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参の家老の戍亥様(1)

またまた股!


サブタイトルが変わります。


今回からは茅野家参爺の三番目、戍亥様がタイトル名になります。


ではまた明日~♪


 さて、一行が城域の外側を囲んでいる櫓を備えた柵門を通り抜け、茅野家凡およそ四千の軍勢が駐屯する領域に足を踏み入れた途端、兵達どころか茅野家に臣従する名のある土豪共や、一隊を預かる将達までもが、怒涛の勢いで兵庫介一行の周囲を取り囲み、口々に何かを訴えつつ近付いてきたのだから、兵庫介達は一瞬怯(ひる)んでしまった。


 はじめは我ら一行の来訪に暇を持て余した者共めらが、暇潰しとばかりに寄って来て話し、あとで、たわいない仲間内の駄弁(だべ)りの材料にでもしようとしておるのかと思っていたのだが、それが間違いであることに彼らはすぐに気づかされてしまった。


「やや、これは兵庫介様お久しゅう御座います。ところで、飯井槻さまは息災(そくさい)であられまするか」

「なんと兵庫介殿ではござらぬか、して、飯井槻さまの身におかしなことが起こっておいでじゃが、まさかアレをそのまま受けたりはせぬよな?」

「久方ぶりじゃな兵庫介殿よ。でな、出し抜けですまぬのだが、俺はな、あの深志の馬鹿力の、えーと、孫なんとかを討ち取りに行きたいのだが、お主は一緒に行かぬか?」


 兵庫介からの挨拶などどこ吹く風、茅野家を支える御歴々の皆々様や端くれの兵共ですら、飯井槻さまの行く末を真剣に案じ、たとえ(かな)わぬまでも、いざとなれば一命を賭す覚悟を持った皆の気持ちが、痛いくらいにひしひしと伝わって来て、これに直接応えることが出来ない兵庫介の心を、徐々に蝕みそうになっていく。


 出来得るならば今すぐにでも、こやつらを率いて深志が巣食う季の松原城に攻め込み、弾正と孫なんとかの首級を挙げたい。とか考えてしまうのを、なんとかかんとか抑え込み、にこやかな笑顔を絶やさぬよう気を配り、努めるしかないのだ。


 しかし、これでは何時までたっても表の城門まで辿り着けそうもない。完全に馬の行く足を止められてしまった。


「皆々様落ち着かれよ!我らは飯井槻さまの命により参ったものである。悪いが、一旦引き道を開けられたい!」


 兵庫介が発した『飯井槻さまの…』と云う、言葉の効き目は絶大で、彼らを取り巻き(うごめ)いていた人海を無言のうちに引か除かせ、城の表門までの通り道を、自然と作ってしまったのだから凄すぎる。


 茅野家中での飯井槻さまの御威光は、これほどまでに(すさ)まじい。


 というかね、みんな飯井槻さまの事が大好き過ぎてしまっていてね、もうね、病気の域に達していると云った方が、この実態に即しているのではあるまいか。


 斯様にして出来上がった一本道を、兵庫介らは威儀を正して歩を進め、表大手門前に構築された深い二重の(ほり)(はた)で待っていた、戍亥様配下の侍共に出迎えられた。


 その彼らに案内されるまま、見知り知り尽くした城内に入ったところで、城側の口取りにそれぞれの愛馬を任せた一行は、徒歩で戍亥様が待っておられる本郭を目指す事と相成った。


 新町屋城は、らせん状に縄張りされた特殊な構造を持った城で、幾つもの郭が意図的に重ねられて階段上の階層を成しており、奥に進めば進むほど、城の最上層に位置している本郭を中心に、各郭が相互に防御し合える構造になっていた。


 本郭は、河岸段丘の東側中心部の頂上に当たり、文字通り本城域の真ん中に位置していた。


 そこから各郭が標高を下げつつ渦巻き状に連なり、重なり合っており、その姿が、あたかも蝸牛(かたつむり)の殻の形状に酷似していたので、新町屋城は通称【蝸牛の城】と呼ばれるようになったのだ。


 まあ、実際に亡き父上が参考になさったのは、仕事柄、田んぼでよく見ていたの田螺(たにし)の殻の形と造りであって、決して蝸牛ではないのだが、これまた人の噂とは怖いもので、茅野家の居館であるところの、碧の紫陽花館を彩る紫陽花に住み着く蝸牛になぞらえて、いつの間にか蝸牛にされてしまっていたそうである。


 それはそれとして、またもや兵庫介一行は、複雑に入り組んだ主防御施設群に行足を散々遮られる破目に陥り、本郭の館に辿り着いた頃には、日が真上から傾き始めた頃あいになってしまっていた。


