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気味の悪し男(3)

第十二部になります。


なんかサクサクあげてますが、実は大体話が出来ているからなんです。


気になった部分は訂正しつつ上げますから、遅くなる時もありますが、その時は申し訳ありませんがお待ちいただけると私が助かります。すいません。


では、第十二部をお楽しみくださいませ。

 こうなってくると只の病気だな、そう自分でも思ってしまう。


「ん?ところでひょろひょんはどこに消え失せたのだ」

 玄関に置かれた水の張った(おけ)に片足を突っ込み、自ら土汚れを洗い落としながら、近くに控える近臣らに尋ねたが、誰も奴の行方を知る者はおらず、同じく一緒に居る筈のさねの行方も分からなくな

っていた。

 仕方なく兵庫介は表で警護の任に着いていた三太夫を呼び、何事かを耳打ちして走らせた。


「にゃひにゃひ。まだ斯様な処におったかにょ、どれ、わちゃが(すす)いでやろうかにょ」


 おもむろに眼前に現れた金三郎は、浅黒い両の手を伸ばし洗い中の足を掴もうとした為「ひっ!」と、兵庫介は小さな悲鳴を上げて、足を桶から素早く引き抜き抱え込んだ。


「おやおや、誠に可愛らしいにょぉー。にょひょひひひ」


 にちゃ~っとした、へばり付くような気味の悪い笑みを浮かべて、節くれだった黒い両の手の指をワキワキさせながら近寄ろうとするので、一度思いっきり殴りつけてから逃げ出そうかとも考えたが、ふと思いたち、こんな言葉を奴にぶつけてみることにした。


「き、金三郎様に御尋(おたず)ね致す。まだ御聞きしてはおり(もう)さなんだが、此度(こたび)御出迎(おでむか)えの件、添谷(そいや)(さま)も御承知の事であられましょうや?」

「左様にゃ事、お(にゅし)に関係あるみゃいが!」


 ニタニタしていた金三郎突然声を荒げ、顔が、みるみる内にどす黒くなる。


「されど、我らも役目にて……」


 それはどんな役目なのか儂が知りたいが、この場から逃げ出す為の苦し紛れの口上なので構わない。しかし、汚爺は儂の言葉を遮るかの様にまくし立てた。


「一応伝えておりゅわ!それがどうしたと云うのにゃ!」

「されど…」

「構わにゅわ!わちゃの力量を見込んだ弾正様が命じられた話にゃ!左衛門尉(さえもんのじょう)にゃど、気にせんでよいのにゃ!そもそもわちゃはにゃ、添谷の正当にゃ血筋であって、あのような不義理者の御機嫌なにょ……」


 汚爺め、甥とはいえ自分の主君を呼び捨てにしおったわ。しかしながら案外簡単に引っかかったものだな。


 それにしても汚爺の近習共の不甲斐なさよ。客人である儂が窮しておるのに、皆揃いも揃って目を逸し助け舟すら出さんとわな、呆れたもんだ。


 兵庫介は自身の配下と爺の配下の違いを直に肌で感じ目の当たりにして、あきれ果てた。


 これが右左膳ならば躊躇なく汚爺に意見し、聞き入れられなければ張り倒しに来るだろうし、蕨三太夫ならば他の家臣らにも(ひそか)に声を掛け、絶妙な間合いで間に割って入り、自然な形で切り離しに掛かるであろう。


 奴の近臣がこんな知恵足らずの恥知らずな有様だから、汚爺の愚かさが年々増すばかりなのだ、阿呆な主君と家臣ほど領民にとって迷惑なものはない。あの無用な関所の束が示すようにな。

 金三郎の領地に入って以来、積もりに積もった兵庫介の言い知れぬ怒りは、鱶池家其の物の嫌悪感へ昇華してしまっていくのだった。


「ではにょ、こにょ様なところで長話(ばにゃし)もにゃんだし、ずいっと奥に参ろうかにょ」

「はい…」


 汚爺に言われるまま兵庫介は力なく立ち上がり、供の近習達には表で待つよう言い残して項垂(うなだ)れた姿勢で付いていく後ろ姿は、諦めにも似た哀愁に満ちていた。



 さて、先程名の上がった添谷家(そいやいえ)の現当主は〖添谷左衛門尉(そいやさえもんのじょう)元則(もとのり)〗という。


 汚爺様こと()()金三郎元(きんざぶろうもと)(きよ)の甥に当たる御方(おかた)で、汚爺は先代の当主である右京(うきょう)進元(しんもと)(のぶ)の三番目の実弟に当たる。


