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神鹿兵庫介。【改稿版】(6)

 さてさて、あっさり茅野六郎の提示した【解決策】を受け入れたかに見えた神鹿氏かぬかうじではあったが、彼の思うところは違い、いずれは土豪どものあらを捜し出して因縁いんねんをふっかけ、じわじわ叩き潰す算段を密やか企んいたのである。そしてその実現のためにこそ六郎の誘いにホイホイ乗り、いざとなった時には後ろ盾になってもらう算段で神鹿氏は臣従関係を結んだのだ。


 そう。茅野家にとって神鹿氏は臣従したばかりの新参者であるとは申せ、むしろ新参者であったればこそ、神鹿氏の扱いには慎重に丁寧に気をつかって大事にしなければならないのだ。


 でなければ今後、茅野家と六郎を信用して臣従してくれる土豪や協力してくれる者達がいなくなる必定ひつじょうとなるだろう。


 その茅野家の、いや世の御大尽おだいじん様たちの弱みに付け込んで神鹿氏は、由緒ある名家・茅野家の臣下という立場を使い茅野家や土豪連中の領内で灌漑かんがい工事や道路工事を自由裁量じゆうさいりょうで行える権限を快く六郎から頂戴したこともあり、これを利用して御役目の為などと理由をつけては、彼らの領地内に勝手気ままに踏み入って、茅野家や土豪共の弱みを探っては嗅ぎまわり、ついでに戦には必須の詳細な地形の情報なども調べあげようなどと企んだのだ。


 これで神鹿氏にとって都合のよい情報を手中に出来れば儲けもの。


 あとは多少の脚色を施して茅野家をそれとなくおどすすか企みに巻き込むかして、いいように取り込んでしまうか、あるいは国主家にあらぬ情報を持ち込んで、あのアホの国主様をあおって焚きつけ忌々《いまいま》しい土豪連中の奴腹やつばらめらを根絶やしにしてしまい、その領地を国主家と分け取りするか、あわよくは茅野家をも一緒に粉微塵こなみじんに粉砕してしまい、その手柄てがらで同じく茅野の土地なり恩賞なりを手に入れよう。


「それに上手く立ち回れば茅野と土豪供を不毛に争わせ、共倒れに追い込めむこともよしんば不可能ではないやもしれぬ」


 その時が来るまでは、茅野家に六郎に付かず離れず接しておく事こそが肝要かんよう肝要かんよう


 とかいう野望を神鹿氏は目論もくろんでいたのだが、いざことに取り組んでみると、そうは問屋がおろさなかった。


 毎日毎日飽きもせず、次々舞い込んで来る灌漑土木工事の依頼の数の膨大さと、実際の作業の困難さにすっかり度肝を抜かれてしまった神鹿氏は、ついつい生来からの【土建屋魂】に火が付いてしまい、『なんとしてもこの仕事をやり遂げてみせる!!』などと息まきはじめたのが運のつき、当主以下、一族主従が一丸となって工事に取り組み始めてしまったのだ。


 だがそれでも日を追うごとに増え続ける仕事量の多さ、それに伴う余りの多忙さにやっぱり目を回した神鹿氏は、肝心要かんじんかなめの土豪連中と茅野家を叩き潰す算段を後回しにしているうちに、すっかり土豪連中は六郎にたらし込まれて仕舞っていたのだから、【骨折り損のくたびれ儲け】という言葉は、まさに神鹿氏のことを指すのではないか?という具合に悲しい結果に終わったのだった。


 なにせ土豪連中は用もないのに飽きもせず、六郎の居館である【碧の紫陽花館あおのあじさいやかた】に日ごと遊びに赴《》いては、そのまま六郎と寝食を共にしてしまうまでに懐いてしまっていたのだから…。



『くそ脳無しの土豪どもめ、小癪こしゃくにも六郎なんぞにまんまとたぶらかされおって、なんと不甲斐なき奴らだ!!』



言い掛かりであった。



 だが神鹿氏はこの時はまだ、六郎めに『当初からしてやられていただと?!』という事実に思い至ってはいなかった。


 なぜならば、茅野六郎が周到に網を張り仕掛けていた罠に、それと気づかず自ら進んで付け入り、まんまとはまらされていたからである。


 神鹿氏が、その隠された事実を後々把握するに至った時、己の余りの未熟さを心底から気付かされてしまうのである。。



 さてさて、この【茅野六郎寿建かやののろくろうひさたけ】なる四十過ぎの中年の男のことを此の国の人々は口を揃えて、『国一番の【欲浅き律儀者】』と云ってはばからない。


 この世間に広く浸透した芳しい評判と噂を鵜呑みにして神鹿氏は、【茅野六郎寿建】という笑みを常に絶やさぬ男の力量を図り損ね、こちらから助けを請いながらも内心では大いに見下していたのだ。



 しかしながら【茅野六郎】なる人物は、世間様が言うような【欲浅き律儀者】などではなかった。



 まず神鹿氏より先に、国主家への口利きとして【欲浅き律儀者】と評判だった茅野六郎に依頼したのが土豪連中であったのだが、そもそもの大失敗の始まりであった。


 彼らが進んで【茅野六郎】に依頼した動機は、土豪ら各々《おのおの》に考えはあったではあろうが、神鹿氏が国主家への執り成しを【茅野六郎】に依頼した思考と寸分たがわず、【欲浅き律儀者】と信じられていた故であったし、また、その欲望の先は、神鹿氏が想い描いていた野望とほとんど同じものであったのも、考えてみれば面白きえにしであるかもしれない。


 つまり土豪連中もまた、個々人に手段こそ違えど、はじめから独り勝ちを目論んでいたのである。


 六郎は土豪連中から国主家への口添えを求められた際。とある細工をたった一つだけ、土豪連中を用いて施させた。


 その細工とは、彼らを言い含め書かせた嘆願書に【神鹿家】の名を記させたことである。



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