「いつも思うのだが、なんちゅうめんどくさいものを父上はこさえてくれたのだ」


 無論、使番(つかいばん)などが火急()の用件で辿る早道はあるにはあるのだが、到底まともな道と云えぬ代物であり、正規の道を辿った場合、城方が無抵抗である平時であっても、やたらめったら時間を無駄に取られる堅固さを誇っているのだ。


 それ故、来るだけでも大層疲れるのが難点だがな。


 館に上がるために草履を脱ぎつつ、己自身も新町屋城の改修や増築にと喜々として励んでいる事を棚に上げ、亡き父上に悪態をついた兵庫介は、それでも今度作事に来た際には登りやすく、行き来がしやすいように作りを改めねばなるまいな。などと独り言を呟き、土にまみれた足を洗い、さっさと戍亥様との対面場所に指定された奥書院に向かったのであった。




「やあ、よく参いられた兵庫介、ささ遠慮せずとも()いぞ、そんな畏まらずに面を上げたら?」

「はっ!」


 ぶっ⁉


 奥書院の板間で正座し、大人しく待って居た兵庫介の目の前に、近習を引き連れた、如何にも厳つい相貌の丸坊主の老人が、桃の花びらが舞い散る意匠が施された陣羽織を羽織り、扇子も袴も桃色で、それをさも得意げに見せびらかしながら、ニッコニコで立っている御姿であった。


 なんて格好をしているんだこの人は、なんだこれ。


 思わず吹き出してしまった口もとを必死で押さえ、なんとか爆笑するのを(こら)えた兵庫介は、出来る限り視線を下げて会話するようにした。見たら、絶対に笑い死にしそうだからな。


「い、戍亥様、しばらくぶっ!…ぶりで…ごじゃ、ござります」

「うん、そうだねぇ~。久しぶりぃ~」


 (いぬ)()太郎(たろう)()衛門(えもん)寿(ひさ)(のぶ)(おん)(とし)六十四歳、茅野家の軍事に関わる政策や行政、及び行使の実権を飯井槻さまから(たく)された三家老の一人。


 所謂、参爺(さんじい)の三番目にあたる御仁(おひと)である。


 のだが、なんだこの(じじい)ふざけてんのか。まあいい、取り敢えず御機嫌取りの為にも、衣装くらいは褒めておくとするか。


「そ、そのですね、羽織っておられる美しい色合いの陣羽織(じんばおり)や扇子は、一体どこで手に入れられた一品で?」

「あっ!気付いてくれた?うれしいわぁ~。兵庫介ならこの陣羽織の素晴らしさを瞬時に判ってくれると思っていたのよぉ~」


 戍亥様はなぜか若き女子の様な喜びようで、両手を肩まで上げて陣羽織をひらりと広げ立ち上がると、くるくるりと回転し始めたのだから堪らない。


 その御尊顔たるや、まるで童女みたいに弾ける笑顔でである。


 儂は恐らくここで、笑い殺されるのであろうな…。やだァ~‼


「見てみて兵庫介♡これ、愛しの飯井槻さまから昨日頂戴したものなの、どう?儂にとぉっても似合っておろう?うふふふぅ~♪」


 飯井槻さまよ、儂になんぞ恨みでもあるのか。あんなものをこの野人に御与えなさりやがってからに。


 見れば、戍亥様に仕える近習や小姓の者共も、笑いを堪えるのに必死じゃないか、あっ、小姓の子が可哀想に笑いを堪えすぎて、息も絶え絶えになっているよ~!


 飯井槻さまと戍亥様は茅野家をどうなされるおつもりなのか、是非直接伺いたい。皆笑い殺す気か?ああ?


 ひらひら舞踊り続ける戍亥様に耐え切れず、奥書院の板間に突っ伏して小刻みに震えだした兵庫介は、しかし、こんなことに負けてなるものかと、全身に力を込め、足掻き身もだえる姿は、此の世で是ほどまでに滑稽な絵ずらはないであろう。


 女装して上座で舞い踊る、陽気でバカさ溢れる殿さまにひれ伏す直垂(ひたたれ)姿(すがた)の屈強な武士。


 こんな想像をしてしまい、更に笑いが込み上げてきた兵庫介は、もう勘弁してほしいと切実な気持ちからか、板間をバンバンひたすら叩く他無かったのだ。


「おお兵庫介よ、そんなに楽しいか?それそれ、まだまだ回からよく見るのだぞい」


 桃色爺は回転運動に上下運動まで加えだし、はっ!ほっ!と、調子まで入れてきやがった。もう死ぬ!今死ぬ!飯井槻さまと爺に殺される‼


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