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気味の悪し男(5)

第十四部になります。

お読みいただけているようで、感謝に堪えません。

今回で気味の悪し男は終わりまして、次回からは違うサブタイトルになります。


では、お楽しみくださいませ。

 以来、どういう理屈でそうなるのかは知らぬが、実情は蚊以下の存在でありながら、まるで鯨になった気分で、自分の存在価値を勝手に高く見積もった金三郎は、我は深志家の要石(かなめいし)であるなどと家中で自称し、深志家が自身の領内で始めた政策を、自家(じか)薬籠(やくろう)して取り入れたと自画自賛した政事(まつりごとこと)は、ご覧の通り盛大な災厄を領内に拡散するだけの実力を発揮した。


「それが、あの害悪そのものの関所の群れと申すのか」

〘左様にございます。深志家の構える関所と云うは、危急()の報せをもたらす烽火(のろし)台や早馬を繫ぐ伝舎を要所に設けており、領地内外の見張りと重要な情報の伝達に多大な役割を果たしておりまするが、概して通行料は安く、また深志家に認められた商人などは只で通行も出来まする〙

「では(なに)(ゆえ)に汚爺は、あのようなバカな事を平気でしているのだ」

莫迦(ばか)(ゆえ)に、でしょうか〙

「ん?」

〘棚倉盆地の年貢の収益では深志家と対等になれない、そう考えたからにござります〙

「成程、バカの一念、知恵をも枯らすだな」


 ズサッ!


 衣擦れの音を発して、ひょろひょんはまたも顔を横に向け小刻みに肩を振るわせた。おや、受けた?奴の笑いのツボが何だか解ってきた気がするぞ。


 まあ、そんなことは置いといて、話の続きを致すことにする。


無論、鱶池家中には深志側に付くを良しとせず、また添谷家を(はばか)り反対する者も居たのだが、いつも以上にとち狂った金三郎によって、サクッと闇討ちされたそうである。


〘実際に討ったのは深志越前の手の者らしくありまするが、どちらにしても対外的には、夜盗に襲われ果敢に抵抗したものの殺された事とされております〙


 笑いの園から復活したひょろひょんが、いつもの無表情に戻って話を続ける。


 この一件の後、金三郎が発給したある書状が、各地を駆け巡ったのは儂も覚えている。


『我が忠勇の者共、非道なる夜盗に襲われ無残にも討たれたる(よし)、この無念、なんとか晴らしてやりたいと思い書状を遣わし、非礼を承知で申し上げ奉る、卑劣なる下手人を捕らえる為、行方捜しに協力しては貰えぬだろうか』


 こんな内容の文書を携えた鱶池家の使者が、茅野家をはじめ各所に走り、領内に鱶池家の捜索隊を入れても良いかとの打診が行われた。


 ひょろひょんは云う、深志家はアホの金三郎に期待することは無駄だと考え方針を変更。計略先の添谷家に対しては、獅子身中の毒虫として好き放題にさせることで混乱させ、外に対しては、彼とその家臣らを徹底的に利用することに決めたのだ。


 この金三郎の(はた)から観れば祝勝な申し出に、すぐ疑問を呈したのが飯井槻さまであったらしい。


 曰く、あの金三郎の所業にしては(さわ)やかすぎる。間違いなく、何か裏があるに違いないと。


 飯井槻さまの指示を受け内々(ないない)で事情を探るべく、表向き鱶池家への弔問の使者として派遣されたのが、彼女の叔父上で弐の家老を務め、茅野家の外交を司っておられる甚三郎様であった。


 他の多くの家は、討たれた者の身分に相応しい人数や手ごろな家臣を見繕い、お悔やみの使者として派遣したり、中には捜索隊を受け入れた家もあったが、それら各家の弔問の使者は、会うのを面倒がった金三郎により、鱶池領内の寺で重臣が慇懃に礼をしたあと、体よく追い返していたのだが、いくらなんでも、此の国随一の名門の家である茅野家の家老を体よく追い返す訳にもいかず、渋々ながら金三郎は、面談せねばならぬ破目に陥ったそうな。


