物語は、慶長の世から紡がれて。【改稿版】(2)
改稿版(2)です♪
これら此の国を代表する大身の武家の狭間には、互いに押し合いへし合い、犇くように五十数家もの名も無き小土豪が存在し牽制し合いつつ、時の有力者相手に離合集散を繰り返し、自領を護り小さきながらも城を構えて、なんとか生きながら得ていたそうだ。
「老尼様、これらの有力武将の他に、御心に留め置かれて居られる御方は居りまするか?」
私の質問が不意過ぎたのであろうか?
老尼様は眉間に手をやり、暫し物思いにふけっていたが、、、
「ああ、、それならばの。『ひょんひょろ』と『神鹿兵庫介』と云う者なればの、致し方なく覚えておるかのう」
老尼は私に『ひょんひょろ』なる魔訶不可思議な名を持つ者と、『神鹿兵庫介』なる苗字が珍しい以外は、特段珍しくもない名を持つ者を呟くように云い放たれた。
「してして老尼様。その御仁らは、如何なる者達に御座りましょうや?」
「はてのう、ひょんひょろの本来の氏や名はとうに忘れてしもうたが、さて、こやつ見るからに変わり者での。体躯はか細く背がひょろぉ~と高うての、鵺の鳴く夜中にでも出遭えばな、すわっ!魑魅魍魎の類が現れおった!!との♪ ヒトを驚かされること請け合いの、見た目からして妙な男であったの」
「さ、されば。兵庫介なる御仁については如何様な男で御座りましたか?」
「うーーむ、兵庫介はな。武人らしく筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)たるの偉丈夫じゃったのじゃが、残念なることにの、そこらの女子衆よりも小さき体躯の持ち主での、お陰であまりに風采の上がらぬ、パッとせぬ呆けた男であったわ」
私は少々残念な気がした。
ひょんひょろとか云う、如何にも侍に似つかわしくないフザケタ通称を持つ背が高いだけの男と、武人らしいからだ付きながら、とんでもなく小さすぎて風采の上がらぬ男が、昔語りの主人公に相応しい者達とは、到底思えなかったからだ。
だが、ひょんひょろなる御仁の、本当の名は如何なるものであったのか是非知ってみたいとも思った。
ついでに云えば、兵庫介とかいう男は何をしたのかも、聞けるものならば老尼様より聞き出して、我が名を歴史に残す為にも是非書き記したい軍記物に花を持たせ、物語の幅を広げる役目を与えられた存在ではないかと考えたのだ。
しかしまあ、恐らく名前やら体格から察するに、大した男達ではあるまいが、ここはひとつ聞いて置くにしくはなし……。
「つかぬ事を御聞き致しまするが。その、ひょんひょろなる人物の武勇伝なんぞ、なにか御座りましょうや?」
「ひょんひょろはな、戦働きにおいてはの、糞ほどにも役にはたたないとぼけた男でのう…」
「で、では、兵庫介なる御仁は?」
「抜け作じゃったなァ~」
「は、はあ。左様にござりまするか……」
私はついに深い嘆息してしまった。
それに気付かれた老尼様は眠たそうに目をしばたたせて、こちらをチラッとだけ見やり、ふししし♪っとまた、さも面白そうに含み笑ったのだ。
「ふふ。まあ聞くのじゃ。先程も申したが彼の国ではの、家老、中老は言うに及ばず、小名や土豪までもが仲良くくんずほぐれつ、引っ付いたり離れたりと合い争いて、僅かばかりの領地を手に入れ砂山の如き高みを目指すか、はたまたは生き残る為に無い知恵を絞りだしての、無駄な労力を使う事にこそと、必死となっておったのじゃ♪」
「つまりはそれは〝下剋上〟と云うわけでしょうか?」
「よもや、高きを目指すぬしにとりて、詰まらぬ話にはなりは仕舞いての♪」
自分の志すべき事柄を即座に言い当てられた私は、思わずたじろいでしまった。
「……本当に左様な御話になりましょうか?」
「そこはほれ、聞き手によるかの♪」
そう云うなり彼女は両の手を揉みつつ火箸を握り、夏だと云うのに囲炉裏の中で折り重なり赤く燃える炭を、これが大事だと云わんばかりにひとつひとつ摘んでは、火の通りが良くなるように積み重ね方を工夫されつつ、さも楽しげに此方をまたもチラチラ覗き見ておられた。
しかし暑い。。。
「ふしししし♪左様しょ気るな、しょ気るなぬしよ。いまだ昔話は始まってはおらんのに其方はまっこと軽はずみな奴じゃ♪」
老尼様が含み笑いを私に向けられた。途端、炉の炭がびしっと割れて爆ぜ、巻き上がった粉火が、ほの赤く雪みたいに天井へとゆらり舞い上がり、やがて庵の隅々にまで広がった。
炭の粉雪を舞い上がらせた炉は、新鮮な空気を取り込んで益々赤々と熱をため込み、些か物憂げになった私から見ても、其処に何かしら燃えそうなものでも放り込めば、新たな火種を起こすのには丁度よい勢いを、この炉は醸し出していた。
「よき火じゃ。野火にでもなれば、さぞ田畑を潤すじゃろうて♪」
老尼様はニコニコ笑顔で微笑まれ、高齢の所為からか、体の冷えを労わるように両肩をしきりと揉み、両の手を炭にかざされた。
そしてとある国の、とある人々の物語が今、彼女の口を通して語り始められようとしていた。
「事の始まりはの、茅野家の当主【飯井槻さま】に深志家から、婿取りの話が舞い込んだのが発端じゃった……」