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東の三家(5)

東の三家はこれで終わりです。明日からはまたまた違うサブタイトルとなります。


どうか皆さま、楽しみにしていてください。


あっ、今回も物語が動きますよ。


では、また~。

「なんだひょろひょん。結局お主も知っておるではないか」


 一気に不機嫌になった兵庫介は、床几(しょうぎ)の上で胡坐をかき膝に両手を乗せぷっくりふくれた。


〘怒りざまが御社様でございまする〙

「まことに」

「放っとけよ」


御生まれになった時分よりこっち、飯井槻さまと儂との主従としての付き合いは、彼女の年の数と同じだからな、似て来るのも致し方無かろうが。


「それよりも早く事の次第を話しやがれ!」


 頬をぷっくりさせたままの兵庫介は、ひょろひょんに催促する。


〘それではお伝えさせて頂きまする〙



 ひょろひょんの云うには、東の三家側でもこれくらいの儲け話では、敵方の百姓どもが乗って来る筈がないのは百も承知であったという。


 当り前の話になるが、東の三家は自領に押し戻されて引き篭もっておる身。その様な者達が、如何様(いかよう)な得する話や馳走を持参しようと空手形(からてがた)となっては(しま)いなのである。


〘そこで東の者達はこうなさりました〙


 不意に地面の細かい土を取り(てのひら)に乗せ、ふ~っと、息を吹きかけ散らせて見せた。


「えっ、なにそれ?どゆことなの?」


 毎回コヤツのやる例えは、抽象的すぎて意味が分からん。


「散り申したのでござる。東の三家の兵共は城から皆、散尻に逃げ散ったのでござる」

「逃げた、だと?」

〘蜘蛛の子が(まゆ)から(あふ)れ逃げるが如くに〙


 あっ、この例えはわかるわ。


 兵庫介は、ひょろひょんの発する謎かけの言葉の意味が理解できたのがよほどうれしかったのか、一人ニヤッとした。


「しかしそれでは東の三家は敵方の百姓を取り込むどころか、自身の兵にも逃げられ万事休すではないか。これで一体どうやって勝ったというのか」


〘それが、この策の胆にござりました〙


 ひょろひょんは東の三家が目論んだ策の種明かしを話始めた。


 東の三家は囲まれている。もはや此の国に逃げる場所とてない東の山間部においてである。


 しかも、やがては深志勢が大軍を(もよお)して押し寄せて来ることは火を見るよりも明らかで、そうなったが最後、東の三家は山に籠ったまま、春先の雪解け水が如く溶けるようにして此の世から消えてなくなるであろう。


 ではこれを、空から眺める鳥の如く目線を変えて見てみよう。


 東の三家は深志側に(くみ)する、かつての組下であった土豪五家の軍勢に囲まれている。


 彼らは強大な深志家の後援もあり、同じく深志側に付いた周辺の土豪共の支援を受け、都合、三千五百騎という東の三家を大きく上回る兵数を擁しており、この為、出陣した東の三家の先鋒隊を力任せに押し返し、その本隊ごと領内に閉じ込める役割を果たせたのだ。


 初戦は深志方の勝利であった。


 ()()、当初予定通り、東の三家の領地を取り囲むように要所に砦を築き、これによって彼らの領外との通行を阻害し、また各家の連絡までも遮断することに成功した。


 あとは深志家が出張ってくれば、無駄に兵を損なうことも無く楽々と雌雄を決することが可能であったろう。


 五家がそう考え、僅かながら気を緩ませても仕方がない状況が、ココに産み落とされたのだ。


 東の三家は、此の針の穴を覗き見るような奴らの気のゆるみを、じっと城に閉じ籠り待っておったそうな。


 三家は主な通行や連絡が遮断されたとはいえ、そこは蛇の道は蛇、険しいものの人知れぬ隠れ道を使えば、極少人数ならば各地に人を派遣することは可能であったのが幸いした。


 東の三家はこれを用いて連絡を取り合い、五家の百姓に繋ぎを取ったのだ。


 そして勝機を見出した。


 五家の領内に赴いた人員から、五家の者共がもう戦に勝ったと思い領内の警戒が疎かになっている事、また各要地に駐屯している土豪の中には気の抜けぬ戦の疲れからであろうか。領地を想い懐かしむ余り、東の三家が囲まれることで、先の知れた戦に嫌気が差した三家の兵共が、そのうち雪崩を打って逃げ出すのではないかと、そう本気で思っているらしいとの情報が伝えられてきたのだ。


 作戦は決定された。


 先ず、包囲している敵陣に東の三家に仕える将兵の間で、厭戦気分やよく考えもせず深志家を敵に回した無能な主家に対する反感が広がっており、近く逃亡を始めるのではないかとの噂を流した。


 ついで東の三家はその無能ぶりからか、蓄えておる兵粮に乏しく、反深志の情念から思い立った謀叛までは重臣の合意を得ることも無く即断即決であったこと、そのお陰で余りにも余裕のない兵粮は、打ち破った敵勢や途中の村落から分捕る事を目論んでいた事、そして今は敢無(あえな)く篭城する破目となったため、毎日戦々恐々、遂には城を放棄し一族郎党逐電する算段をしておるらしい。と云った噂まで流したのだ。



 やがて、その時はきた。



 東の三家の各城砦を見張っていた将兵から次々と、東の三家の者共が逃げ始めたとの連絡が五家の土豪共のもとに寄せられたのだ。


 その情報の中には城を捨てて兵に混じり逃亡する、印南家の当主の姿を見たとの目撃証言まで混じり、この話に接した土豪の中には、これを追い生け捕りにして深志家への馳走としようと考えるものまで現れた。


 是こそ天祐! 他家に遅れてはならじと勇んだ五家の土豪共は、隊列もろくに整えず、出たとこ勝負の出陣に打って出てしまったのだ。


 天祐は、東の三家にもたらされた。


 結果。逃げたと見せかけ、待ち伏せに容易な場所に潜んでいた東の三家の軍勢は、バラバラに領内へ突っ込んで来る土豪共の主隊を幾重にも取り囲み、総て討ち取ってしまったのだ。


 その後、五人の土豪と、彼らの主だった配下の将の首級を掲げた東の三家の先鋒隊が、土豪のかつての領地に入った時には既に彼らの居城を含めた城塞は放棄されるか、または武装した百姓たちに占拠されていたのだ。


 かなりな数の若い衆が兵に取られたとはいえ、それでもこれだけのことを成し遂げた百姓の底力に、兵庫介は思わず恐怖した。


 それもあってか東の三家は敢えて雑兵を討ち取らず、土豪のみを狙ったのもあるのではないかとも考えてしまった。


 兎も角も、眼前の強敵を打ち破った三家は勢いに乗り兵を急速に増加させつつ、五家のしくじりと同じく、割合無防備であった近隣の土豪らを押しつぶしながら御城につながる東の表街道にまで進出に成功したのだった。


 だが、組下に裏切られたのにも気付かぬ東の三家が、斯様(かよう)(はかりごと)を思い付くことなど出来得るであろうか?


もしかすると……。


 兵庫介は顔を上げ目の前のひょろひょんと伊蔵を見比べる。



 もしかすると、いや、もしかしなくとも、全て飯井槻さまとコヤツらの謀ではないかと、そう思ったのだ。


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