 弔問後の宴に於いて金三郎は甚三郎様から、此度の行いを義挙だなんだと、大いに褒めちぎられおだてられて気を良くした挙句に言い包められて、鱶池領内での下手人捜索に、茅野家の人員を加える(はかりごと)に、まんまと嵌められたのにも全く気付かず破顔一笑、()われるまま快諾したのだ。


 その(あいだ)、鱶池家から茅野家に遣わされた表向き捜索隊の方はと云うと、飯井槻さまからいっぱしの英雄並みに歓待されて有頂天になってしまい、幾日にもわたる接待で痛飲する酒食とともに、様々な情報を吐き出された挙句、酔っぱらったまま回れ右して鱶池へと帰らされていたのだった。


 主君に負けず劣らず無能な鱶池家臣団に与えられていた使命とは、茅野家の内情観察と内通者の確保、それに戦の際に必要な領内地形の偵知であったが、本来、深志家の()(だれ)れの者が鱶池家臣に成りすまし工作を行う手筈であったのだが、突如、この大事な策謀に割り込んで来た金三郎の強硬な自己主張に散々邪魔をされ、図らずも一旦は頓挫に追い込まれかけたそうな。


 これでは埒が明かないとみた深志側が折れた結果、単に金三郎に気に入られているだけの、頭も想像力も欠落したド素人の集団が物見遊山な気分で寄越され来たのが、茅野家の幸いであったとも云えよう。


「ホント、馬鹿に感謝だな」

 ひょろひょんも、同意と云った感じで兵庫介に頷き返す。

〘それは甚三郎様が金三郎を焚きつけた結果です〙

「はい?」

〘あなたの様に優秀な御方が何故深志家の言いなりになるのです。そう申されたと聞き及んでおりまする〙

「…本当、馬鹿には感謝せねばな」


 まあ、とにかく飯井槻さまの読みはまんまと当たり、割と自由に鱶池領内の調査を行った甚三郎様は、領内に潜んでいた賊どもを討伐して帰っていかれたそうだ。


 しかし何故(なにゆえ)、居る筈のない賊が討伐されたのだろうか?


〘どのような土地でも、悪い奴はいるものでございますから〙


 ひょんひょろはいつもの掴みどころのない表情で、ひょうひょうと言った。

なんともはや、いや怖い怖い。


 つまり、日頃から鱶池領辺りで悪さをしているとは申せ、何ら今回の件に関係のない悪人共が取っ掴まり、哀れ下手人として処刑されたのだ。


 甚三郎様の阿漕(あこぎ)な芝居に気付くことも無く、嘘を暴かれる危難を逃れたと思い込んだ金三郎は、家臣の仇を討った事で、もともとなかった奴の名声をちっとばかり上げる結果となり、自身の名が垢くらいには世に知れたことを大層喜び、茅野家は鱶池家の領内を割合自由に行動できる様になったのだ。ただし関の通行料はかなり安くはなったが前払い制のようだが。


〘茅野家以外の方々の通行料は、(こと)(ほか)(たこ)うございまするよ〙


 その(あたい)一関(いちのせき)(ごと)に銭四文であるそうで、鱶池領に入ったら最後、抜けるまでに銭が八十文から百文は一人当たり掛かるらしい。

 ちなみに茅野家は、人数に関係なくひと月に三百文を一括払いし

ているそうだ。


「道理で、昨日から一人として行商人に会わぬ訳だな。まあ予想通りではあるが」

〘賢しい商人達は皆、鱶池領が抜け出せぬ蟻地獄とわかっておりますれば〙

「だろうな」


 ケツの毛まで通行代金として(むし)られそうだからな、商売どころではあるまい。


〘深志家でも、金三郎の馬鹿さ加減にほとほと困り果て扱いかねておるようで御座いまして、忍ばせていた深志家臣たちからも、関所料のせいで身動きもとれず生活もままならないとの訴えが相次ぎ、止む無く鱶池家の積極利用を諦め、家臣を引き上げさせたそうにございます〙

