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割とキツめの酔い覚まし(3)

さてさて皆さま、万葉歌人、高橋蟲麻呂の半生を綴る、なんとも雅な御話の第二十七部を………。お届けしません。すいません。


さて、上記の高橋蟲麻呂さんとは、飯井槻さまが大好きだと仰られてる万葉歌人なのですが、えっと、御存じな方はご存じでしょうが、知らない方にお知らせいたしますと、彼は平安時代を代表する歌人の一人なんです。


が、実はこの方、シモな方面の歌にも長けた方でございましてですね。試みに一首御紹介いたしますと。



『ひとつまに いふはたがこと さころもの このひもとけと いふはたがこと』


 訳 私のような人妻に、誘いをかけるのは誰でしょう。着ている衣を脱げと言い寄るのは誰でしょう。


なにこれ、エロい!



実はこれ、かの万葉集に掲載されている歌なんです。 


アホや、アホやでこの人!!こんな歌を幾つも臆面もなく載せる万葉集もアホで大好きだ!!国宝ばんじゃーい!!


てな訳で、いつもの如く皆様は、ダメな作者を華麗にスルーしながら、あくまでも【ひょんひょろ侍】第二十七部の始まり始まりです。


それでは皆様、お楽しみくださいませ♪


では、またー。


 なんだかんだで飯井槻さまが指揮を執った結果。


ひとり寂しく湯飲み片手に風流にも月を眺めつつ、報せまだかいなぁ~とか、来る訳もない使者をおねんねしながら待って居った、儂の貴重な時間を返して欲しい。


「お主は寝てただけであろうが、それが不満か兵庫介よ」


 不思議そうな表情を為された飯井槻さまは、ニヤつく悪戯っ子の表情を浮かべてバカの子をのぞき込まれた。


 対するバカの子❌立派な侍◎の儂はと云えば、飯井槻さまに言い返す術がないと悟ったものの、コイツにだけは是が非でも負けるのが嫌なので、嫌がらせに、この勝手者の頭に出来ているコブを、もっと大きく鏡餅くらいにしてやろうと思い立ち、爺様が使っておられた檜の棒を一所懸命に探していた。


 まあ、ある訳がなかった。だってここ奥書院だし。



「こ、こほん。ですが、よく我らが軍勢の入城を皮袋が許しましたな」

「そこは、ほれ。国主様の御為とか申しての。存外、楽々じゃったのじゃが、それよりものう…………」


 すると、どうしたのか、飯井槻さまの目が徐々に光を失い、遂にはまなこが死んで仕舞われたのだ。


「ん?如何(いかが)なされた」

「わわ、わら、わらわは、が、頑張ったのじゃ、あのバカ者と対面するのも……い、嫌がらずに…の、のう、兵庫介よ、わらわを褒めてくりゃれ……?」


 何を言っておられるのかさっぱりだが、涙目に上目遣まで重ねて訴えられては致し方無い。


「よう頑張りなされましたな、ああ、えらいえらい」


 なんとはなしに頭を撫でようと手が出かかったが、気合で引っ込めたので、よもや儂の不始末はバレてはおらぬだろう。


「で、誰と御会いになられたので?」

「判っておろうに…。ま、ま……孫四郎じゃ。あれは生理的に受け付けぬ」


 飯井槻さまが珍しく物凄く動揺なさっておる。まあ、大体想像はついていたがな。


 儂は孫四郎と直接会うたことはないが、確か、身の丈が七尺(ななしゃく)(ちこ)うもある筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)たる化け物。……偉丈夫であったな。奴は実父である深志弾正とは違う類の猛将で、戦場の駆け引きなど一切気にせぬ力任せの男だと記憶している。


 故に、奴の戦法は単純な力押しの一辺倒で、それも最初の猛攻をスカされるか退けられれば、たちまちのうちに率いる軍勢は威力を失い、いとも簡単に押し返されるとも聞き及んでおる。


 戦のコツを総身で体得している様な弾正とは、親子と云えども似ても似つかぬ猪武者であるのだ。

 まあ、少数同士での戦か、単騎での打ち合いならば無類の強さだがな。


「飯井槻さまが斯様かような猛獣めいた(やから)と、ようもまあ御面会なされましたな」


 この御方の、人の知性や面白みを愛する性格からすれば、嫌いも嫌い大っ嫌いな種類の男であろう。しかも深志側のごり押しで、限りなく近い将来には婿に寄越される男でもある。


 もしや飯井槻さまには自罰趣味でもあるのか、はたまた季節的にちと早いが、肝試し気分でも味わいたかったのか。さて、どっちだろう?


