要害、新町屋の城(1)
第三十六部です。
今回から、茅野家が誇る要害【新町屋城】が舞台になります。
それではお楽しみくださいませ♪
さて、別の仕事で来ていたらしい伊蔵と別れ、次いで深志家の軍奉行に挨拶を済ませ、蕨三太夫にも、深志方敗北後の城内の動きを観察するよう繋ぎを付けた兵庫介一行が次に目指すのは、此の国でも屈指の要害【新町屋城】であった。
この城は、今を去ること三十年前、国主家の中老筆頭に抜擢された茅野六郎寿建様が、当時、城づくりの名人と呼ばれた兵庫介の父に命じられ、三年の歳月と多額の銭を使い、國分川の東に聳える断崖を利用して築造された城であった
幼き日より、父に連れられ幾度も城を訪れていた兵庫介にとっては、郷愁を誘う城でもあり、その後に、父が亡くなり跡目を継いでからも、城の増改築や補修の度に再々(さいさい)に渡り訪れては、絶えず改修や普請を実施していて、現在においても、彼にとっては並々ならぬ愛着を寄せる城でもあった。
「新町屋城を訪ねるのは、昨年の暮れ以来だな」
あの時は連日続いた大雨の影響により、新町屋の外郭を囲う空堀が大いに削られてしまい、堀の中に大量の土砂が渦を巻いて入ってしまったので、配下の侍や多量の銭で雇った人夫を大動員して作業に当たらせ、大急ぎで土砂を搔きだし堀の補強を施し、早期の復旧を望んだ飯井槻さまの期待に大いに応えたものだ。
未だに続々と街道を行軍して、御城下入りを果たしていく親深志派の軍勢を避け、着実に馬を進める兵庫介一行は、やがて新町屋城の城名の由来でもある、新町屋と云う名の新興の町の対岸まで辿り着いた。
彼らはここから渡し船に乗って、あちら側に赴くのだ。
「殿様、次の舟にて渡れるそうに御座ります」
國分川流域で渡し船や運船を操業し手広く商売している、川廻船問屋の得能家の船頭と話を付けた近習が、川べりの坂を駆け戻り報告してきた。
「左様か、苦労であったな」
兵庫介は近習を労い、自分達と同じく舟待ちをしている人々をゆるりと見渡した。
「国主家の使いであれば無料なんだがな。まあ、我らも無料ではあるのだが」
ちなみに通常の渡し賃は人なら一人四文、馬なら一疋十六文、荷駄だと重さの違いより、一荷が十文から三十文の範囲で賃金が掛るのだが、商売上での付き合いが深い茅野家と得能家との取り決めで、茅野家に連なる人間に限っては無料となっていたのだ。
この、今でこそ川廻船問屋である得能家は、元を正せば瀬戸内の海賊の出であると云う。
その血筋のためかは知らぬが、得能家は國分川の利権を持つ商家としての表の顔と、そこから得られる権益を守るのに必要な武力を有する、領地無き豪族としての裏の顔も併せ持つ存在であった。
この特異な性質の新興豪族に目を付けられたのが、飯井槻さまとその父君、六郎寿建様であったのが、両家を結ぶきっかけでもあったと云われている。
海岸沿いを中心に内陸に向かって領地を持つ茅野家は、軍事に於いても商いに於いても、国内外で滞りなく活動する為には、先ず、陸地を貫く河川の利用が必須条件であった。
例えば、敵地に展開中の味方軍勢に対して、速やかに必要な物資を最小限の人数で運び込むには、水運を利用した方が効率が良く、何より荷を大量に運搬できるのが強みであった。
その事に目を付けられた六郎様と飯井槻さまは、川廻船問屋として商業的成功を治め興隆してはみたものの、武家としては未だに再興は出来ず、行き詰まりを感じ始めていた得能家に注目したのだ。
國分川の川沿いに、猫の額程度の土地を幾つか、資金繰りに喘ぐ土豪らから高値で購入してはみたものの、そもそも買った土地は皆狭く、人も少なく、瘦せた土地の為に投資にばかり金が掛かってしまい、肝心の人員の確保も絶望的で、逆に新たな人員を他国から雇い入れ土地に住まわせなければ、領地経営もままならない事態に陥ってしまったのだ。
目論見が外れた得能家はすっかり困ってしまった。
この所謂、心の隙間に付け込む形で、得能家に事態の解決策兼儲け話を持ち込んだのは、飯井槻さまの企みであったそうな。
彼女はお互いの得手不得手を先に説き、実際に茅野家が行っている海上運送の様子や商売の仕方を、彼らに余すところなく開示し、実際にやらせた事で証人としての信用を得て、その後も、幾度にもわたり人員を行き交わせて、双方の家の良い点や悪い点を認識させることに成功した。
その上で、交易収入の多くを海運に頼る茅野家と、川廻船運送の収入に頼る得能家は自然と昵懇の間柄になっていき、お互いに不得手とした事業を補い合う事で持ちつ持たれつの関係を築かせ、商売人らしく疑い深い得能家からの信頼を獲得した。
