割とキツめの酔い覚まし(2)
第二十五部です。
最近涼しくなりましたね。
エアコンもあんまり必要じゃなくなりました。
ありがたや~。
では、お楽しみくださいませ♪
言われてみれば確かにありえない話ではない。今の深志ならば、これくらいは苦も無くやりかねない。
「わらわが直々に皮袋のもとに参るのは、火の粉がこちらに降りかからぬよう先に手を打って置く算段もあるのじゃ」
「なれど……」
「聞け兵庫介よ。わざわざ茅野家の当主がおっとり刀で火事見舞いで参ったと申さば、よもや無碍にも出来まいて」
「ですが、もし、皮袋が飯井槻さまを人質になされた時は、如何なさる」
権威が駄々下がりの守護職様と日の出の勢いの深志とは違う。しかも飯井槻さまのおっしゃる通り、真の下手人が奴らならば、此の国の主が住まう御城の大手御門に躊躇なく火なんぞ放っても気にも留めぬ連中だ。卦ほどの油断も出来ようか。
「心配いたすな、皮袋はわらわを質に取るなど、そのような無粋な真似なぞ出来ぬ男ぞ」
「確かに皮袋はそうかもしれん。だが壱岐守や配下の者共まで同じとは言えぬではないか」
兵庫介は尚も食い下がる。
「心配いたすな、奴は根っからの武人なのじゃ。それに此度の標的は恐らく添谷家になろうからの」
「されど、って、はぁ⁉」
ニッコリ笑い、飯井槻さまは兵庫介をあやす様に言葉を紡ぎ始めた。
「考えてもみよ、火付けが奴らの企みなれば、次は一番家老の添谷が適当であろうが」
「…」
「あやつの中では火付けも添谷家を貶める策謀の内であって、深志家の将来の為、致し方ない手段と思うっておるじゃろう。じゃが、国主家と深志家の御為に尽くそうと馳せ参じたわらわを捕らえ、あまつさえ欲の出汁殻に使うなぞ、どうやっても致せぬ性分なのじゃ」
皮袋はそうやもしれぬが、しかし、どこかこの話に不自然さ感じている儂の心持ちは、なんだ?
「でな、他にもわらわが参らねばならぬ理由があってじゃな」
「まだあるのでござるか」
未だ、もやもやとした心の中の淀みが取り去れぬのに、考える暇も与えられず、飯井槻さまは矢継ぎ早に次の話をなされる。
「わらわはこれでも国主家の守護代で筆頭中老じゃぞ?それにの、不本意ではあるが、わらわは深志家の大事な将来の嫁………。はぁ…あ~あ、に、なる身なのじゃから必ずや無碍にはされぬ」
流石の飯井槻さまでも、深志家の嫁とかいう言葉を、口の端に乗せるのが嫌とみえる。
「じゃからの、今更労をせずとも勝手に取り込める家に対しての、深志が無益な争いのタネを振りまかずともよいのじゃ」
「……なるほど」
「だからの、わらわは皮袋の武人らしい甘さに付け込み、目一杯甘えるつもりでおるのじゃ。おそらく御城の大抵の場所には入れるであろうし、それゆえ聞き耳もたてやすかろう。更には三太夫に気軽に会うこともたやすく、新たな人数を城内に入れる事も出来るじゃろうて」
「まあ、そうだろうな」
「それに上手くゆけばの、昨今、とんと表に御出座しになられぬ国主様に、隙を見て御目通りも或は叶うやもしれん」
「うむ」
なんともクルクル頭がよく回る姫様だ。
「での兵庫介よ、わらわの申したことの真意、其方に判るか?」
「やれやれ、つまりは儂に、飯井槻さまを手駒の如くこき使えと申されておるのだろう?」
「そじゃ!!」
本気か?そうせよと申されるのか。…申されておるな、こりゃ。
爛々(らんらん)凛凛とした飯井槻さまの、何やら面白くなりそうだとの期待に満ちた目の玉を見れば、どんな阿呆でもわかるであろうに。
此の御方は、さも面白そうなことや楽しそうに感じたという気持ちだけで、もう辛抱堪らなくななってしまわれる質なのだ。
まだ乳飲み子だった頃より存じている儂には、それが解ってしまうのが憎らしい。
自ら進んで敵地に裸同然で乗り込む。なんていう古の英傑譚にも似た状況に対して、得も言われぬ高揚感を抱え堪えきれなくなっておる様子を、これっぽっちも隠そうとしていないのだからな。
どうにも危ないな。矢張り儂も御一緒に参らねばならん。
「仕方ございませぬな、それでは儂もごいっしょ……」
「おお、参ってもよいのじゃな!有難いのじゃ御大将!」
あっ、ちょっ!
念のため、儂も御一緒致しまする。そう告げようとしたのに飯井槻さまは最後まで聞かず言わせず、たったかた~♪と、奥に踊るようにして引っ込んで仕舞われた。
「此度の大将はお主じゃ、しっかり屋敷を守っておるのじゃぞ‼」
などと、去り際に宣ったのだから堪らぬ。てか、茅野家の御大将はあんたでしょうが、この、脳天おたんこ姫が!
