気味の悪し男。【改稿版】(3)
さて、童並みの小男の、どうでもいい気持ちは置いておくとして、先程名が挙がった【霹靂】とはいったい何であろうか。
このシロモノ、今様の言葉で言うところの【焙烙火矢】や【焙烙玉】の類であり、所謂【爆弾】であった。
そもそも【焙烙】とは、もともと素焼きの【煎り鍋】や【土鍋】の事を指すのだが、その片面丸い形状が爆弾製作には好都合だったのだろう。
この【焙烙】に似せて作られた丸い陶器や紙の器を張り合わせた空洞に、黒色火薬である【玉薬】と【鉄片や石】などの人の殺傷力を高める品々が内部に詰められ、導火線や導火筒を取り付け火を灯して敵に向かって投げ込み炸裂させれば、城塞や船舶などの建造物を損壊させたり火災を発生させ、周囲の人馬をも殺傷出来る得る武器となったのだ。
その昔、鎌倉に幕府があった頃。海を渡って九州に二度押入って来た異国の者どもが【てつはう・鉄炮】(のちの中国兵器・震天雷)なる爆発物を持ち込んだ。
この武器は陶器または鉄器の中に火薬に硫黄、鉄片などを詰め込んだ手投げ式の炸裂弾で、自軍勢の退却時などに御家人らの軍勢に投げ付け人馬を殺傷、またはその轟くばかりの破裂音で威嚇して撤退の手助けをしていたそうな。
構造的には『てつはう』と焙烙は相似性があり、中に火薬のほか鉄片などが込められているのも同様で、共に殺傷力をもつ兵器である点も同じである。
それもその筈。この二つは唐渡(中国渡り)の火器であったからだ。
神鹿家の保有する【霹靂】という炸裂弾は、そもそも国主家が無闇やたらと首を突込んでいた応仁の大乱の頃。細川管領家が発石機を用いて敵勢の陣や陣屋に向けて炸裂弾を発射していたものに目を付けた茅野六郎が、大枚を叩いて買い付けたのがはじまりで、その構造の解明と生産を六郎より依頼された神鹿家が独自に改良を施したブツが茅野家所有の【霹靂】であったそうな。
さて、この新兵器を六郎は何故欲したのかと云うと、領内に複数存在する良港を守る水軍衆に大量に装備させ、海上交易の障害となる他国の海賊衆を排除するのが目的だったとされている。
当時の茅野水軍は、他家の水軍衆どころか小所帯の海賊にも手をこまねく程度の弱小な存在で、六郎はこれを大いに憂慮し、何とか手を打たねばなるまいと常々考えていた。そこへ、投げ付ければ人馬を巻き込み爆発し、火を四方に飛ばす新兵器【霹靂】に目を付けたのだ。
「あれは親父様の力作でな。儂も手直しをいくらか施してはおるのだが、燃えるのがちと強く早く強くなったのが関の山でな、悔しいが、まだまだ親父様の力量の足元にも及ばん出来の品なのだ」
兵庫介は馬上で昔を懐かしむように目を瞑り腕を組む。
親父様も作り始めてからわかったらしいのだが、最初は火薬の正体も薬の調合の仕方もまるで判らぬ謎めいた代物で、それ故に八方に手を尽くして調べ研鑽を重ねた結果。何とかかんとか物には出来た。…が、薬の中身であった硝石も硫黄も、共に遠く唐国や遠国から高値で買い付けねばならず、結局のところ、そう易々とは使えぬかなり高価な兵器となってしまったのだった。
この結果に六郎様は甚くガッカリされたらしいが、そのうち何とかなるかもしれぬと淡い期待を寄せ、現在でも材料が手元に揃い次第、せかせか兵庫介は作って貯め込んでいるのだった。
「まあ物事とは、いろいろと上手くいかないものだからな」
「ふしし。そうしょ気るな♪そうしょ気るな♪なのじゃ♪」
さねが笑いながら元気を分けてくれる。こいつ、不思議と笑い方が飯井槻さまのそれによく似ておるな。
「まあ、いつかは親父殿を越えて見せるがな」
「その意気なのじゃ♪」
ニカッと、さねが微笑んだ。
「まあ、…そのうちだけどな」
「出来たら見せてくれるのじゃろ?」
「一番に呼んでやる!」
「楽しみなのじゃ!」
そうして顔を見合わせて、二人はニカニカし合った。
《お楽しみのところ申し訳御座いませぬが、何やら前方に人数が出て来ておりまする》
案外この娘とは気が合うのかもしれんな。などと思っていたところに、さねの〝尻置き〟が儂に話しかけてきたので少しばかりムッとなった。
で、誰がお楽しみ中だって?
兵庫介が気分を害しつつ前方を眺める。裏街道の、やや広やかな場所に数十もの人数が繰り出しているのが薄く見えた。確かにひょろひょんの言う通りだ。
矢張り面倒ごとになったかと兵庫介は、愛馬の尻を鞭で叩きいて歩速を上げ、先頭を進む神鹿家一の猛者に声を掛けた。
「左膳!」
「仕った!」
すかさず軍勢の最前列から馬廻筆頭で赤ら顔の右左膳が自身の配下二騎を率い飛び出し、全速で正体不明の人数に向かって駆けて行った。
その間も神鹿勢は行足を一切止めず、歩数を合わせて人馬は早足を開始する。これも日頃の鍛錬の賜物だ。
「周囲に気を回せ!何人たりとも見逃すな!」
兵庫介は駆けつつ指示を下し、ひょんひょろとさねの身を庇うため、彼らを列中央に据え置きつつ、自身も直卒の旗本衆を率いて前方に出る。無論、その他の武者達も二人を囲う様に包み込み隊列を突撃隊形に変化させた。
「左膳様が先方の勢と、会い見えた様子にございますな」
配下の言葉を待つまでもない。左膳は鱶池の先遣い相手とやり取りを行うや、二騎をそのまま残して駆け戻って来る。
「左膳様が馬に乗っている様は、小さな犬に跨る赤鬼みたいなのじゃ♪」
ひょんひょろの背中でさねがケラケラ軽やかに笑い、周囲の者共も釣られて突進しながら笑い合う。
確かに言われてみれば赤ら顔の左膳は、怒気を孕んだ赤鬼に見えなくもない。さねめ、なかなか上手い揶揄を考え付いたものだ。
当のさねは皆が笑顔になっていくのが誇らしいのか、愛らしい顔で白い歯を陽の光に反射させながら、ひょんひょろの背を離れ馬上に立ち、嬉し気に幼い胸を張っている。
あの~。。もしかしたら今から血みどろの合戦が始まるかもしれないんですが、さねちゃんは解かってるのかな?
しかし飯井槻さまといいさねといい、外見の美しさ可愛らしさだけではなく、その内面に秘めた『言い知れぬ可笑しみ』を持った娘子を、自分は何故だか昔から妙に気になってしまうのは、武人として失格やもしれぬな。




