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飯井槻さまの巻物(3)

第四十二部になったりします。


早いもので、話は後半になってきましたがまだまだ続きます。


いろいろ手を加えていたら、先に書いた話と行き違いが多くなり、結局書き直しが多くなるという何ともおバカな状況になってきましたが、基本は決まっているので明日もちゃんと二十一時にお届け致しますよ。


では皆さま、後半戦ものんびりくつろぎながらお読みくださいませ♪

 お~お、トンビが餌を捜しておるわ。


 ピーピョロロと円を描き、白く曇った空を自由に舞うトンビを眺めた兵庫介は、新町屋城の東側にあたる二之郭から守護(しゅご)(しき)である国主家が領有する、此の国有数の穀倉地帯を眼下に望む。


 ここは五十万貫(十万石)の米が採れる実り豊かな土地で、季の松原城がある小高い山を中心に、周囲をぐるりと高い山に囲まれた盆地でもあり、そこから(ゆる)やかに擂鉢状(すりばちじょう)に形成された地形の中心の小山に主城【季の松原城】があって、その姿は丁度、擂鉢の底に生えた大きめの吹き出物とでも言えよう。


 だが今や、季の松原城をはじめ、御城の守りを固める支城群の主は、茅野家の新町屋城と添谷家の()多頭(たとう)城以外総て、深志家を事実上の主と成してしまっており、黒々とした深志の軍旗が憎らしいくらいに林立してのさばっていた。


「やれやれ、あれらが一斉に攻め寄せて来たら防ぎようがないわ」


 兵庫介は新町屋城の本郭から下界の様子を見て取りながら、ニヤリと笑う。


 今更、状況が変わる訳でもないからな。やれることをやってやろうではないか。



〘戍亥様との会談はどうでござりましたか〙


 相変わらずの無表情ぶりを顔一面に張り付けたひょんひょろが、戍亥様との話の内容を尋ねて来る。


「どうもこうもないわ。軍奉行の心構えは『知るところを知れ』の八文字だけであったし、飯井槻さまからもたらされた巻物を読めば読むほど深志には全く以て敵いそうにないことだけが判っただけだからな」

〘左様にございますか〙

「まあな。で、戍亥様が申して居った『伝手(つて)』とはなんであるか、お主は知っておるか?」

〘そのうち知れましょう〙

「矢張り、知っておるのだな」

〘はてさて〙

「まあよいわ。これも飯井槻さまの御為であろうが」

〘判っておられますようで〙


 するとひょんひょろは、何を思ったのか顔を少しだけ上向きに持ち上げ迷惑気に、いつの間にか空を覆い始めた黒い暗雲を手で払いだし、自らの目先から追い出すそぶりを見せた。


 コイツが何を考えてナニがしたいのか、儂にはさっぱり見当もつかん。


 儂の問いかけを無視する様に手で以て我らを外に追いやり、立ち上がるや足早に屋敷の奥に引っ込んでいかれた戍亥様の、なんとも思い詰めた表情が脳裏に思い浮かびやるせなくなる。


 このままでは確実に飯井槻さまは孫四郎の妻となり、茅野家は深志家の都合のよい分家に成り下がるであろう。


 そう考えた瞬間、全身から怖気が立ち上がり、兵庫介は愛馬の手綱を外し両手で自分の体を抱え込んでしまっていた。





 さて、兵庫介一行は新町屋城に参った時と同じように、賑わう人波を掻き分け茅野家が築き上げた町屋の中へと入っていくのだが、町屋に一歩入った途端、彼の配下達はどうしても、商家の軒先に山と積まれた米俵や糧物(かてもの)、数々の武具や武器類、それにここいらでは目にも出来なかった珍しき品々に心を躍らせてしまい、しきりによそ見をしては列を乱れさせて兵庫介を困らせてしまった。


 確かに、この町屋が出来るまでは御城下の人々は、買いたい品物があっても、月に数度立つ不定期な(いち)でもない限り、欲しい品を手に入れるのが難しかった。


 だが今は違う、國分川を僅かばかりの銭で渡りさえすれば、なんでも手軽に簡単に、しかも御城下の町家よりも格安で手に入れる事が出来るのだ。


 特に今は戦支度と大動員で国中が物資不足であろう。まさに掻き入れ時とはこの事、飯井槻さまは儲かって仕方あるまいな。


 だが、だからと云うて、こうも隊列を乱れさせてもらっては困るのだ。


「左膳」


そのように危惧した兵庫介は、信頼のおける幼馴染に声を掛けた。


「お主ら、シャキッとせぬかぁ!!!」


 兵庫介の意をくんだ左膳は、タダでさえ喧騒甚だしい新町屋でも轟き渡るくらいの大音声を発し、馬廻や近習たちのさざめく心の動きを止めた。


 どころか、町家の者達の動きまで止めてしまったのだから、コイツの腹と喉はどうなっておるのか覗いてみたくなった。


 しかしお陰で我らの進行を妨害する者もいなくなり、えらく楽に町家を通り抜けることに成功したのだ。


 いや、すまんね。


 驚いた表情で以て、こちらを臨む新町屋の人々を横目に見ながら兵庫介は、心の中ですまし顔であったのだ。


 