 添谷家は若くして亡くなった先代の跡目を巡り、まだ幼かった嫡男(ちゃくなん)の元則とともに元清の名が僅かに挙がったこともあったようだが、いかんせん当人に驚くほど人望がなく、更には元暢と元清の母に当たる〖寿柱(じゅけい)()〗様が、跡目(あとめ)は順当に継ぐのがよろしかろうとして、嫡男の元則を推したことで割合すんなり当主の座が定まってしまい、哀れ汚爺様は添谷家の連枝で断絶していた鱶池家再興の名目で体よく追い出され、名ばかりの三番家老として今に至っている。


 そういえばこの汚爺、足利将軍家をはじめ、この時分の武家にはよくある話なのだが、金三郎も御多分に漏れず、世継ぎでない男子は幼い頃から出家させられる慣例に倣い、幼年から壮年までの長い期間を寺で過ごしていたそうだ。


 あっ、だからか!(じじい)め、長く寺におったせいで、ガッチリ衆道に染められたのか!


 嫌にベタベタと擦り寄って来る汚爺の(おぞ)ましい行動に、ようやっと兵庫介は合点がいき深く頷いた。


 確か女色を大ぴらに出来ない坊主共は、稚児(ちご)などの美少年を寝屋に(いざな)い、夜毎(よごと)の捌け口にしておると聞き及んでおるからな、奴も間違いなく喜々として引き込んでおった口であろう。まあ、まかり間違っても引き込まれる側ではなかったであろうな、あの面妖(めんよう)ではいくら飢えた糞坊主共でも、(とぎ)の相手にはしたくあるまいからな。うんうん。


「…で…最近の時流にも気付かぬ愚か者に、わちゃは常日頃より時節を(あやま)たぬよう耳を酸っぱくさせて言っておるにょに、しかるに左衛門尉と来た日には……」

 まあ確かに、あんたの耳は臭くて酸っぱそうだがな。


「……であるからにょ、わちゃの力量に感服したと申された弾正様はにょ、是非にと申され、勿体(もったい)にゃくも御使者を遣わされ……」

 深志の使者もさぞ、コイツの相手をするのに苦労したことであろうな。判るわかる。


「…でにょ、これまで申した通り、わちゃは弾正様の懐刀(がたにゃ)であるがにょ。ふにゃひひ、して内膳正様は、如何にゃる手を用いて時流に御乗りににゃり、深志家と縁談を持つ算段に至られたのかにょ?」


 ああ、やっぱりさっき斬っとけばよかったか。


「ですから、件の事、全く以て(それがし)には計り知れず…」


 汚爺の堂々巡りする話ぶりに、兵庫介はホトホト困ったと言わんばかりの顔を作り、汚爺様の近臣や控えの者共に助けを求めるそぶりをする。が、矢張り誰もが眼を逸らすか気付かぬふりに徹してしまい、せいぜいが此方を気の毒気に眺めているばかりであった。クソ相変わらず使えね~な。


「兵庫介よ!左様なことでは出世は望めませにゅぞ!そもそも武士の家に生まれたる限りは高みを目指すもにょ!(たと)えるにゃらば、わちゃのように手抜かりなくにゃく多くの事を探索してにゃ、御主君(ごしゅくん)に何を問われようと的確にお答え申し上げ、御家の為に尽くすもにょ。しかるに貴殿にはその気概が一向に……」


自慢話かと思い、ずっと右から左に聞き流していたら、いきなり説教が始まりおった!しかも儂を家来でもないのに呼び捨てで!


 くそう!そういうお前は主家と目いっぱい対立しておるではないか‼むかつくコイツの話よ今終われ!すぐ終われ!ついでに汚爺の人生も終わってしまえ‼


 聞くのを嫌がる自分の耳を無理やりこき使い、これも仕事のうちと仕方なく今まで聞いていた兵庫介だったが、その内容が教訓にも教示にもならない上に、腹立ちやら苛立ちやらが津波の如く精神を襲ってくる異常事態に脳みそが陥ってしまい、ついには腹の中で罵倒と突っ込みを繰り返すことで鬱憤払いをすることで、心の安定を図ると云う手段に打って出たのであった。しかしまさか汚爺の独演会が、明け方まで続くとは誰が予想したであろうか。こんなことなら屋形の中に案内されるとき、近習を外に置いて来るんじゃなかったわ。


「さてと、わしゃはそろそろ寝ようかにょ」


 太陽の暖かさが朝焼けとなって地上を照らし始めた頃、あと一歩で悟りめいたものが開きかけていた兵庫介を一人、寂れた奥書院に置いてけぼりにして、自分だけさっさと寝所に引き上げていった。


