東の三家(4)
第三十四部になります。
それでは皆様お楽しみくださいませ♪
さて、東の三家とは、幕府領保護の為に京から遣わされた三人の奉公衆の者達で、印南家を筆頭に河埜家、神嶌家の三家の武家の事を云った。
かつてはこれら三家に、国主様の三番家老である深志家が同じ幕府奉公衆であったことは結構前に触れたとおりである。
「して左膳よ、如何なる手管を以て東の三家が土豪連中を打ち負かしたのか聞き及んだか?」
「流石にそこまでは……」
〘兵庫介様、それにつきましては彼の者が見知っておりまする〙
「なんだと?」
そう告げたひょろひょんの傍に、左膳と同じくらいか、僅かに高い背丈を持つ大太刀持ちが立っていた。
「お初にお目にかかりまする。拙者、鎗田伊蔵と申しまする」
此の者、名を〖鎗田伊蔵惟頼〗と云う。
うん、皆まで言わずともわかるよね。うん、そうなんだ。またなんだ。飯井槻さまに恥ずかしい名を付けられた者なんだ。またもう、マジであの御人なんなん?
股だけにな!
まあ、いいや。それよりも、いつの間にこんな強そうな奴が紛れていたのか。だがしかし此の者、どこかで見た思いも薄っすらあるんだがな…。
「挨拶痛みいる。儂は神鹿兵庫介と申す。が、はて、以前どこかでお会いしたような気がするのだが…」
「それならば田穂乃平にて」
「あの時の! 成程、ひょろひょんの後ろに控えておった侍の一人か、これは失礼を致した。して、もう一人の控えし者は如何した」
儂の記憶では、確かもう一人いた筈なんだが。
「彼の者は別口にて此処にはおりませぬ」
「左様か、ひょろひょんの配下は皆忙しいな。感心してしまうわ」
そういった途端、ひょろひょんも伊蔵も妙な顔つきになった。
特にひょろひょんに至っては、とぼけた面を眉毛を下げる事で更に惚けた面にしやがった。なんか腹立つ!
「兵庫介殿は御存じありませんでしたか。我らは個々に御社さまに雇われし者達、つまりは同輩にござります」
「は?そうなの?では、さねちゃん…。いや、さね殿も飯井槻さまに拾われ雇い入れられた口になるのか?」
「申せませぬ」
「なんで?」
「察して頂けるとありがたい」
「ひょろひょんも申せぬか?」
〘はてさて〙
「あっ、そう」
さねには人に云えない過去めいたモノがあるのか。意外だな。
「まあよいわ、で、先程の話の続きだが、其方は東の三家が勝てた経緯を存じおると聞き及んだが、誠か?」
「誠にござります。先日来、彼の地に居りました故」
「何しに参っておったのだ」
「申せませぬ」
「お前ら申せぬ事ばかりだな。アレか、飯井槻さまの関係でか?」
「左様」
「わかった。なれば敢えて聞くまい」
どうせね、そんなこったろうとは思っていましたよ。ええ。でもね、こき使うだけこき使っといて、儂だけ仲間外れみたいなのはズルくない?
「そう申されましても…」
〘御辛抱為されませ〙
「辛抱堪らんのだが?」
だってほら、見て見て儂の足、ね?穴ぼこに擦り傷だらけでしょ?それにほら、ココなんか殴られちゃってね、赤みがまだ引かないの。
袴をたくし上げ、しきりに向う脛を指差して見せ、是までの儂の苦労を物理的に披露する。な?痛そうで堪らんであろうが。
〘ご苦労様にござりました。では先程の話の続きを…〙
「ひょろひょ殿承知仕った。兵庫介殿にはあとで傷に効く膏薬でも御持ち致しましょう。それでは早速続きを始めまする」
「あっ、はい。すいません」
儂の苦労話を聞く気がない二人は、そんなのどうでもいいとばかりに話を進めようとする。うん、そっちが大事なの知ってた。
我らは厩戸の御門より離れた日陰のある土塁の片隅に移動し、三つの床几に腰を下ろした。
無論、軍目付への挨拶もぬかりなく、近習を一人役宅に派遣しておくのと、もう一人は御城に籠りし蕨三太夫の繋ぎに走らせるのも忘れない。
残りは、我らの近辺へ誰も近付けぬよう左膳に手配りさせ散開させて守りを固めた。
「して伊蔵よ。落ち着いたところを相済まぬが、件の東の三家が如何様にして勝ったのか、委細包みなく申してみよ」
「先ず、東の三家が謀反ののち、深志めに与した土豪五家に取り囲まれていたのは御存じであろうか」
「周りが敵だらけであった事は存じておった」
「なれば、東の三家と深志方五家の兵数は」
「東の三家は普段の軍役であれば一千四、五百だな。底ざらえにさらえば二千五百はいくのではないか?五家については解らぬ」
「左様、東の三家の触頭たる印南家が一千、他の家が七百と五十。都合二千五百でござった。対する五家が三千と五百、これが三家の領地境に詰め寄せ砦を要所に構え申した」
「深志の本隊が来るまでの押さえとしての役割だな」
「左様」
伊蔵は云う、予てより深志側と談合し結託していた土豪五家は、もともと東の三家の組下の者共であって、東山地の国境で一丁事ある時には東の三家指揮のもと、それぞれ兵約三百騎で参陣し、武力を以て侵入して参る他国の武家を排除するのが役目であった。
これが為、深志家排除を目論んだ東の三家は、既に寝返りを打たれた事にも気付かず彼らを頼りに挙兵に及んだのだが、挙兵した途端、逆に進撃を彼らに阻まれ、あまつさえ領内に押し込められる羽目に陥らされたという。
「そんな状態で良くぞ勝てたな」
「さればでござる。彼らとてバカではありませぬ。自らの城塞を護持する一方、とある取り決めをある者を通じて敵領内の名主共と取り交わしたのでござる」
「敵領の百姓の長と東の三家は、どの様な約束事を致したのだ」
「我らに与せよ。与して勝てば今年の年貢は取らぬ。更に来年からの年貢は是までより二割減す。軍役も軽くする。証拠に手付として各村落に永楽通宝を三十貫文ほど置いていったそうにござる」
「気前がいいな。しかしなるほどな。手付と云う名の大層な置き土産でもあるのか」
当時、田畑からの取れ高は名主などの村を統括する者のもとに一旦納められ、これを商人との取引により銭に換金したのち領主に納められる。無論その中には兵粮としてそのまま納められるのも在ったが、これも次か、その次の年になれば換金され、銭に替えられていた。
だがこれも、良い銭があったればこそなのだが。
世の中には有力者に私鋳された、値打ちの裏付けの低い悪銭が蔓延しておるからな。それに比べ良い銭は皆唐渡で、その絶対数も少なく秘蔵するものまで居るので、そこいらの村落では生半には手にすることは出来ぬ。一体どこから東の三家は手に入れたのか、気になるな。
「もしやとは思うが、東の三家は木材でも売って稼いでおるのか?」
「よくお気付きで、左様にござる」
「我らも同じだからな、それくらいは解る。で、百姓どもは快く裏切ったのか」
「まさか。彼らとてバカではござらん‼」
「ですよね、ではどうやって彼らを味方に引き入れたので?」
いきなり怒鳴るなよ怖いだろ、情緒不安定か?
思わず卑屈になってしまった兵庫介は、肩を竦ませてしまった。
〘それにつきましては、そこもとが申し上げまする〙
今まで黙っていたひょろひょんが、やおら口を開いた。