これにより得能家は、経済・領地運営に必要な多額の資金の確保に成功し、重ねて、元来領地無しの根無し草身分であった彼らは、今や立派な領地持ちの武家にまで成長する事にも成功する。
その理由は簡単。昵懇の間柄になった飯井槻さまが、得能家の当主に対し、三百貫の貫高で直臣にならないかと誘いを掛けたのだ。
『深志家の野望渦巻く昨今、土豪共も銭が要り用での、自ずと土地を買い足すにしても、今より瘦せた土地を高値で握らせられるだけじゃ。どうじゃ、当家に仕えてみないか』と。
此の国の守護職であり、茅野家の主君でもある国主家は勿論、他の家に対しても、得能家が茅野家の配下になった事実は、その一切を漏らさないとの申し出が得能家当主からあったが、飯井槻さまはこの条件を笑顔で飲み下されたされる。
以来、対外的には完全に秘密にされており、従うふりをして、この約束が守られるかどうか、飯井槻さまの素行を試していた得能家は、守られた事実を確認したあと、当主である得能彦十郎通益が、自ら進んで望んで飯井槻さまに拝謁したことで、晴れて茅野家家臣に加わったのだった。
まあ後日、兵庫介が聞いたところによると、当たり前と云えば、当たり前の話だが、あの飯井槻さまが只で、得能家の申し出を引き受けた訳ではなかったことだ。
そうしておいた方が得能家の特質である、自由な商人としての活動が阻害されず、配下に成った事実で無用な軋轢を、国主家や深志家を始めとした他家に知られては、折角の果実が無駄になってしまうのだから。
これ以外にも、国内外各地での情報収集や、人脈の創造にも一役買わせており、既に茅野家では重要な役割を与えられた家の一つになっていた。
まあ是すらも、飯井槻さまと参爺はじめ、極僅かな人間にしか知らされていない機密なのだがな。
お陰で、我らは川の渡し賃などは無料なのである。
びっくりであろう、儂もびっくりしたわ。それまでは、渡し賃などの必要経費は事前に支払われていると聞かされていたからな。
ひょろひょろに先程小声で聞かされた時の、儂の驚き様を見せてやりたい位にな!
注・彼は得能家が茅野家の臣下である事実を聞き及び、余りの衝撃に驚いた拍子に愛馬から転げ落ち、痛めたままの両膝と腰を河原の石礫にしこたま打ち付け、悲鳴を挙げて転げまわっています。
さて、海運事業にも乗り出せたおかげで、とっても裕福な商人武家領主になることが出来た得能家だったのだが、さりとて悩みの種がないわけでも無く、そのもっともなるものが、國分川の交易権を黙認する代価として、兵や物資の無償運搬作業、軍資金である矢銭をしつこいほどに要求して来る。守護職国主家の存在であった。
これは、茅野家との良好過ぎる関係に比べれば雲泥の差で、搾り取る一方の国主様と、余計な事も言わず、大いに儲けさせてくれる飯井槻さま。得能家の期待と信頼がどちらに多く傾くのか、今更言うまでも無いだろう。
それに最近では、国主様の権威を嵩に来た深志家が、主に成り代わり同じ待遇を要求して来ている始末であるそうな、やれやれ。
兵庫介一行は、岸辺の舟着き場に舟が着く頃合いを見計らい、交代の為に待って居た水夫たちに頼み、着岸した舟に先に乗馬を引き渡して次々と載せてもらった。
まもなく人と馬と荷で満載になった川舟は、いざという時には、武人に早変わりするであろう、これ見よがしに額と頬に刀疵のある厳つい面をした船頭と、同じく屈強な兵に変わるであろう、十人の水夫らに操られ岸辺を離れ、目的地である向こう岸へと水の流れに乗せて、ゆっくり船首を回頭させ出航した。
渡し船の旅は時間的には短いものの快適で、なによりも心地よい揺れ具合いが、兵庫介の疲れた体を眠りへと誘うには十分であったらしく、気付けば向こう岸の新町屋の船着き場に着いてしまっており、眠っていたことに我ながらびっくりさせられた。
兵庫介は大きな欠伸をして舟を降り、愛馬を引き渡された際に、船頭と水夫たちに厚く礼を言い、得能家の計らいには感謝している旨を伝えた。
すると、刀傷が残る船頭が豪快に笑い、こちらも、飯井槻さまには大層儲けさせて貰っておりますから、お気になさらずにと答え、船に新たな人と荷駄を積み込み、さっさと出航していった。
「では参るか」
兵庫介は配下に告げ、商家や宿場が競るように立ち並ぶ新町屋の道に、久しぶりに足を踏み入れる。
彼の頭上の断崖の上には、これから登っていく新町屋城が、眼下の者供を力づくで地面にひれ伏せさせるが如く、禍々しいばかりの威容を誇りながら迫りくるようであったのだ。