飯井槻さまと云う御人(2)
第二十二部になりまする。
飯井槻さま、どうですかね?
まあ、先に小説内で記したように、彼女の本名を現代風に言うと[茅野千舟]ですが、正式な名となると[藤原朝臣内膳正千舟]または[茅野内膳正千舟]と、やたら長くなります。
一体アンタどれが本当の名前なんだ!
まあ、ぶっちゃけ全部本当の名前なんですが、相手の身分、または家格など必要に応じて名乗りを使い分けていたと思っておくと便利です。
当時はみんな、ある一定の家格持ちはこんな感じに使い分けていたので、彼女だけの問題でもありませんが。
あと、当時は下の名を人前ではほとんど名乗らなかったと言われているので、気安く彼女を指して、ちふねちゃんだの、ちいちゃんだのとは呼んではいけません。約束ですよ♪
あと、絶対に(ふねさん)とか呼んだらダメです!
ダメ絶対!!サザエさん怖い!
だもんでめんどくさいので、普段は通り名の飯井槻が彼女の呼ばわりになります。
だって身分関係なく使えますもんね(笑)
内膳正も通り名としていけますが、気品さや可愛げがないので、彼女はあくまでも飯井槻さまです。
そういえば、織田信長の読み方、当時は(おんだののぶにゃが)になるのを知っていますか?
あの信長が、のぶにゃが。のぶにゃがの野望。
あれ、ゲームに出て来る厳つい、いい年こいたおっさん武将達が、猫耳とか思いっきりつけてニャンガニャンガ責めて来たらどうしよう。
それ、ド変態じゃね?
では皆さま、私の創作物である【ひょんひょろ侍】第二十二部を、どうぞお楽しみくださいませ♪
追記
あれ?なんか評価ポイントついてる?ブックマークしてくれてる?
ありあとうございあす!
飯井槻さまと、さねちゃんのお陰かも♪ありあとうございあす!
兵庫介?そんなおっさんは知らん。
「御爺様や、久しぶりじゃな。息災であったかや?」
「お陰様でつつがなく、皆楽しく暮らしておりまする」
「左様か♪さようか♪」
そんな挨拶を交わしつつ、飯井槻さまの眼は膳部の中身を捉えて離さない。涎も隠さそうとはしない。あんた、地獄に住まう餓鬼でも腹の中に飼っておるのか?
「……お召し上がりくださりませ」
「うん♡うん♡」
もう辛抱溜まらんとばかりに、箸を左手で握るや光の速さで取って構え、大好物の強飯が山みたいに盛られたデカい椀を右手でがっちり掴み取り、一気にがっつき始めた。
やあやあ!遠からん者は音にも聞け!近からん者は目にも見よ! これが我らが主で絶世の姫御前、飯井槻さまの御姿なるぞ‼
彼女を一目見ようと大勢で参り、隠れ見たつもりが姿モロバレであった者どもよ。残念であったな。我らは、もはや呆れる位に慣れっこであるが、この在り様こそが飯井槻さまである。
あっ!ちょ!こいつ味噌付け鰯の身を盛大にこぼしやがった。
儂の分にと、気を利かせた爺様が持ってきてくれた膳部を横にどけ、落とした身を丁寧に拾ってやる。
「おほ、ふまぬの♪」
口に食い物を突っ込んだまましゃべるな。躾がなってない童かあんたわ。
せっかく拾って懐紙に包み、後でこっそり捨てようとしていた鰯身を、飯井槻さまはちゃっかり箸で取り戻し、なんのためらいもなく口に放り込み、一言おっしゃった。
「わらわのじゃ!」
あっ、うん。そうだね。わらわちゃんのだね、知ってる。
最早、飯井槻さまの所業を気にしないことにした兵庫介は、手元に膳部を戻し改めて眺める。
出された膳は一汁三菜である。
先ず目に入るのは、飯井槻さまが取り落とされた鰯の味噌漬け焼きだ。削ぎ落とした身を味噌に付け置きしたのち焼き、ほぐした身を木の芽で和え、軽くゆでた菜の茎が乗せられ、滋味深い味噌の風味と木の芽の繊細な味が、菜の茎の苦みと合わさってたまらん。
隣の器には、牛蒡と葱と猪肉が味噌の上澄み汁で以てあぶり焼かれた一品が盛られているのだけれども、これがまた、なんとも香ばしい匂いを書院全体に放ちやがり、鼻孔をくすぐり食欲を掻き立て儂を殺しにかかって来る。待っておれ、今、当に今、食うてやるからのう! パク。
ああ、旨い!! 猪肉もカリッとした部分と肉厚で柔らかな部分が重なり合って堪らんが、その汁の旨味を葱が吸っておってとろりと口中に溶けて、これまた堪らぬ‼
で、で、今度のはなんだ?見たことない食い物だ!丸くて黄みがかった白い代物だが。箸でつつくと柔らかくもちもちするのも心地よいな!なんだこれ、ホントに食い物なのか?え、食えるのか??
