神鹿兵庫介。【改稿版】(4)
神鹿家が【茅野六郎寿建】に使者を遣わしてからさほどの時を置かずして、土豪連中と神鹿家宛に国主様の花押と印判が押された一通の書状が届き、次いで、国主様に成り代わり争議仲裁を行う名代として現地に、即ちここ彌窪郡に赴くことが決定した【茅野六郎寿建】の署名と花押入りの書状が、神鹿家と土豪連中にそれぞれに宛てに一通づつ届けられた。
内容は、【三日後に香弥乃大宮の本殿に参集せよ】というものだった。
それから程なくして、煌びやかに着飾った茅野家の武者行列が、鐘や太鼓を景気よく打ち鳴らし舞い踊りながら彌窪郡に現れ、この行列を率いる茅野六郎自身も派手に着飾って、酒やら餅やらを通りすがりの村々に振る舞いつつ、会談場所に指定された香弥乃大宮に定めていた刻限よりもかなり早く入宮していった。
この茅野家が催したお祭り騒ぎを聞きつけた土豪連中と神鹿家は、全く予想だにしていなかった事態に面食らい大いに慌てた。
それもその筈である。
なにせ今の今まで香弥乃大宮への道中に備えて、神鹿家と土豪連中はお互い相手が襲撃を仕掛けて来るのではないかと勘繰り合い、用心のため着用している余所行きの直垂の下に鎧を着こみ、国主家と茅野家に対してお礼の贈り物を運ぶ荷駄には鑓や弓などの武具まで潜ませ、どころか密かに軍兵までも百姓に化けさせ周囲に配置し伴って行こうとしていたのだから。
慌てふためいた両陣営は、取る物もとらず隠していた武装もかなぐり捨てて、他家に遅れてはならじと短時間で行列を整え直した結果、まるでちぐはぐな衣装と最低限の携行人数で以て大急ぎで香弥乃大宮へとひた走ったのだった。
その急ぎの道中、彼らの目に飛び込んで来たのものがあった。それは灯篭や雪洞が香弥乃大宮へと続く道々を照らし、路上では、誰彼構わず酒が振る舞われ水菓子や唐菓子が配られており、果ては出店まで出て縁起物すら売られ人だかりまで出来ていると云う、とても賑やかな沿道の様子であった。
これには、事によってはすぐにでも戦が始まるかもしれないといった陰鬱とした重苦しさを持ち、ただひた走りに走っていた神鹿家や土豪連中を驚嘆させた。
左様な不穏な様子は微塵も感じられなかったからだ。
土豪共も神鹿家の主従も皆が皆、突如出現したお祭り騒ぎを純粋に楽しむ人々の陽気に当てられて、すっかり重苦しい気分から解き放たれてしまい、遂には心穏やかな気分に次第次第になっていき、いつしか足取りも軽やかになっていった。
『こりゃあきっと、目出度い話が待っておるに違いない!!』
実のところ、目出度い要素はこの場の雰囲気だけであって、実益上に於いて、自分たちが得をする要素は未知数でしかないのに、妙に気分が明るくなり、心の何処からか湧いてくる期待感に胸躍らせた彼らは、香弥乃大宮の朱色の大鳥居をくぐった頃には神鹿家をはじめ、参集するどの小領主の顔もニヤニヤが止まらなくなってしまっていたのだから、人の気持ちと云うモノは多分にその時の状況に流されやすいものらしい。
「皆々様!遠いところを、よう御越し下さりましたなぁ~!!」
こう笑顔で彼らを出迎えた茅野六郎は、年の割に老けた面をした男で、久しぶりに孫の会った好々爺よろしく香弥乃大宮の大きな拝殿の式台から身を乗り出して歓迎の意を示した彼は、終始ニコニコしながら続々参集してくる者達の手を一人ずつ握って来やすく挨拶を交わし、そして拝殿の中へと次々に招き入れていった。