「それはそうと、ひょろひょんよ」

〘なんでしょう〙

「何か妙案があるのであろう?」

〘はてさて〙


 ひょろひょんは、手も届かぬ雲を払いのける単純作業を止めて、こくりと首を傾げた。


「すっとぼけるのも大概に致せ、イラついて(かな)わん」

〘左様で、それは申し訳ありませぬ〙

「うむ」

〘して、どのような品をお望みで〙

「深志方を破滅させ得る品だ」


 兵庫介は素直に応える。


〘左様な品を存じておるとでも〙

「お主と、飯井槻さまならば存じておろう」

〘さてさて、どうでありましょうか〙


 どこまでも白を切るひょろひょんは、前方を見詰め微動だにしない。


「ふん、それにしても戍亥様の御気持ちが判らぬ。この期に及んでナニを頼りにしようとなさるのだ」

〘戍亥様は戍亥様で、飯井槻さまと茅野家の行く末を考えられた結果でありましょう〙


 戍亥様が企んでおるであろう中身すらも見知っておるであろうひょろひょんは、生えてもいない顎髭を気にしている様子である。のんきなものだ、反吐が出る。


 何故に儂には、コイツの様な広い視野と知恵が湧き出て来ぬのか。


 此の国で起こっている全てを知ることが出来得るならば、屋敷でのんびり鼻毛でもちぎりながら指図だけしておれるものを。


 それが出来るのは唯一、飯井槻さまだけであろうな。


「矢張り、せめていっぺんに、弾正と息子共を一網打尽にできる戦の仕方があれば、この悪き夢も一気に冷めるのだがな」

〘しかし、現在の深志勢を相手に討ち合うなど出来る話では……〙

「ない」

〘………〙

「ないから困っておるのだ」


 クスッと表情を和らげたひょんひょろが、儂の頭上から視線を落としやがった。ああ忌々(いまいま)しい、忌々しい、忌々しい……。


「ああ全く、敵の数が異様に多すぎて迂闊に戦も出来ぬわ、それに代わる手立ても考え付かぬわで、散々だ!」

〘未だ、良い案は浮かびませぬか〙


 今度は眼前を舞うハエを無表情に緩慢に、追い払うことに集中し出したひょろひょんが、兵庫介に問いかける。


「あんな厄介な城、作るんじゃなかった」

〘その心は〙

「戍亥様が儂と同心ではないと気が付いた故だ」

〘伝手、にございまするか〙

「そうだ。戍亥様は戍亥様で何事かを為そうとして居る。であるならば、易々と我が意があってもいうこと素直に聞く訳があるまい。であれば、新町屋の城も当てには出来ぬ事と同意だ」

〘茅野勢四千は戍亥様の手中にあり、新町屋城も戍亥様の支配下にあり。困ったものです〙


 ホントにな。あ~あ、碌なもんじゃねーな、どうしよう。


「それとお前、深志の黒幕が引き篭もりの壱岐守であることを、何故儂に言わなかった」

〘はてさて、左様でしたでしょうか?〙

「矢張り知っておったか」

〘はてさて〙

「流石にここまでくれば儂にもわかる。先ほどの(いくさ)(ばなし)と云い、手の込んだ情報収集の仕組みと云い、あんなこと弾正、いや皮袋や孫四郎なんぞに思い付ける訳もない。奴らの親類縁者とて同じであろう」

〘なぜ左様に御考えになられたのでしょう〙


 コイツにしては珍しく興味を持った眼で儂を上から覗き込んで来たのだ。


「ふふ、何故も糞もあるものか。アレを見れば一目瞭然ではないか」

〘百姓と思しき兵がおおございまするな〙

「それが答えよ」


 兵庫介は前方から渡し舟を降りて新町屋の商家に向かうらしい、深志勢の一団を指し示しながら不敵に笑う。


「ここ、季の松原に集まりし深志方は土豪共の兵は別にして、弾正旗下の兵共は主だった将卒は別にして、その多くは百姓ばかりと云ってもよい。これが意味するところは真の主力は別にいるという事だ」


 即ち深志主力軍を抱え込んでいる男こそが、深志家を裏から操っている者なのだ。


 それは深志が本拠地【柳ヶ原城】にて七千五百の兵と共に割拠する 『深志ふかし壱岐いきのかみ貞光さだみつ』 コイツしかおらぬではないか。


 そしてこれこそが深志側の決戦兵力にして、最強の軍団であろう。



ふと空を眺めると、先程のトンビが物凄い勢いで真っ逆さまになって、葦原に落ちていくのが見えた。


「ほう、流石は猛鳥の類、素早いな」


地上に舞い降りたトンビは、ザッと草と土を巻き上げ、足爪に何かを掴み飛び立つ。


「野鼠か」

〘左様ですな。それも親子を一気に三匹も〙

「ほう、一撃でか。ようもまァー……」



一撃⁉



〘妙案でも浮かばれましたかな〙

「一か八かだが、ひとつ浮かんだわ」

「それは良うございました。さすればこれをお読みくださりませ」


 そう云ってひょろひょんが羅乃丞に促し、奴の懐から差し出されたのは…。


「なんだ、さっきの飯井槻さまの巻物ではないか」

〘二巻目になりまする〙

「はあ?あんなものが二巻もあったのか!」

〘内緒にござりますよ〙


 飯井槻さまと云う御方は、どんな頭の構造をなされておるのか、内容の濃すぎる一巻目と比べても、大して分量が変わらぬ巻物を短時間で書き上げてしまうなど、とても人間ワザとは思えぬ所業だ。


「まあいい」


 國分川の舟着場に辿り着いた兵庫介は、騎乗のままひょろひょんから手渡された巻物の紐を解き、(てのひら)の上で短く寛げた。


飯井槻さま(いわ)く。


『壱岐守め、乾坤一擲のつもりであろうが、自領や旗下の奴腹に命じて無理くり兵を知行十貫に付き八人も集めさせおったわ。稀に見る阿呆じゃの、あやつ深志領をつぶす気か』


 と、兵庫介の見立てを補完する一文が殴り書きで記されていたのだった。


 


 


明日は今までの人物像や状況を整理する為、人物表的なモノをアップいたします。


次回の話は日曜日の二十一時を予定致しておりますので、皆様申し訳ありませんがご了承のほど、よろしくお願いいたします。

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