「そちらは蘇。と申す甘味に御座います。箸休めによろしいかと思い御作り致しました」
「しょ?」
「蘇に御座いまする」
「そ、なあ…」
そう爺様が説明してくれたが、名を聞いてもさっぱりわからぬ。とりあえず、これは喰えるらしいと判ったが、儂の隣で飯井槻さまがクスクスしながら此方をジッと見ていたのが癪に障る。
「どれ」
蘇とやらの端を、おっかなびっくりちょっとだけ箸で端をちぎり摘み、思い切って口に放り込んだ。
「……ん!」
「……うん?」
好奇心に爛々(らんらん)とする飯井槻さまが声を合わせた。
「なんじゃあこりゃ‼」
くそうめ~ぞ!これ!!
「で、あろうが!!」
飯井槻さまは人並み程度の胸を張り、自分が蘇を作った訳でもないのに威張っている。さっきからなんなんだ、あんたは。
しかしながら、儂はすっかり蘇に夢中になってしまい、あっという間に平らげてしまった。
「これはこれは、箸休めになりませんでしたな」
気に入ってもらえたのが頗る嬉しかったのか、それとも料理人冥利に尽きるのか、爺様はやたらとニコニコして、おかわりを持ってくるよう四之助に言いつける。
「爺様、こら一体なんだ!どうやって作られておるのだ⁉」
新しく運ばれて来た蘇を、ひったくるように受け取りむさぼり喰いつつ質問する。
「牛の乳で御座いますよ」
「へ?」
う、牛の、あの牛の乳……じゃと?
「左様に御座りまする。牛の乳を多く集め、ひたすら煮て水気を飛ばし混ぜ、残り足る塊を冷まし固めたものに御座りまする」
「蘇はの兵庫介、延喜式にも記されておる由緒ある品なのじゃ」
こちらが全く尋ねてもいないのに、爺様の後に続いて語り出す飯井槻さまである。
だからなんなんだ、あんたは…。
「獣の乳など嘗めたこともない。こんなまろやかで優しく、実に甘いものだとは知りもせなんだわ」
すっかり食べきった小鉢を覗き、底にこびりつく僅かな残り蘇を指で掬い嘗めとる。
「兵庫介よ、はしたないのう」
うるせぇ~。あんたにだけには言われたくないやい。
「兵庫介様に於かれては、醍醐味というのはご存知ですかな?」
「醍醐味くらいは知っておるわい。いや、知り申す。仏法に醍醐は此の世で一番旨い物として出て参るからな」
「大般涅槃経の五味相生の譬ですな」
「さ、左様…」
はえっ⁉なにそれ?爺様が何言ってるのかすら儂にはさっぱり判らぬのだが、まあ、ここはひとつ、知った様な顔をしておこうっと。
左様心に決めた兵庫介のは、さもありなんと「うむ」と、頷く。
「この蘇をな、さらに熟成させたものが醍醐と云われるモノのようじゃぞ」
飯井槻さまは、またも此方が聞きもしないのに、何やら難し気なことを話し始めた。が、まあいい、知識の足しになりそうな話題なので聞いて置くことにしようか。
「は?醍醐って代物は、この世に存在する代物なのか?」
「うん、あるのじゃ」
てっきり悟りを開き仏にでもならない限り食えないのかと思っていた。此の世のモノならば、爺様がそのうち作って呉れるに相違あるまい。その時は、儂も御相伴させてもらえるかもしれんな。楽しみだ。
「正確には、あるがない。ですが」
爺様が、注釈を入れる。
「えっ、ないの?」
儂の淡い期待は、根元からポッキリ折れた音がした。
「あるのじゃが、ないのじゃ」
飯井槻さまが更に応じる。なんなん?いつの間にか禅問答でも始まったの?
