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気味の悪し男(4)

手違いでアップされてませんでした。

申し訳ありません。



 念のため、鱶池側には先を()ぐので早々に出立する旨を使者を放って伝え、その際の見送りなどは構わないと知らせてある。同時に、あの汚爺様の動向も探るよう三太夫に言い含めてもいた。


 もしもまた、あんな妖怪がむくりと起き出して、にちゃにちゃ汚く笑いながら追いすがり、意味のない話しを繰り返された日には、心の骨が根元からごっそり折られかねない。もう、そう考えただけでも、額からの脂汗が止まらなくなってしまうのだ。


 それに奴はアレでも、深志側の息が相当かかった人間でもある。


 となれば、奴自身が如何に愚かで取るに足らぬ人間でも、その近辺には必ずや深志の間者なり監視役の者がおる筈だ。


 昨日から大げさに汚爺に怯えるふりまでして、それとなく汚爺の周辺を探り、三太夫にも耳打ちして辺りの者を探らせたりしていたのだが、三太夫が申すには、いつまでたってもそれらしい奴が見当たらなんだのは不可思議な事であった。


 よもや儂の見当違いという訳でもあるまい、となれば、我ら程度の探索力では掴みきれぬ手練れの者が居るのやも知れぬ。であれば、少したりとも油断は出来ぬし、早々に立ち去るに限る。け、決して汚爺に怯えただけではないのである。うん。


 なんてことを……。考えてた時期もありました。


 どんどん遠ざかってゆく鱶池の城館を後ろ手に眺めながら、兵庫介は当惑していた。


「うそだろ…?」


 思わず傍らを進む左膳に、なんとは無しに問いかけていた。


「?…何がでござる」

 頭の中に疑問符を浮かべたまま、(いか)つい顔を正面に向けたままで左膳は問うた。

「いや、何でもない気にするな」


 兵庫介は言葉を濁して返答したものの、まさか本当に何も仕掛けて来ぬとは予想もしていなかったのだ。

 念のため、神鹿家の中で一番目端の利く三太夫を左膳に代わり先頭に置き、その配下もさりげなく周囲にばら撒かせてみたものの、これと云った報告は今に至るも全然ない。


 精々集めさせた情報からの収穫といえば、あの汚爺が起きては来ぬ、と、探りにやらせた者から聞いた事ぐらいで、なんとも間抜けな話ではないか。


 いや、汚爺が起きて来ぬのは寧ろ大収穫だな!

 あとで知らせた勇士に褒美を与えねば。とか思い、気を取り直すことにする。


「そういえば左膳よ、ひょろひょんは隊列のどこにおるのか聞いておらぬか?」

 奴を呼んでおくよう三太夫に申し付けたのを、すっかり忘れていたな。

「彼の者なれば殿様の後ろにおられ申すが?」

「へ?」

 振り向けば、奴がいた。


〘御呼びという事にて(まか)り越しましたが、どういった用件でありましょう〙


 いつもの様に抑揚のない話し方をする背のひょろ高い男が、掴んでるのか掴んでないのか判らぬ手綱を上下に揺らして、兵庫介を上から覗き込むようにして尋ねて来た。


 ああ、会うたび無性に腹が立つ。


「お主、いつから其処に居たのだ」

〘蕨様から呼ばれてすぐ、此方に(まか)り越し待っておりましたが?〙

 ということは、出立して余り経てはおらぬ内から居たのかよ。矢張りこやつ気味が悪いな。

〘して、何用でござりましょうか〙

「ちと聞きたい事があったのでな」

〘はて?〙

「お主、この地に入る際に汚爺……いや、金三郎には気を付けろ、そう申したな?」

〘申しました〙

 しれっとした顔をして、ひょろひょんが答える。

「しかるにウザキモイあいつに、いや…、金三郎に何かしら仕掛けられるわけでもなく、無事に領内を通り抜けられたのは、一体全体どういう次第なのだ」

〘ああ、そのことにござりましたか〙

 ひょろひょんは相も変わらず掴みどころがない表情で、不意に後ろに向き呟く。


 こいつは、何を見ておるのだ。


 兵庫介はひょろひょんの視線の行き先が気になり、つい目で追ってしまう。その先にあるのは行く手を塞ぐ幾つもの関所、昨日嫌ほど見た時と同様、尋常な数ではない。


 それはまるで、裏街道と云う大蛇が纏っている鱗の連なりに見え、甚だ気味が悪い。


〘金三郎様は、斯様な御仁でございますれば〙

「関所ならば昨日以来、これでもかと眺めて来たではないか」

〘しかれば、周りをぐるりとご覧下さりませ〙

「…?」


 ひょろひょんに言われるままに首を回し、周囲を見渡してみる。


「炊事の煙が、どこからも上がっておらぬ」


 百姓どもの朝は早い。彼らは日の出とともに起き出して手早く朝飯を喰らい、田畑へと繰り出していく。 筈なのだが、村々から出て来る者も片手で数えれるくらいで、しんと静まり返っていたのだ。


 この光景を機転の利くものが眺めればどう思うであろう。


 村々を引き裂く関所を司る侍を恐れて迂闊に表にも行けず、里山の薪を手に入れるにも関所を通らねばならず、通るとなれば、その都度(つど)(ごと)に通行料が要る百姓らの窮状を憂える筈で、其処に思い至れば、此の地を治める領主の無能さを呪わずには居られまい。