根っからの快楽主義者であられる飯井槻さまの後姿を見送来るしかなかった兵庫介は、あんぐりと口を大きく開けて息を吸い込むと、煤けた大台所の天井に向け、ぶはっと嘆息をぶつけてやった。
さて、大台所の板間にポツンと一人だけ取り残された兵庫介は、屋敷の警備を厳と成す通達を出し、新町屋城に駐屯しておられる参の家老の参爺こと戍亥様に、此度の一件の顛末をお伝えする使者を送り出して、詳しい内容については明日お伝えすることして、是と云って特にやることも無くなってしまい、空虚となった頭を抱え込んで、大台所の板間の隅に蹲ってしまった。
「爺様、済まぬがひと椀の熱い湯なり貰えないだろうか」
飯井槻さまが勢い込んで登城している間、連絡待ちとなってしまった兵庫介は、爺様自らが温めて注がれた湯呑を両手に抱えて所在なく、屋敷の中をうろついて回るしかやることが無くなってしまった。
そうこうする内に、彼がようやく腰を落ち着けたのは昼間、飯井槻さまに昼餉を掻っ攫われた奥書院の板間の上であった。
仕方ない、ここでゆるり帰りを待つとしよう。
兵庫介は柱にもたれかかり、宵闇の月が雲間に見え隠れし明滅しながら明かりを放つのをぼんやり見詰め、その朧げな姿が写しこまれる障子の紙を手で触れる。
疲れておるのか肩が重く感じるな。
その為なのか、ゆらゆら揺らめく障子の月を愛でていると、つい、うつらうつらしてしまった。
ああもう、やれやれだな、眠るわけにもいかぬし。。。ぐうぐう。。。♪
パチリ!!
「なに寝ておるのじゃあァ~‼愚か者め‼」
いきなり額を平手で叩かれた兵庫介は、びっくりして板間を転がってから飛び起き上がった。
「なにを致す!」
兵庫介は咄嗟に刀に手をかけ姿勢を低く身構える。
「何を致すとはなんじゃ!主が帰っておるのに出迎えもせんと!」
なんだ飯井槻さまか、あ~びっくりしたわ、もう。
「申し訳ございませぬ。うっかり転寝をしておりました」
兵庫介はきちんと正座し直して、したくもない辞儀をする。
こういう時は兎にも角にも、平謝りに謝るに限るのが肝要だからな。
「あのな、わらわが出掛けた時分から、既に三時はたっておるのじゃぞ。よう寝れたようで羨ましい限りじゃ。御大将殿!」
そんなに寝ておったのか、通りで身体が随分と楽になった気がするぞ。
腕をぐるぐる回し、肩の具合を確認する。よし、快調快調。
「まあ…よいのじゃ。それより皮袋とな、力自慢のバカ息子に会うて来たのじゃ…。ああ、そう云えば、お主のトコロの三太夫にも会うたの」
誰かと揉めるわけでもなく、意外にあっさり帰って来られた飯井槻さまは、爺様に所望されたらしい湯漬けを勢いよく掻き込み、城内での出来事を語り始められた。しかしまあ、よく食べるお人である。
「皮袋はわらわが思うた通り、此度の火付けの下手人を添谷家にすると決めたようじゃ」
「予測と違わなかった、と?」
「左様じゃ」
飯井槻さまはニタリと嗤う。
「それとの、国主様の手の者は門の一つも守れない脳無しと決め付けられたそうでの、主だった郭からも押しのけられての、今は御城の本郭と、国主様が御住まいになられておる山城御殿の警護のみが許されておるようじゃ。なんともはや、哀れな扱いじゃの。ふししし♪」
「して、肝心の国主様には御目通り叶い申されたか」
「やはりわらわでも無理であったわ、国主様付きの近侍の者に目通りを願いはしたのじゃがな、当の国主様は病を召されたそうでの、御殿にてお伏せになられて居るそうじゃわ」
「病、でござりまするか」
「急に伏せられたらしいのじゃが、嘘っこじゃろうの」
「でしょうな、儂がここに着いてからも、表舞台に出て来て一々指図して参るのは弾正をはじめ深志の者達ばかりで、一向に国主様の御姿なり御様子なりが漏れ伝わってはおりませぬからな」
であれば、とっくに深志によって軟禁でもされておられぬやもしれんな。アホめ、ざまあみろ。
「そうであるかもしれぬし、そうでないかもしれんのじゃ」
「何故そうお思い為さる?」
「それがのう、かの三太夫が申すには、山城御殿の周囲を深志の軍兵が取り囲んでおる訳でもなくての、国主家の兵が普段と変わらず警護に付き、他の郭や御城の要地が此度の件での配置換えでごった返しておるのに、どういう次第は分らぬが、本郭のみは平穏そのものじゃそうな」
ほう、これはなかなかに興味深い話である。だがな、その事、儂のもとには一片の文すら三太夫から届いてはおらぬ。これ、どゆことなの?
「ああそれならば、わらわが三太夫に直に申し渡したのだ」
「は?」
「屋敷に還ったならばわらわが直々に兵庫介に伝える故、わざわざ使いを走らせるには及ばん、とな。それよりも使いの者共も御城内外の探索や、なにかしらの申次に当たらせれば効率的じゃとな。でな、この機に乗じて、新町屋からわらわの手勢を三百人程、城中に入れる事に成功したのじゃ」
なにがお主が大将じゃ、だ! やっぱり、あんたが大将じゃねぇ~か!!