「ちがわい。ちゃんと昔の本朝の書物にも載っておるの事柄なのじゃが……」
「醍醐は、その製法が失われて久しく、実際どのような品なのか解りかねまする」
飯井槻さまが口籠ると、爺様がすかさず助け舟を出した。
「つまり。かつてはあったが、今はないと?」
「その通りじゃ。兵庫介よ、ようやくわかったか!」
くそ!どうだ参ったか!みたいな顔をしてからに、あんたの説明の仕方がひねくりかえっているんだよ。 可愛い鼻の下に墨で鼻毛書くぞ。こら!
「身共が生きております間に、幻の醍醐を作り出すのが生涯かけての夢で御座いまする」
夢……か。
「わらわもかような話は大好物じゃ。初めて会うた時に寝る間も惜しみ御爺様と物語しての、出来うるならば喰うてみたいと思うて、大いに手を貸す次第となったのじゃ」
「あんた、本当に食い気だけだな」
「ちがわい!わらわは史書の真理を探りたいが故に、及ばずながら手を貸すのじゃわ」
「特に味についてか?」
「なんでそうなるのじゃ!」
「ではまず、儂の膳から箸を十里ほど放してから、その真理とやらの理についてお教え願いたいものだがな」
とっくの昔に自分の膳を食い荒した飯井槻さまは、おかわりした強飯の椀を片手に持ち、儂のおかずを断りもなくバクバク食っていたのだ。
「それはまた今度な?」
「とりあえず膳からその箸を放せ」
「お主のがあまりにも旨そうでな、許せ」
「許せねぇからな?これ、あんたのと全く同じ品ぞろえの膳だからな?」
兵庫介は自らの権利を守るために、力づくでかっさらわれた料理を取り戻しにかかる。
「はに、ふりゅにょにゃ!」(なに、するのじゃ!)
「は?これは儂の食い扶持だが?て、あっ!なに人の猪肉食ってんの?楽しみに最後の一切れとっておったのに!」
「ははは!誠に仲がおよろしくて、羨ましい限りで御座りまするな」
はあ?爺様、あんた何言ってんだ!戯けたこと言ってないで、この食欲魔女神をとめろよ!むしろ三枚におろせよ!
「うえ、こいつ一通り食い散らかしおった……」
見るも無残な有様となった兵庫介の膳の中身は、満足げな飯井槻さまの胃の腑に大半が納品されてしまっていた。
「そうじゃ、腹いっぱいになってみて、ふと思い出したことがある」
突然、何かを思い出されたらしい飯井槻さまを横目に見つつ、兵庫介は椀一杯によそわれている、ふっくらと焚けた混ぜ麦や豆のない大唐米の赤い姫飯(炊いたご飯)を涙目で見つめ、なにをあてにして喰らえばいいのかと、真剣に思い悩んでいた。
「ん?聞いておるのか?」
そんなことどうでもよい、こっちは喰えるおかず探しで忙しいのだ。くそが!
「聞こえぬのか、のう兵庫介よ?」
「うるせえな。こっちはおかず集めに真剣なんだよ、邪魔を致すな、鼻毛書くぞ」
「なんじゃそれは?まあよい。あのなよく聞くのじゃ、わらわとしたことが、ついうっかり忘れておったのじゃが、兵庫介よ、飯が終わったら季の松原の御城に行っては呉れまいか」
目を凝らせて食えそうなのを探していた兵庫介は、急な話に目を丸くした。
「へ?なんで?儂は何しに御城なんぞへ参るので?」
「何しにって其方、弾正めのところへわらわが参陣したことを報告しにいくのじゃが?」
飯井槻さまは不思議な顔をなさり、こくっと小首を傾げた。
「何故に儂が?飯井槻さまが直に参られればよいではないか」
兵庫介も不思議そうに小首を傾げる。
「わらわにも色々都合があるのじゃ、既に先方にもお主が参ることは伝えてあるぞ」
「色々ってなんだよ、どうせ今日の夕餉の献立についてだろ。て、またかよ!こっちの都合も少しは考慮しろよ!」
「一昨日、さねに泣かされたお主がほざくでない。其れとの、そちはわらわを何と思うておるのじゃ。食欲だけのおなごと思うてか」
ふざけるなと云った御顔を為さり、飯井槻さまは顔を赤くしてぷんぷん怒る。
儂はあんたの事を現世に現れた、此の世を喰いつくす食欲魔女神という、とっても難儀な女神様だと思っているのだが、よもや違うのか?一応あんた、神道界隈では現人神の一種扱いだろ?だったら問題なかろう?