「百姓たちが我らを見るなり逃げていたのは、この為か」

〘左様にござりまする〙

「関所の番人共と百姓らが、我らに接したおりの態度の違いも(これ)(ゆえ)か」

〘左様にございます〙


 相変わらず、コイツの無表情ぶりは揺るがず心の内が読めない。


「これでは気軽に里山に入る事も出来ず、村々の行き来どころか物の売買もなまなかには出来ぬ。品物を売り買いしたい商人も、関所毎の通行料が惜しくて訪れないばかりか、よしんば来たところで、百姓が換金したい品は安く買い叩かれ、それに反して買う物の値は天井知らずになるだろう、特に買い手が付きやすいものは顕著にな」

〘塩なども、手に入らぬ様子〙

「で、あろうな」


 塩は人の生き死にに関わる代物だ、それが手に届くところにあるのに手に入れられない、その結果が如何なるものか、言わずとしれた事だ。


 とすれば、間違いなく金三郎は遠かぬ日に領民の手に掛かり死ぬるであろう。目出度い限りだ。


 しかしながら添谷本家にとっては迷惑千万、下手をすれば一揆によって、御家が無くなるほどの負担を強いてしまうだろうが、鱶池領内の百姓の立場になって逆の立場で見てみれば、末代までの語り草になりそうな武勇伝となるであろう。なんなら儂が(これ)より百姓共を振るい立たせ蜂起させ、これに加勢をしたい気分である。


 いやいや、今はそんな夢想に浸っている場合ではない。


「だが、まだわからぬ。何故(なにゆえ)、金三郎如き阿呆を相手に注意を払わねばならぬのだ?」

 儂は先の言葉を催促するように、ひょんひょろを仰ぎ見てやった。悔しいがな。

〘ああ、その事でしたら、兵庫介様の貞操の問題でございました〙

「は?」

〘昨晩はお楽しみに?〙

「な訳あるかァーーーー‼」


 大音声で怒号を放った兵庫介の鬼の様な形相に、ひょろひょんは顔を背け、後頭部を見せながら肩が激しく揺れていた。


 こやつ、初めて儂に表情を見せやがったのではないか。


 ()(じか)で小刻みに揺れる後頭部を、思い切り引っ叩きたい衝動に駆られた兵庫介ではあったが、一人の人間として、気軽な気持ちでひょろひょんに接することが出来るのではないかと、我ながら思えてきたのがうっとおしい。


 で、肝心の話とは、勿論、汚爺の儂に対する男色趣味の話ではない。分かってみれば実に簡単なもので、汚爺の他者を顧みない自己顕示欲からくる異様な出世願望、これが全ての元凶だそうである。


 では、どうやって立身出世の道を得るのか、汚爺こと鱶池金三郎自身が、自らに備わっていると信じて疑わない高い能力や力量(笑)に比して、実家である添谷家はそれを一切認めず、今日まで粗略過ぎる扱いしかしてこぬと感じていた。つまり、出世の道は添谷家において望むべきも無かった。


 ならば何処なら可能か、どこならば手っ取り早く都合よく立身出世が望めるのか?


 それまで自分を(ないがし)ろにして来た添谷本家を見返したい思いと、鱶池金三郎元清の名を此の国中に轟かせたい野心も大いにあった汚爺が、身の程もわきまえず勝手に不遇を囲っていた二年前、不意に現れたのが深志家からの厚誼(こうぎ)であった。


 勿論、無能な汚爺が自ら進んで呼び込んだ訳でも、撒き餌を施して誘い込んだ訳でもなかったのだが、本人は網にかかったと大層喜んでいたらしい。この男の頭の構造はどんな具合に出来ておるのか、一度カチ割って調べてみなくてはならない。


 そんなおバカな汚爺、いや金三郎を訪ねたのは、深志越前守という弾正の実弟の手の者であったそうな。

曰く、かねがね金三郎様のお噂は我が主の耳にも届いております。これも何かの(よしみ)でありますれば、ともに手を(たずさ)え云々……。


 実のところ深志家は、戦略上の手立てとして添谷家と深い交際を望み、絶えず接触を持つための活動を重ねていたが、とある事情により工作は不首尾に終わり、誠に以て不本意ながら、添谷家の近親者であると云う一点のみを頼みとして、致し方なく金三郎を篭絡しようと接近したのだ。


 この話を普通に考えるのならば、添谷家の血縁者とは云え、実際にはビックリするくらい縁遠い存在の金三郎にとって、驚天動地の出来事の筈であり、先ずは疑って係るべき事柄なのだが、彼は深く考える訳でも事情を探る訳でもなく、ただ我欲の赴くまま矢も楯も堪らず、この話に飛びついてしまった。


 だが、彼を引き入れた深志側でも、金三郎自身の能力が常人より著しく劣る事など、当たり前だが承知の上であったので、彼自身には大した効果は期待しておらず、寧ろ彼の立場を利用して何とか添谷家との糸口をつかみたいと思っていたのだが、金三郎は呆れる位に添谷家の内情を知らず、家中にも忌み嫌われているので、奴の交際範囲も蚊以下であったのも、深志側の事前情報の収集に手抜かりがあったと言わざるを得ない。


 その上、深志家の威光を笠に着た金三郎が添谷家当主の左衛門尉元則に対して、露骨ともとれる傲慢な態度を示し始めたが為に、只でさえ(よろ)しくなかった添谷家との関係が更に悪化してしまい、(えにし)を結ぶどころか、大いに足を引っ張られてしまう結果を招いてしまい、深志側が(かす)かな糸口でもと期待した思惑は、大きく裏切られたのだ。


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