「もう無茶苦茶だな。敵ながら深志が哀れに思えて来たわ」

〘是により深志側の添谷家調略は失敗に終わり、また当家への内偵も頓挫いたしました〙

「そりゃそうだ、役に立つどころか、盛大に足を引っ張りまくった手駒を抱えていたのだからな。事前にちゃんと奴の力量を計っていなかったのが、最後まで尾を引いたな」


 翻って、茅野家中枢の金三郎主従に対する評価は深志家以上に深刻で、内情をつぶさに知っておられる飯井槻さまには、生ごみ以下の存在としか見られておらず、例えば、飯井槻さまが季の松原城に赴いた時に面会を求められた際も、御簾越しに大きな扇で顔を隠された上、発言も一切為されず、早々に話を切り上げ席を立たれたそうである。


「金三郎は、それ程までして集めた銭で何を企んでおるのだ?」

〘朝廷に深志弾正と同等か、若しくは、これに準ず官位をお願いする資金にする様です〙

「出来るのか?」

〘無理にござりましょう〙

「ですよね」


 考えるまでもない。汚爺は守護職『国主家』の陪臣である家老『添谷家』の家老で、国主家から見れば陪臣の陪臣の身分である。当然、左様な身の上では上司に当たる添谷左衛門尉を越えることは出来ず、同じく深志弾正を越えることなど到底不可能であろう。


〘鱶池家の身代は一万七千五百貫、それも去年までの話でございます〙

「とは?」

〘やはり関所の為にござりましょう。ご覧下さりませ、今年の実入りは期待できそうにありません〙


 裏街道筋を中心に広がる田園には、本来ならば田植えの時期真っ盛りであるにも関わらず、稲がちゃんと植わっているところがまばらで、昨日見た逃げ散る百姓たちの光景が思い出されて悲しくなってきた。


「今年は何かと忙しくなる故、早場米で良いから早めに田植えを終わらせるのじゃ」

 

 そう申され終わらせた飯井槻さまとは、雲泥の差である。


 この分では、彼らの来年の食扶持は無いも同然であろう。


「汚爺の所業が、すべてを台無しにしておる。そう申すのだな?」

〘左様で御座りまする。百姓は表を迂闊に歩めぬ故、田植えも出来ず畑も耕せず、明日を生き抜く飯も望めませぬ。もはや死ぬか生きるかの瀬戸際でございましょう。よって金三郎に収まるべき七百貫の年貢も銭も、民から採れる道理がありませぬ。金三郎主従の命もこれまでにござりまする〙

「ふむ、お主もそう考えていたか」

〘では、兵庫介様も〙

「当り前だ」

〘これは失礼を〙

「気にするな。だがそうなると深志が大願を成就する時分には、領内統治の監督不行き届きを口実に、サクッと領地召し上げにされるか、大軍で以て打ち家臣共々滅ぼされるのではないか?」

〘間違いなく、そうなりましょう。故に今は好きにさせ、此度の戦にも参加をさせぬので御座いましょう〙

「まともに戦も出来ぬであろうからな。成程、割合考えておるな深志弾正も」


 やれやれ、とんだ茶番だ。


「それより鱶池の民に我らがしてやれることはないであろうか?」


 ふう、溜息一つ。誰に聞かせるわけでもなく兵庫介が呟き天を仰ぐ見ると、雲ひとつない透き通った青空が広がっていた。


「トンビが朝飯を摂りに来たのじゃ!」


 いつの間にか左膳の馬に乗り、奴の肩にしがみついていたさねが、頭上を飛び去る大きな焦げ茶色の鳥を指差して喜んでいる。


「まあ儂が思うに、深志はゆくゆくは金三郎とその一味と同じく、味方した土豪どもの中で使えぬものは潰す所存なのではあるまいか?」


これを聞いたひょろひょんは、一瞬だけ目を丸くしただけで何事も発しなかった。


「で、ひょろひょんよ、お主は昨日(さくじつ)どこで何をしていたのだ?」


 そう兵庫介に聞かれたひょろひょんは、夢を紡いでおりましたとだけ応えた。


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