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気味の悪し男。【改稿版】(1)

 このままでは自身の領地に引き篭もりそうな勢いの兵庫介を連れた神鹿勢は、見張りに就いていた蕨隊わらびたい右隊うてなたい先備組さきそなえぐみと交代させて、十分な食事と休養を取らせた後、鱶池ふけの金三郎きんざぶろうが住まう鱶池の城館を目指し隊伍を整え行軍を始める事となった。


 棚倉山への登りは、山の坂が急であった山道に時間が掛かった反面、下りは、緩やかな山肌に沿って付けられた歩きやすい坂道を歩むだけで、隊列は坂の勢いに任せるままに騎乗で項垂うなだれた兵庫介を伴ってドンドン早足で下っていくことが出来た。


 お陰で、予想よりも大幅に早く茅野家と鱶池家との領地境を区切る棚倉山のふもとに、鱶池側が設置した境の木戸と簡易な木組みの防御施設を通過すると、ここを守る小役人たちとの挨拶もそこそこに通過して、棚倉盆地の入り口に当たる関所にすぐに辿り着いてしまった。


 一昨年おととしまいった時よりも関所がえらく近くにあるんだが。なぜだ?


 兵庫介はしきりに首を振っていぶかしんだ。


 神鹿勢が歩む裏街道は棚倉盆地を真二つに分けた形で真っすぐ通じており、それが二里先(およそ1.2km)の鱶池家の城を兼ねた屋敷までずっと続いている。


 それにしても棚倉盆地いっぱいに広がる鱶池領内には、不思議なぐらいやたらめった関所が増えており、その数たるや尋常ではなかった。


 例えば、裏街道を八分の一里(75m)も歩めば関所に出くわす具合で、その上、みえる範囲の村と村とを繋ぐ細いあぜ道の間にすらも関所が設けられており、一体全体。鱶池家は何の目的があってこんなに沢山の関所を設けているのかと、兵庫介は理解に苦しんでしまっていた。


 実は茅野家の領内には関所は一箇所も存在していない。


 他家との領地を区切る目印を兼ねた【木戸の関】くらいは申し訳程度に置いてはいるものの、鱶池家の物々しい関所の様に人々の通行を無駄にさえぎわずらわしい施設ではなく、そういった関所のたぐいは六郎様と飯井槻さまが『商売の邪魔だ!』と毛嫌いなさっていた関係から、当の昔に取り払われ無くなっている。


 これとよく似た事例は後年。南近江の六角氏が天文十八年(1549年)に楽市楽座を施行するとともに、通行税を民から徴収する関所を撤廃したとも言われており、また永禄九年(1566年)には駿河の今川氏真が同じく決行したと伝えられ、これに遅れること二年後の永禄十一年(1568年)。今川氏真の父である今川義元を討ち取った張本人である織田信長が、制札を用いて楽市楽座をもよおしたという。


 さてさて、そんな後年のことは知るよしのない兵庫介は、次から次へと現れる関所を通りぬけつつ、如才なく番をする鱶池の小役人らと笑顔で挨拶を交わし、内心では『阿呆めが』とうそぶいていたのだった。


「ふーむ。これでは商売どころではないな。見てみろ、奴ら田植えの準備すらまるで出来ておらぬようではないか」

《左様ですな》


 茅野領内ではとっくに、飯井槻さまの御触れによって今年の田植えが済んでいる。


 それに比べ鱶池領では、田植えどころか田を本格的に耕す前に春に行う〝田返し〟すら余り進んでいない様子で、田園地帯を二列縦隊で堂々と進んでいく我ら一同の眼には、ただ選り取り見取りの草がボウボウと生えた荒廃する土地ばかりとなっており、思わず顔を覆いたくなる光景でしかなかった。


 そんな中、まばらながらも裏街道沿いの田畑で農作業の準備に忙しそうな百姓らが見受けられた。


 しかし不思議な事に百姓らは一人。また一人と、神鹿一行から遠ざかるようにして離れ去っていくのが目に留まり、兵庫介はどういう事かわからずまた首をひねった。


「ん?なんぞあったか」


 百姓共の行動を怪訝けげんに思った兵庫介は、その理由を問う為、丁度いい具合に此方の存在に気付いていない百姓を見付け静かに彼に馬を寄せると、満面の笑みを浮かべて声をかけてみた。


「よお、田植えのそなえか?精が出るのう!」


 だが、声を掛けられた若い百姓は、びっくりした様子で我らに頭を下げたかと思えば、そそくさと足早に無言で兵庫介の傍から駆けて離れ、近くの林の中へと転がるようにして消えていったのだ。


 その不審すぎる態度に兵庫介は特に動ずる気配を見せず、また幾つかの関所を笑顔で通り抜け、気さくに役人どもに挨拶を交わしていくだけであった。


「殿様、先程から気になっておりましたが、百姓らの気配が我らの周囲から一切感じられなくなり申した」


 こう言って自身の隊列を離れ馬を寄せて来たのは、なにかと目端めはしが利く蕨三太夫わらびさんだゆうであった。


「……よくぞ気付いた」


 流石さすがは三太夫よく気が利くわい、兵庫介は感心してはみたものの、それくらいはとっくに彼は感づいてはいる。


それよりも、百姓らが神鹿勢の周囲一帯から一斉に逃げ散るなどおよ尋常じんじょうの話ではないので、これは何か仕掛けがあるのではないかと思い、しばし様子を伺っていたのだ。


《鱶池には、…御油断為ごゆだんなされますな》


 不意に兵庫介の真後ろからひょんひょろが、耳に息を吹きかける感じでささやいて来た。


ちょっとあなた。そこはこそばゆいから…あっ…やめt…。いやもう!気色悪いからやめてくれない?


 兵庫介は息を吹きかけられた左耳に人刺し指を差し込んでこねくりまわすように掻き、むずがるように嫌がった。



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