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東の三家(2)

第三十二部になります。


それではまた明日です。


皆様、楽しんで読んでくださいませ。

 やっと飯井槻さまを振り切り、御城に向かうことが出来た兵庫介は一行は、大手御門に行くのとは反対方向の西へと歩を進め、やがて國分川の東側を沿って都まで伸びる表街道筋に出る。


「やれやれ、飯井槻さまにも困ったものだ。そうは思わぬか左膳よ」


 兵庫介は、季の松原城西ノ谷の奥まったところに微かに見える茅野屋敷の屋敷郭を(のぞ)み、行列の先頭を行く右左膳に話しながら肩をすくめる。


「おいたわしや」

「ん?なんぞ申したか」

「飯井槻さまが哀れにござる」

「はい?」


 うん、儂の利き間違いであろうか?


「そうは思わぬか、皆の衆?」

「同意!」

「あんなにも深志孫四郎を嫌がっておいでとは露知らず…」

「左膳様の御心意気に感じ入り申した!」

「我も同意にござる!」


 おいおい、どうしたの?お前ら。


 だが儂の動揺をよそに、一行に参加しておる左膳を含めた五人の当家の武者共が、皆口々に飯井槻さまに同情を寄せ、他を憚らず「おいたわしや」だの、「左膳様に同心致す」だのと、何とも行列が騒がしくなってしまった。


 内情を知る儂としては、どう考えても飯井槻さまの自業自得なんだが、そうとは知らない配下の者共にとってみれば、目の前で落涙して見せた飯井槻さまがなんとも哀れに感じてしまったらしい。


というか、あの飯井槻さまのアホな面丸出しだった情景のなかで、斯様な感想が出てくるお前らがある意味凄いわ。


「殿様はどうお考えにござる」


 遂に矛先が儂にまで及んできた。うん、まあ聞かれるとは思っていたんだけどね。


「えっと、ただ儂は、この身全てを以て、飯井槻さまの御為に尽くす所存だ」


 コホンと一つ咳払いしてから、さも真剣そうな顔をして答えてやった。


「成る程、この左膳いたく感じ入り申した。なれば最早云うことはござらぬ」


 何に感じ入ったのやら、それっきり左膳を始めたした武者共は押し黙り、ただただ眼光鋭い眼で、季の松原城の至る所に(ひるがえ)る深志家の黒々とした軍旗を睨みつける作業に没頭し出したのだ。


 やれやれ、やっと落ち着いたか。それにしても君たち、深志家の人も他の家の人もいるんだから程ほどに致しなさいよ?

 ほら、先頭の左膳ちゃん。道端でくつろぐ深志の雑兵を睨みつけないの。


 その人たちだって、こんなトコロに来たくはなかった筈だよ。見た目もまんま百姓なんだからね。あの雑兵のみなさん、田植えで忙しそうなこんな時期に領主の為とはいえ御苦労さまです。そして、うちの奴等がバカでごめんなさいね。


 などと、こちらの異様な様に気付き、訳も判らないながらもなんだか怖そうに離れる深志家の雑兵たちに、兵庫介は心の中で謝罪しつつ、黙々と前進を続ける神鹿家御一行様であった。



「それにしてもなひょろひょんよ、今度は(うまや)()の御門に(おもむ)けとか、儂に何をさせるつもりでおるのだ」


 兵庫介はひょろひょんに対して、何とはなしに愚痴ってみせる。


 季の松原に到着してからこっち、当人の意思に関わらず、毎日毎日忙しくさせられている身分としては、茅野家の枢機に関わっている当事者になにか一つでも言いたくなってしまったのだ。


〘これも御役目というものでございます。そろそろ諦めてくださりませ〙


 と、いつもの様に抑揚のない物言いと、茫洋とした表情のひょろひょんは兵庫介に応じた。


「意味も解らず働かされるのも、コレ飯井槻さまの御為、か」

〘左様にござります〙


 そのうち儂が下剋上、してやろうかな。


 そんな不穏な考えが頭をよぎるが、意味が無いし、儂と飯井槻さまでは器量に違いがあり過ぎて、万が一にでも勝てる絵図らが一向に浮かばない。


 ここは飯井槻さまが仰られた通り、向学のためだと一心に想い、絶えず思考を空に飛ばしながら従うほかあるまいな。


 そんな儂の想いを知ってか知らずか、こちらも空を見上げて心ここにあらずと云った面持のひょろひょんは、騎乗した馬の背を優しくポンポン叩き、なにやら調子を取っている様子である。


「歌でも詠んでおるのか?」

〘まさか〙


 ではなんだというのだ。どうみても聞いても、背中を叩く具合が五・七・五……と、短歌か詩歌の調子ではないか。


〘歌を詠む趣味はありませぬ。これは癖にございます〙

「小さき頃からそうなのか?」

〘左様でございますな。少し難しいことを考えておりましたら、自然にこうなる様にござりまして、いわれてみれば小さき頃からだったやもしれませぬ〙


 こちらには目もむけず、静かに、だがハッキリと聞き取りやすい声音で応えるひょろひょんに儂は、その考えとはいったい何かと問うてみた。


〘それは内緒でござります〙


 そう言ってひょろひょんは、今度は傍を流れる國分川に視線を落とした。


「まあ、いい。そのうちに知れようからな」


 コイツに聞いても結局は、謎かけみたいな話をされるだけで儂はそれを解くだけでも一日は費やしそうだからな。


 朝の大台所でもそうだった。野火についての話を聞かされただけで、結果、まだ半分も意味が解けてないのだからな。


 そうこうする内に兵庫介一行は表街道筋に別れを告げ、今度は西に延びる道に入っていく。右手には、御城の外郭を防備する國分側から引き入れた水が満々と蓄えられた堀が東西に走っていた。


「もうすぐ厩戸の御門だな」


 眼前に、堀を遮り御城へと延びる水抜きが供えられた土橋が現れた。


「開門!と催促せずともいいらしいな」


 厩戸の御門は何故だか既に開かれて居り、しかも門前では各家から来たとおぼしき人だかりが出来ていたのだ。


「なんであろうか、左膳わかるか?」


 一行の先頭に立っている右左膳に様子を聞く。


「なにやら揉めているように見えまするな」

「人を遣るか?」

「間もなく到着致しまする(ゆえ)、御無用かと」

「左様か」


 確かにあと三十間も歩めば土橋まで辿り着く、騒ぎはその時にでも窺えばいいだろうな。


 チラッと隣を進むひょろひょんの様子を見やる。もしかしたらコイツは、この騒ぎの原因を存じているのではないかと思ったからなのだが、表情一つ変えず御城の重厚な防御設備と山肌を臨んでおるだけで、何の反応も見せようとはしなかった。


「まあいい」


 嘆息した兵庫介は、段々と近くなってくる騒ぎの様子を眺めるしかなかった。


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