに聞かせてみよ♪」
「は、はあ……」
〘ただし他に漏れては何にもなりませぬ故、紙と硯を用意いたしました〙
「まさか、これに儂の思い付いた策を書けと申すか?」
〘左様にございます〙
くそ、コヤツ儂を笑いものに致すつもりではあるまいな。
だが、期待に満ち溢れた眼でこちらを見やる飯井槻さまの御様子を見てしまった兵庫介は、涙目になりながら書かざるを得なかったのだ。
「か、書きました。どうぞご覧を……」
書いた紙をひょろひょんに手渡し、一読したひょんひょろはすぐさま紙を折り畳み、飯井槻さまに恭しく捧げ渡した。
「ふ~ん。なるほどの」
紙を寛げ一瞥した飯井槻さまは胡坐をかいて片膝を立てる。
だからね飯井槻さまよ、みえちゃいけない何かが見えそうで楽しみで、いやいや、はしたのうござるぞ!
「兵庫介よ、この策はの」
まあな、いちいち云わいでも解る。どうせアホか!の一喝のもと、不採用であろう?
「見事じゃ♪」
どうせそうだろうよ。儂が空を舞うトンビが野鼠親子を捉えるのを見て思い付いただけ……って。
「はあ?」
「だから、見事な策じゃと申しておるのじゃが、お主、わらわの言葉が聴こえぬのかや?」
マジですか?
「のう、ひょんひょろもそう思うであろう?」
〘左様にございまする。ですが未だこれを用いるには、その条件が揃っておりませぬ〙
えっと、ちょっと待って。何か今の言い回し気になるんですけれども?
「ああ、実はの。大分前にひょんひょろも似たような策をわらわに提示しておっての」
〘恥かしながら〙
なにそれ、それってまるで儂の策が二番煎じみたいに聞こえるんですけど?
「気にするでない」
「気にするわ!」
本日この場で三回目の肩をガックリと落とした兵庫介は、自分の知恵の周りの遅さに愕然としてしまった。
「そうしょ気るな兵庫介よ、どちらかと云えばわらわは、其方の策の方が気に入りじゃ」
「ホントに?」
「無論じゃ。ただ…」
〘もう少しばかり手を加えねばなりますまい〙
「やっぱダメじゃん」
四度目のガックリ肩を落として板間に突っ伏した兵庫介は、あまりにも自分がいたたまれなくなり、遂には床に同化しようと俯せに寝転んでしまった。
「御社様、此処にいたのじゃあ!」
ぐえっ‼
突如現れた『娘侍』のさねに背中を踏んづけられた兵庫介は、喰った飯が咽喉から出そうになってしまった。
「さねよ、下を見るのじゃ下を」
「死ぬ、死ぬかも。オエップ…」
「おお!これはすまぬのじゃ」
兵庫介の上から飛びのいたさねは、素早く飯井槻さまの後ろに隠れペロッと舌を出す。
「それにしてもどうしたのじゃさねよ。まあ話はあとじゃ、ささ、わらわの膝に腰かけよ」
「うん、そうする♪」
さねは言われるままに、ちょこんと胡坐をかき直した飯井槻さまの膝の間に座った。
〘してさね殿、如何なされました〙
「そだったのじゃ、忘れていたのじゃ。コレ読んで御社様?」
ひょろひょんに促されたさねは、無い胸の詰まった懐から文を一通取りだして飯井槻さまに差し出した。
「ほう、何かなナニカな?さねからの恋文かのう?」
「だったら嬉しいか?」
「そりゃ当然じゃ♪」
なにこれ?なにこの飯井槻さまのハシャギようと、さねの好待遇ぶりわ!
呆気にとられた兵庫介をよそに、誠に嬉し気な飯井槻さまはウキウキ気分で文を寛げ、やがて眉間にか細い皺を寄せられ、こう仰せられた。
「添谷が深志に付いたのじゃ」と。




