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神鹿兵庫介。【改稿版】(7)


 実のところ、【茅野かやのの六郎寿建ろくろうひさたけ】の本来の姿は機を見るにびんな男で、今回の【水争い】も始まった時点で騒動を探知し、此方こちらの益になることも有るやも知れぬとその動静を注視していたところ不意に、土豪連中の中で見知った者が六郎を頼り自分はどうすべきかの相談をしに参ったのが、彼がこの騒動に付け入る“奇貨”となり、その政治手腕を存分に発揮する機会を得させたのであった。


 彼は、自身が領する【茅野郡かやのこおり】のお隣、【彌窪郡みくぼこおり】で巻き起こった【水争い】という【幸運】を見逃さず、利益として手元に引き寄せるすべ心得こころえていた。


 ず、自身が国主様の近侍であることを大いに利用して相談をしに来た土豪をそれと無く説得し味方に引き込み、ついで水争いの処理を体面上気に掛けてはいるものの実際どうしていいかわからない国主様に自分が委細良きように図りましょうと持ち掛け了承を得たあと、土豪連中のもとへ内々に弟である【茅野かやのの甚三郎じんざぶろう】を派遣しそれとなく焚きつけ、尻無川の水源地を有する【神鹿氏】の名をあたかも当事者の如く書き記した嘆願書作成。しかしこれを読むのすら面倒くさがった国主様にはサラサラかいつまんで読み聞かせることにして簡単な助言を行ったのち、間髪入れずに署名をたまわり、この【水騒動】の問題を早期に円満に解決することを国主様にその場で約束し、そのまま急いで駐屯していた京都より、直ぐ動かせる自身の軍勢と臨時に雇っておいた料理人と芸人たちを伴って彌窪郡みくぼこおりに旅立ったのだ。


 彼が早急に旅立つには理由があった。


 当の彌窪郡では、しびれを切らせた土豪連中の中には、いっそ戦を神鹿家に仕掛けてことを決する方が楽とする単純思考の者たちが混じっており、この者らが盛んに他の土豪をけしかけていると取り込んだ土豪と茅野甚三郎から相次いでしらせて来たからだ。


 そのため国主様にこれくらいは必要です。とうそぶき、著名だけさせた文書は数十枚にのぼり、それを巧妙に一枚一枚ずつ端っこだけめくって書かせた代物で、その多くが概ね白紙であるというはかりごとを急遽用いて暴挙寸前の土豪らに、『間もなく其方そなたらの意見は成就する。かも?』などとよく読めば曖昧模糊あいまいもこ感たっぷりに書かれた文書を国主様付きの右筆ゆうひつに御指示だからと偽って作成。あわせて神鹿氏へも『ねえ、水の件まだぁ?』というフザケタ内容の手紙を再三に渡り送り続けたのである。


 結果。見事に解決してみせたのは前述のとおりである。


 この功績により、国主様からも厚い信頼と高い評価も勝ち得た【茅野六郎寿建】は、全部自分の利益のためにやった事なのに国主家中でも重きをなす人材となり、手にした新領土と千人を超す軍勢を持つ、此の国では無視できない存在として強い発言権まで手に入れてしまったのだ。



『斯様な鬼謀を六郎様は、一兵も損なわずにされたのだ』


 

 神鹿氏は後年、六郎が仕組んだ一連のはかりごとをこの様に息子・兵庫介に感嘆をもって度々《たびたび》評し、自らがまんまと”してやられた”ことを愉しげに笑ったとされる。


 親しく会ったことも交わったことも無い。縁もゆかりもじつも知らないのに人伝ひとづてに聞いた人物評をそのまま信じ、会えばあったでニコニコ笑顔で面識のない我に気安く近付き、耳触りの良い言葉を巧みに使い、食と遊興で楽しませる人間を先ず率先そっせんして疑え。……とも伝えた上である。


 まあ兎にも角にも此の世はどうも、大した深い考えもなく欲をかく者はみな、足元をすくわれ、似たり寄ったりな結末を迎えるものなのかもしれない。


 ただ、此の状況を結果的に裏から操った六郎なる男が、部類の配下思いであり、尚且つ気前もよく、領民への面倒見の良さ気配りの正当さが他の領主に比べ明らかに一等抜きんでる人物であったのが幸いであった。


 故に、武将としての役者が数枚上の【茅野六郎寿建かやののろくろうひさたけ】に手玉に取られ、遂には魅了されて、すっかり彼の血肉として性根しょうねすらも吸収されて、土豪連中と神鹿氏は揃って配下と成らざるを得なかったのだ。



 これが彌窪郡の【水争い】における。ことの顛末てんまつである。

 





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