「お主はわらわを変てこ趣味の持ち主にしたいのかや⁉ もう違わい‼ あれもこれも全ては策の為なのじゃ」


 さっきまで泣きそうな顔をしとった癖に、今は息まいて儂を睨んでくるのだから堪らんなぁ。


「さよか、ではその策とやらは、どういった代物でありましょうや」

「うむ、教えてやらんでもない」


 はいはい、謹んで御聞き致しましょう。


「深志の奴らをわらわの魅力でたらしこんでの、密かに反撃の機会を窺う策なのじゃ」

「はぁ?」


 なんじゃそら、バカなコイツが何を言ってるのかだれか説明してくれ。


「例えばの、孫四郎は成りはあんな男じゃが、心は平安貴族もびっくりの夢見る乙女なのじゃぞ」

「へぇ~。えっ⁉」


 またまた左様な絵空事を。最近すっかり耳が遠くなったのか、聞き間違いをよくするようになったようだわ。


 耳を疑った兵庫介は飯井槻さまにお願いして、さっきの言葉を繰り返し云うて貰うこととした。


「なんじゃ面倒くさいのう。あ・や・つ・の・心・は・の。常日頃からトキメキを求めている。平・安・乙・女。そのものなのじゃわ」 

 

 儂の脳内では、顔におしろいを塗りたくり、分厚い唇にはちょんと可愛らしく紅をさして、煌びやかな十二単を豪快に着飾った、身の丈七尺余りの平安(へいあん)筋骨漢女(きんこつおとめ)が現れ、しなを作って可愛らしく居座りやがった。


 吐きそう。


「たぶんそれ、都を騒がす鬼か魑魅ちみ魍魎もうりょうの類です。検非違使(けびいし)(それがし)が必ずや討滅(とうめつ)(いた)してくれましょうぞ!」

「はあ?たれが検非違使か。兵庫介よ、頭は大丈夫か?」


 お前が言うな。


「こほん!」


 咳ばらいをして怖気を退けた兵庫介は、飯井槻さまに話の続きを促す。しっかりせよ兵庫介よ‼ と、自身の肩をポンポンと叩きながら。


「お主の冗談のお陰で気持ちが安らいだのじゃ、もしかしてわざとやってるのか?ふししし♪」

「………まあな」


 これ幸いと、ごまかしておくことにする。


「そかそか、んじゃ話の続きじゃな。孫四郎は身体は怪物、心は乙女の困った男なんじゃが、伯父上様が申すには、あやつ、わらわと夫婦(めおと)になるやもしれんと大層喜んでおるようでの、これは(はかりごと)をかけるに(さいわ)いじゃと思い、奴が気に入りそうな和歌を添えて日々、誘惑紛いの手紙をせっせとアレに書き送っておったのじゃ」


 甚三郎様がそうおっしゃられるなら、先ず間違いはあるまい。

 しかし、まあ、先方の当事者が乗り気満々なら(はかりごと)もしやすかろう。しかし哀れな奴だな、同情はしないが。


「じゃが、わらわは失敗をしてしもうた。あんな事せねば良かったのじゃ。ああ~!!」


 またも筋肉自慢の阿呆を思い出されたのか、いきなり頭を抱え(うめ)き出されてしまった。


「飯井槻さま、お気を確かに、なにか飲み物でも召されまするか」

「大事ない。されど何か心安らぐ甘い汁物を所望する。流石に疲れた(ゆえ)になぁ~」


 儂は早速侍女を呼び出し、左様申し付けた。


「して、何故(なにゆえ)失敗(しっぱい)などと申されまする?」

「和歌なんぞ送ったのが間違いじゃった。まさかアレがわらわの予想を超えて、あんな適当な和歌なんぞに心躍らせるなど想像出来ようか」


 言われてみれば確かにそうかもしれん。あんな(いか)つい突撃バカの心根(こころね)が、よもや平安乙女などと誰も思うわけがない。ま、飯井槻さまの自業自得だけどな。


「わらわは常日頃から手紙には何かと気を使っておるのじゃ。此度(こたび)は騙しの縁談話(えんだんばなし)(ゆえ)のう、気の利いた和歌を作り送っておったのじゃ。ま、(いにしえ)の歌人の借用じゃがの」