それと、なんでさねに泣かされたの知ってるの?
「香弥乃の神の御霊がわらわを依り代にしておるからの、皆にそう取られておっても仕方ないのじゃが、だからと言うて神通力が宿るわけでもなし、わらわとて一介の女性であるのは変わりないからの、この事に誰も気付かぬのが愚かしい限りじゃわ、特にお主の様に純な者成ればの。ふしし♪」
「大食いではしたなく、悪戯好きで姫御前らしからぬ振る舞いばかりなさっておる性格ならば、茅野で知らぬ奴は居らぬのにな」
「放っておけ!あと、誰が食欲魔女神さまじゃ!」
またもぷっくり顔を為された飯井槻さまは、ぷいっとそっぽを向く。相変わらず可愛い姫様だな。
「左様な戯言はどうでもよい!兵庫介よ、お主行くのかいかぬのか、どっちにするのじゃ?」
ぷっくり頬のままで儂に問い掛ける飯井槻さまを見るまでもなく、答えはハナから決まっている。
「参ります」
「左様か、なれば頼んだ。あとそれとの、いった後で良いからの、戍亥にもお主が見聞きした事の仔細を報せて参るのじゃ」
「畏まってござる」
確かに茅野家の主力軍を率いる当家の参の家老、戍亥様に面会せねばなるまいな。
「ではまず御城に赴き、次いで新町屋城の戍亥様を尋ねることと致しましょう」
「うむ任せた。そうそう、御城に、んにゃ、この場合は皮袋めにかの、に与える手土産の手筈は……。あっと、あの者はなんと申したかの、ほれ、背が高うて髭面で、其方と同じく如何にも義を重んじそうな雰囲気の剛勇の者」
「それなれば右左膳でござりますな。覚えて頂き足る事、さぞや左膳も喜びましょう」
「うむ。で、その下限に深志家に届ける贈り物を預けておるのでの、目録と合せ荷に間違いがないか確認した上で、総て弾正に呉れてやれ」
「仕った」
左膳よ。飯井槻さまによって名前がぐっと下がる方に変えられたぞ。やったね♪
兵庫介は言いつけられた御役目を果たす為に立ち上がり、つい気になった点を尋ねてみる事ににした。
「つかぬ事を御聞きするが、何故にいつも儂ばかりが使われるのだ」
「向こうがお主を指名してきたのでな、勿論、わらわもそのつもりであったから一向に構わなかったのじゃが、不服かの」
飯井槻さまがおっしゃるには、どうやら彼女の企み通り、深志屋敷での非礼な振る舞いを受けても動じなかった?儂の態度に皮袋が痛く感じいったらしく、急遽取り次ぎ役に指名してきたらしい。やってみるもんだな。
てか、この姫御前は何を策しておるのか。
「ああ、それと兵庫介よ、いい忘れておったがアレは無しじゃ」
今度こそ本格的に立ち去ろうと、歩き始めた時に飯井槻さまがまたも話しかけて来られた。
「はて、なんのことでござろうか」
前に出しかけていた足を戻し、身体を止めて振り返り飯井槻さまに尋ねる。
「さねを介し、ひょんひょろ宛に其方から出された文の事じゃ」
やはり筒抜けであったのか。向う脛を殴られ涙目になってたのも知っておった位だから、当然と云えば当然か。
「ああいうのは、わらわは好かぬ」
「なれど他に打つ手がありませぬ。あの弾正相手に正攻法は通じませぬ。などと、儂は進言しようと思っておりました」
あの大軍を見るまでは、確かにそう考えていた時期が儂にもありました。
「ほう、諦めておったのか。流石に機を見るに敏な男よの兵庫介は、なれば、わらわは安堵致したのじゃ」
ニヤリと笑い、心底から安心したかのように溜息をつかれた飯井槻さまは、手にしていた盃の中身を美味そうにグイッと煽った。
木々が鬱蒼と生い茂る山住まいのド田舎者である儂とて、数多くの戦場を駆け巡った武士の端くれである。
どう転んだところで負けてしまう相手に、下手な小細工が通ぜぬことくらいは承知しているつもりだ。
そう、今の強大な深志家に奇策を用いたとはいえ正面から戦を仕掛けるは、手の込んだ自殺行為にしかならぬのだからな。




