集結地、田穂乃平。【改稿版】(3)
「ん?そこに控えるわ、ひょろひょんか?久しいな!!」
こう話し掛けてきたのは、良く陽に焼けた筋骨隆々たる騎乗した瀬の小さな武将で、彼は、草原を左右に分けて抜ける表街道の一本道を黒々とした甲冑を身に纏った数百の軍勢を引き連れ、空気揺らめく陽炎の中から現れ、ひょんひょろに対して、如何にも親し気な様子で顔をほころばせて、表街道の道端で畏ってかしずいている、ひょんひょろの一行に声をかけたのだ。
この小男。名を【神鹿兵庫介親利】と云う。
身分としては茅野家配下の外様である。この身分にありながら飯井槻さまの父君の代から彼の父上共々重く用いられ、現在においても常日頃から大層可愛がられ、当人もまた茅野家、というか、飯井槻さまに絶大なる忠義心を寄せている武将である。
兵庫介の差配する領は、茅野領は南西部に位置する山岳部を中心に貫高・七千貫【三千五百石】を持ち、また支城や砦を山間部に幾つか所有する神鹿山城主でもあり、そのうえ、茅野家きっての武名を轟かせる猛将であり作事普請を得意とする家柄でもあった。
そんな彼の齢は数えで二十八【現・二十七歳】。
姿も、見た目通りの偉丈夫である。
この小柄な武人が、これ見よがしににこやかに、さも親し気に右手を挙げてひょんひょろを呼ばわったにも関わらず、彼の姿をの見据えた途端。なぜだかすぐさま表情を曇らせ、苦虫を大量に噛みつぶしたような何とも形容しがたい顔色へと変化させてしまった。
その理由は、、、と云えば。。。
まあ、なんとも子供じみて馬鹿な話なのだが、背がひょんひょろの方が圧倒的にデカい。というどうでもいいモノであった。
ただいま、曲がりなりにも兵庫介は馬に乗っている。つまり騎乗しているのである。翻ってひょんひょろは供を連れて地面で屈んでいる。だが、それにも関わらず、ひょんひょろの頭と自分の顔の位置が同じである事が気に入らず、思わず、童みたいに顔を盛大に歪ませふくれたのだ。
…そうこの小男。悲しいかな背丈が当時の常人よりもだいぶんと低い。僅かに四尺六寸【1m38cm】しかなかったのだった。
くっそ。この身長の差分は如何なものか…。
ひょんひょろから即座に顔を背けた兵庫介は、動揺をかくすため馬の尻を無駄に睨んで臍を盛大に噛んだ。…口中に滲む鉄の味がした。
「いッて!くっ、、……ま、まあいい。してひょろひょんよ、出会ってそうそうアレだが、飯井槻さまは無事息災であられるかな?」
《息災にございます》
「されば、よし!」
こう言い放った兵庫介は、さも満足げに深く何度も頷いた。頷くことによって、彼は自身の心の平穏も取り戻そうとしている。
「では、お主も我らに付いて参れ、物語でもしよう」
兵庫介はひょろひょんを立ち上がらせ、傍らの打ち杭に繋がれていた奴の馬に騎乗させた。
しても、馬に乗れば乗ったで儂より頭三つ分。いやいや、頭五つ分はデカいな。。
ひょろひょんの余りの背丈に絶句した兵庫介は、また気を改めようとして奴に付き従う二人の武士を見やって、またも愕然とした。
兵庫介にとっては困ったことに、一人の武士はひょんひょろ程ではないにしても、ざっと見、奴に負けず劣らず背が高く、兵庫介程の身の丈がありそつな大太刀を佩いた偉丈夫であり、いま一人はこちらまで爽やかな気分になりそうな、とても涼し気な面持ちを覗かせるスラリとした優男であった。
どちらも、儂には一切ないかもしれない雰囲気持ち。と、兵庫介は一種独特な雰囲気を持つ男たちに驚かされた。
彼らもまたひょろひょんの後に続き、すっくと立ち上がるのを見て兵庫介は、もやもやする気分晴らしの話でもしようと、ひょろひょんに対してこちらに馬を寄せるよう促した。
「で、早速だがひょろひょんよ。此度の戦はやはりアレか。国主様の皮を器用にかぶった卑怯者めらが、そうなるように仕向けた故に起こりおった戦であるのか」
取り敢えず気を取り直した兵庫介は、何故東の三家が国主様に御謀反に及んだのかを尋ね置くことにした。
《左様。おそらくは卑怯者。…彼の深志家に謀られたのでございましょう》
…だろうとは思っていた返答が、ひょろひょんの口から述べられる。