「それを世間では盗用(とうよう)と申すのでは?」

「失礼な、ちと借用してからの改変じゃわ。何故(なにゆえ)わらわがアレの為に頭をひねらねばならんのじゃ、しちめんどくさいわ」


 ああ、そうですか。


「で、誰の作を勝手に借りたんだ」

「わらわが愛しの歌人であらせられる。高橋(たかはし)(むし)麻呂(まろ)さまの作をお借りいたしての、ちょちょいと改変したのじゃ」

「以前にも御聞きしたが知らぬ名だな。で、肝心の中身はどんなのでござる」

「蟲麻呂さまを存ぜぬとは知性が乏しいの兵庫介よ。今度、和歌集を貸してやるからしっかり読むがよい」


 たかだか蟲一匹知らぬだけで、えらい言われようである。

 

 しかしそれ、ホントに読まなくちゃいけない位に良い歌人なのかな?(はなは)だ疑問しか感じないんだが。


「判り申した、いづれお借りして読みましょうぞ。それよりどんな歌を御贈り為されたので?」

「必ず読むのじゃぞ。しっかり読んだかあとで試験するからな」


 ああ、無常。


「必ず読ます故、覚悟せよ」


 絶対逃げてやる。


「での話を戻すが、わらわがアレに送ったは、こんな歌じゃったわ」



[柳(やな)(はら)の 高見が怖き (あま)(くも)も 行くもはばかり 流れたなびく]



「元は蟲麻呂様が富士山(ふじのやま)()んだ歌なのじゃが、座敷で寝そべりながら改変した割には、なかなかの出来じゃろ?」


 たぶん、座敷で鼻くそでもほじりながら適当に足で書いたのであろうな。されど、その意味するところは儂には全く判らん。


「なんの(むずか)しゅうはないのじゃ。なにせ借用の上に改悪したのだからのう」


 てか改悪したのかよ!ホントにその虫けら歌人が好きなのか、疑わしくなってきたぞ?


「解説するとな、私は深志様の御意向に恐ろしさ感じています。天にある雲すらも、柳原城の空を(はばか)り、皆、城の周りでいたずらに流れたなびくばかりです」


 飯井槻さまはクスクス笑いながら、歌の意味するところをお教示下された、だが。


「なるほど、わからん」

「つまりはじゃのう、深志が偉くなりすぎて怖いから、無理強いされても無碍(むげ)には出来ません。という、わらわの純真で穢れなき乙女な気持ちの表れだとでも思ってくれなのじゃ」

「へぇ~」


 乙女って、なんだろうな。


「もう、よいのじゃ……」


 薄い反応しかしない儂に溜息をつき、飯井槻さまは運ばれてきた(こめ)(こうじ)こしらえた甘酒をゆっくりと味わう。


 されど、こんな儂とて歌くらいは書物で読んだことくらいある。まあ、幼き頃に歌好きな亡き母の膝に乗っての読み聞かせだがな。


「はあぁ~、取り敢えずなんじゃ、そのように和歌を()えて手紙を幾度となく交換しておったのじゃが、あの男、この程度の紛い物に(いた)く感じ入ったらしくての、頼みもせぬに三日に一度は反歌を送ってくるようになってしまったのじゃ。それも反歌にもなっておらん戯けた歌を自筆でのう、例えばこんなのじゃ」



[柳原の 眺め美しき 雲ゆきて 行くは極楽 馳せる足並み]



「これなら儂にもわかる。柳原城からの眺めは頭上を雲が流れ実に美しく、まるで極楽浄土のようです。あなたもその光景に心が弾み走って参るでしょう。かな? が、なんじゃこら、文法が無茶苦茶で読むに堪えん。よもやこれ、孫四郎の独り言かなにかか?」