「たすかった……」


 是が兵庫介が無我の境地から、世知辛い俗世に戻って来て発した最初の言葉である。


 金三郎の姿が兵庫介の視界から消えるやいなや、脇に置かれていた水差しに直に口をつけ、中の水を一気に飲み干すと、近習らが門柱に寄りかかり眠っていたのも気に留めず、屋形を飛び出し城外に野営する自陣の中へと、物凄い勢いで転がり込んでいった。


「おい!()いで出立するぞ!」


 彼は汚爺が寝床から起き出す前に、この地を早く去りたくて、去りたくて、辛抱堪らなかったのだ。


「殿様、()如何(いかが)した?」

 右左膳が眠そうな眼をこすりながら、地面に敷かれた(むしろ)床から這い出して尋ねる。


「如何も糞もあるか(くそ)忌々(いまいま)しい。奴が目覚める前に何としても発たねばならん!」

「はあ?」


 訳が分からん。といった風情の左膳を尻目に、兵庫介は本陣の幕内に駆け込み、欠伸(あくび)をしていた近侍に荷を纏めるように指示する出し、さっと身を翻し幕の外に飛び出た。


「殿様よ、どうしたので?」

 いつの間にか左膳の(そば)にいた蕨三太夫も、兵庫介の行動を(いぶか)しんで話しかける。


「どうもしとらんわ。この地を早々に発ち、与えられた御役目を果たすだけだ」

「されど殿様よ、もう朝飯の支度も始めておる。これはどう致しまするので?」


 左膳に言われ陣営を見回すと、あちらこちから煮炊きする煙が立ち上がっていた。


「飯を食わねば力はつかず士気も上がらず先々困り申すが、どうなされるおつもりで?」

 蕨三太夫がいかにも困ったと云った表情を作って、兵庫介に伺いを立てる。てかお前、ひょろひょろを捜す役目の件はどうなったのだ、ええ?


「それより殿様よ、まず一息つかれてはどうじゃろう」

 左膳も続けて(さと)して参った。


「……左様か」


 幼馴染みの左膳に促されても、兵庫介は何となく納得出来かねる様子ではあったが、とにかく先程伝えた指示を取り消し、まずは朝飯を食えとの意向を伝える。


「うんん?どうかしたのか兵庫介様?」


 小鳥の様な愛らしい声に振り向くとそこには、朝から元気いっぱい笑顔いっぱいのさねが両手に椀と箸を持ち、モグモグもちゃもちゃ盛んに咀嚼しながら立っていた。


 この娘、早くも飯を食ってやがるのか、いいなお前は毎日楽しそうで。


「やや、さね殿、飯はちゃんと食ってまするか?」

「おかわりに来たのじゃ」

「そうかそうか。さね坊は育ち盛りじゃからの、どれ拙者が()いで進ぜよう」


 なんで君たちすっかり仲良くなってんの?


 左膳と蕨三太夫が、居もしない孫に世話を焼くようにニコニコしながら、甲斐甲斐しくさねの為に働く姿を見て、こやつらの間に何があったのかと兵庫介は不思議におもったが、いやいや、今はそれどころではないと思い直して、兎にも角にも飯を手早く皆に掻き込ませ出立をしなくてはならない。


 兵庫介は素早く考え、手直(てじか)にいた者に自らの飯と着替えを持って来るように命じた。間をおかず近臣から差し出された椀の中身を立ちながら一気に喰い終わり、素早く具足に着替え外に出た。


「殿様よ、事情は判らぬが(おおむ)ね揃いましたぞ」


 陣幕の外には隊伍を組んだ武者共が片膝立ちで居並んでおり、先頭には彼らを統率する(かしら)たちが控えていた。


 流石は神鹿の軍人(いくさびと)、深く考えるまでもなかったわ。


「で、三太夫よ、ひょろひょんはどこにおる?」

「さね殿と共にあちらに」


 出立の下知を待つ蕨三太夫が指し示すあたりを見やる。その先には呑気な様子で馬に跨ったとぼけた長い面が、武者共の鎧の狭間からチラチラと覗き見えた。


「あとで寄越せ」

「仕りました」


 三太夫の返答を聴き終えた兵庫介は、自身の愛馬に近付き、短躯を活かした身軽さで跨った。


「出立!!」


 先頭に立った左膳が、天にも届かん限りの大声(おおごえ)を発して右手を突き上げ、これに者共も大声(たいせい)で応え、隊列を組み前進を開始した。


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