「独り言か、その発想はわらわも思いつかなんだわ」

「ほっとけよ」


 しかし、これでは反歌どころか、ちゃんとした歌になっているのか怪しい限りだな。てか、飯井槻さまの御気持ち?が、孫四郎に全然届いていないのが、ある意味すごい。


「わらわはの、こんな不毛な文のやり取りを、今年の二月の末より続けておるのじゃ…。三月(みつき)近くもじゃぞ、この屋敷に着いてからは日に幾度も届きおるし、今夜なぞ城の中で三十首も書かされたわ!バカの癖に書くの早すぎなのじゃぁ~!もう、こんな生活は嫌なのじゃぁぁあ!!一体わらわが何をしたというのじゃあ~……。あっ??」


 言い終わった途端、板間に突っ伏して手足を伸ばしバタバタさせ始めた。その姿、もう幼い子供である。


 わらわが一体何をしたと申されていたが、奴らをどうにかしてやろうと策を巡らし接触しておるのだから、やっぱり自業自得というもので、どうもこうもないであろうに。


「で、バカの力持ちはどうであられたので」

「わらわの目に狂いはなかった。あれはまんまアレだった」


 逆に策を弄して飯井槻さまを嵌めようとする輩ではなく、評判通りの脳筋であったか。


「うんにゃ、筋金入りの夢見る乙漢(おとめ)じゃったわ」

「はじめてみる二字熟語だな」

「今考えたのじゃ」

「さよか」


 それはそれとして、何か裏があるやもしれぬと期待に胸を膨らませ、無理を押し切って御城に勇んで参ったのに、期待外れも甚だしい状態になったのも、飯井槻さまのジタバタの原因かもしれないな。


「あっ、じゃが収穫はあったぞ」

「添谷家の件でござりまするな」

「左様じゃ、一応その件に関しては、寿柱(じゅけい)()殿に知らせておいたのじゃ」


 寿柱尼とは添谷家の現当主、添谷左衛門尉(そえやさえもんじょう)元則(もとのり)生母(せいぼ)で、汚爺(おじい)こと鱶地金三郎元清の兄嫁に当たる御方だ。


 彼女は良妻賢母の鏡として世に知られた人物で、八年前に先代が他界された際に剃髪(ていはつ)し、新たに領内に建立(こんりゅう)された尼寺に入られたのだが、後を継いだ左衛門尉が政事(まつりごとこと)にも(いくさ)ごとにも興味を示さず、かと言って遊びに関心を示す訳でもなく、毎日の生活を規則正しく送ることが仕事の全てと云った男であった。それ故致し方無く、添谷家の家政(かせい)は寿柱尼が取り仕切っていたのである。


 だがしかし、流石の寿桂尼でも暗愚(あんぐ)を地で行く息子の行動の総てを制するなど、やはり無理な御様子で、添谷家は此度(こたび)出征(しゅっせい)命令に応じるか応じないかで、家臣団の間で意見対立が起こっており、最終決断を下す立場の息子は、未だ自身の生活優先で、ろくすっぽ判断を示そうとはせず、今まで真面(まとも)な対応も対策もできず成すところ無い状態でいたのだ。


 この態度に業を煮やされた寿柱尼ではあったが、世を忍び隠れた彼女に出来る事は少なく、彼女こそ、添谷家の真の主と思い慕う家臣達の僅かな兵を募り、国主様の御為(おんため)と称して参集させ、季の松原城の外郭(がいかく)に位置する添谷家預かりの城に込めただけであった。


「そんな有様の添谷家を抱えて寿柱尼様は、この難局をどう乗り切るおつもりでしょうかな」

「さあの、他家のこと(ゆえ)の、詳しくはわらわも知らんのじゃが、寿柱尼殿のことじゃ、上手く切り抜けられる手筈でもあるのじゃろ?」


 ふししし♪と、いつもの様に飯井槻さまは含み笑う。


「しかしながら、肝心の当主があの有様では何様(いかよう)にも成りは…」

「だから深志にこれ幸いと狙われるのじゃ。兵庫介よ考えてもみよ。此の国で生き残りの大身の家はどことどこじゃ?」

「言われるまでもない。二番家老の穂井田家は既に深志が手によって落ちらされ、さらに今、くにざかいを護るに相応の軍勢を保持していた東の三家が攻められておる。であれば、残る大身の家は我が茅野家と、一番家老の添谷家のみでござ………。ふむ、成程な」


 飯井槻さまは寿柱尼様をけしかけて、深志家に及ばずながらも対抗させる御積りなのだ。


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